前の話
一覧へ
次の話

第7話

物理的地雷女子
290
2023/10/22 09:20 更新
黒川千夏
黒川千夏
お、おはよう………
色々あった昨日だった。
………というかありすぎた。



しかし今日は心機一転、平常心で頑張るぞと意気込む…が、どうしても昨日のことを思い出してしまう。

熱っぽい身体に、溢れ出す声。
そして最後に言われた、殺してしまいたいぐらい好きという言葉。

寒気がするほど感情の込もった言葉だった。比喩、ではあるんだろうけど、本当の気持ちでもあるような気がして。

真偽は分からない。けれど用心するに越したことはないだろう。一度距離を取ってまた冷静に話そう、ということで今日は白町と関わらないと決めたはずだった。
白町月兎
白町月兎
おはようございます、黒川くん
校門の前に立っているのは、間違えようもない、本物の白町だった。
黒川千夏
黒川千夏
ええと……
何を言うべきか、それとも言わないべきか。迷って目を右往左往させる千夏に、白町はくすりと可憐に笑う。
白町月兎
白町月兎
そんなに警戒しないでください。告白はしましたけど、別にすぐにどうこうしようとは思ってませんから
黒川千夏
黒川千夏
ああ、うん………ん…!?
気を遣われた…と思ったけど、よくよく聞くと『どうこうしようとは』の中身が気になって仕方ない。何だ、何をするつもりだったんだ、殺されるのか俺。
白町月兎
白町月兎
やだなー、殺すなら黒川さん以外ですよ
黒川千夏
黒川千夏
心読まれてる!?
けらけらと笑う白町にぞっとする。
一度本性を見せたからか、言う事がすごくなってきている。というかそれよりも、何か凄みのようなものを感じる。白町ならやりかねない、というような危うさを。
と、そこで遠くからクラスの女子に声を掛けられた。
女子生徒A
あ、黒川じゃん、おはよー!
黒川千夏
黒川千夏
あ、おはよー
答えたところで気付く。隣にいるのは、いわゆるヤンデレだということに。
黒川千夏
黒川千夏
あっ、あの…白町さん…
何故か、早く弁明しないと、と思って白町の方を振り返ると、白町は神妙な顔で何かを呟いていた。
白町月兎
白町月兎
やっぱり学校ごと爆破させるしか…
黒川千夏
黒川千夏
ちょっと待って爆破って何!?
白町月兎
白町月兎
あ、大丈夫ですよ。黒川くんだけは助かるようにするので。それ以外は分かりませんけど
黒川千夏
黒川千夏
どこからそのボタン取り出した!?
どこからか取り出した、いかにも危険そうな赤いボタンを押そうとするのを、急いで奪い取って阻止する。
これ、押したらガチで爆発するのか…?
試したくなる気持ちもあるがそれ以上に恐ろしすぎるので、とてもじゃないが押せない。

奪われた白町は少しだけ残念そうな顔をしている。
白町月兎
白町月兎
…まあ、起爆スイッチは他にもあるんで良いですけど……
白町の呟きが聞こえたけど怖すぎるので聞こえないフリをすることにする。

なんだこの物理的地雷女子は。
どこを踏んだら──何をしたら物理的に爆発するか全く分からない。

と、そこで救世主が現れる。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
おーっす、二人とも
黒川千夏
黒川千夏
ひなた……!!
呑気に現れたのはひなただった。

危険地帯をようやく脱した人の気持ちって、こういう感じなのだろうか。
ほっとして勢い余って抱きついてしまう。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
おいなんだよ、引っ付くな。男に抱き締められても嬉しくねえよ
黒川千夏
黒川千夏
お前がクズで安心したのはこれが初めてだよ……
と、そこでまたひどい悪寒に襲われる。
白町月兎
白町月兎
おはよう、甲斐原くん
声が怖い。いつもと変わらない穏やかな口調のはずなのに、その裏にある殺意がダダ漏れで怖すぎる。
ぴゃっと悲鳴を小さくあげて、急いでひなたから離れて両手をあげた。さしずめ僕の姿は怯えるネズミか何かだ。
白町月兎
白町月兎
ふふ、黒川くんどうしたんですか?
幸いにも、白町の審議には引っかからなかったようで安心する。それにしてもあの殺意は尋常じゃなかったが。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
なに、なんなの千夏。キモいよ
黒川千夏
黒川千夏
キモイ言うな!
お前の命の恩人なんだぞ!とはとても言えなかったけれど、ひなたの知らぬところでひなたの命を救った身としては『キモイ』という言葉に噛みついてしまう。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
白町ちゃんおはよ。千夏と仲いいんだねー。俺とも仲良くしてよ、今日の放課後空いてる?
白町月兎
白町月兎
仲良しですよ、小学校が一緒なので
ひなたの言葉の後半部分は華麗に聞き流して白町がふふと楽しそうに嬉しそうに笑う。
仲良しという言葉を嬉しく思うぐらいには、まともな感性も持ち合わせているらしい。
…まあ、ヤンデレだけど。
南海亜子
南海亜子
ちょっとあんた達、立ち止まってたら邪魔になるよ
後ろから声を掛けられて、三人揃って振り向くと、南海が仁王立ちをしていた。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
やっほー南海ちゃん、今日デート行く?
南海亜子
南海亜子
行くかクズ
軽やかに交わされる言葉の応酬に安心する。
いつも通りの日常が戻ってきた感じだ。
南海亜子
南海亜子
月兎も黒川もおはよ
白町月兎
白町月兎
うん、おはよう
黒川千夏
黒川千夏
おはよ…
ちらりと白町を見るが、今回はセーフだったようで、にこにこと笑っている。
胸を撫で下ろす千夏をよそに、南海が声をあげる。
南海亜子
南海亜子
黒川、寝癖ついてるよ
南海は言いながら後頭部の寝癖を撫でつけて直そうとしてくる。
黒川千夏
黒川千夏
おー、さんきゅ………っとぉ!?
と言ったところで、また刺すような視線と殺意を感じて飛び退く。
南海亜子
南海亜子
何その鳴き声…
困惑した、というかそれを通り越して若干引いた顔の南海に慌てて首を振る。
黒川千夏
黒川千夏
いや、なんでも、なんでもないから…!
必死に首を振る千夏をよそに、白町はにこにこと無害そうな笑みに戻っているし、ひなたと南海はこそこそと何かを話し合っている。
南海亜子
南海亜子
……なに、今日黒川おかしくない…?
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
……いや、おかしいのはいつも通りだ
南海亜子
南海亜子
……ああそれはそうか
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
……何か変なものでも食べたに違いない
南海亜子
南海亜子
……それか課題が終わってないかの2択ね
黒川千夏
黒川千夏
おい馬鹿にすんなよ!
聞こえてくる会議に思わずツッコむ。
心配してるのか、ただ単に面白がっているだけなのか。おそらく後者なのが悲しい。
白町月兎
白町月兎
ところで、もうすぐ予鈴が鳴るけど…
白町の指摘に三人ともハッとする。
いや、この場を混乱させた張本人は白町なのだけれど。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
まあのんびり行けばいいっしょ
いや、正しくは三人ではなく二人だった。
遅刻上等、校則違反上等、修羅場上等の三拍子揃ったクソ野郎のひなたには、遅刻なんて取るに足らないものだろう。
南海亜子
南海亜子
じゃあそこのバカは置いて三人で行こっか
黒川千夏
黒川千夏
そうだな
白町月兎
白町月兎
うん、そうしよう
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
早くも白町ちゃんまでそっちにいってしまった…
何だかんだ言いながら置いていかれるのは嫌なようで、渋々着いてくる。
千夏たちの教室は校門から一番遠くて、最上階である三階の一番端の教室だ。走るまではいかなくても、今ののんびりとした遅すぎる足取りでは間に合わないかもしれない。
白町月兎
白町月兎
私達の教室、遠すぎない?
南海亜子
南海亜子
ねー、ほんと最悪だよ
女子達が愚痴り合う一方で、
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
昨日デートした子がさぁ、可愛かったから思わずキスしたんだけど、その後ぶん殴られたわ
黒川千夏
黒川千夏
何してんだよ……
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
つかそもそもあの子彼氏持ちだからなー、知ってたけど
黒川千夏
黒川千夏
ゴミ………いや、お前にゴミと言ったらゴミに失礼か…
彼氏持ちの女子に手を出すクソ野郎の話を聞いて頭を抱える千夏と、女子の和やかな会話の差がすごい。
というかほんとに懲りねえなこいつ…。
白町月兎
白町月兎
いつか刺されそうだね
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
まだ刺されてないからだいじょーぶ!
白町月兎
白町月兎
いや、殴られてるならもう既に無傷ではないと思う……
白町にすらドン引きされている。
ぶっ飛んでいる白町に引かれるぶっ飛び具合、すごいとは思うが、よくよく考えると褒めることでもなかった。
南海亜子
南海亜子
ねえ、黒川
くい、と袖を引っ張られて、南海は千夏の耳元に手を添えて小さく囁く。
南海亜子
南海亜子
月兎、今日なんか元気じゃない?
黒川千夏
黒川千夏
え…そう?なんで?
南海亜子
南海亜子
いや、確証があるわけじゃないけど…なんか、何かを隠してたのが無くなったっていうか…猫被りが無くなったっていうか…
鋭い。概ね合っている南海の指摘に心の中で感嘆の声をあげる。
黒川千夏
黒川千夏
まあ、そんな感じかな
南海亜子
南海亜子
そう、それは良かった。…あんた月兎と知り合いでしょ、私より一緒にいる時間長いんだから、月兎が決まってたら助けてあげてよね
前を歩く白町をちらりと見る。
穏やかな笑顔でひなたにだいぶきついことを言っているけれど、昨日よりも何か解放された感じで、素に近い。
ヤンデレではあるけれど、旧知の仲だ。
黒川千夏
黒川千夏
それはもちろん
南海亜子
南海亜子
ん、ならいいわ
満足そうに微笑む南海が、何だかひどく大人びて見えて思わずドキッとする。
白町月兎
白町月兎
…黒川くん?
振り向いてにこりと笑う白町の目の奥が笑っていない。青ざめて背筋を伸ばす。
やばい、あれは殺る目だ。
黒川千夏
黒川千夏
はっ、早く行こう!走ろう!
いつ起爆スイッチを押されるか分からない、なら押せない状況にしてしまえと思い叫ぶ。
南海亜子
南海亜子
えー、走るの?疲れるじゃん
黒川千夏
黒川千夏
いいから!
慌てて走り出す千夏の様子が面白かったようで、白町はすっと冷えた表情を消した。
白町月兎
白町月兎
うん、早く行こうよ
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
えー、白町ちゃんまでそんなこと言わないでよ
不服そうなひなたを置いて、隣に追いついてきた白町がくすりと笑う。
白町月兎
白町月兎
今日も一日、楽しみましょうね
黒川千夏
黒川千夏
…ハイ……
引き攣った笑顔で返事をする千夏を、上機嫌に笑って見つめる白町の瞳の奥の熱が、この先の日々の波乱を予期させるようで、背筋を冷たい汗が一筋流れた。



こうして、白町との、一歩道を踏み外せば学校ごと消える、危険な青春が始まった。

プリ小説オーディオドラマ