第五章
目覚ましの音が鳴り響き、僕は目が覚める。
カーテンの隙間から僅かに漏れる光が、丁度僕の顔を照らした。
「眩しいっ……」
覚めたばかりの眼に、直射日光が当たったことで、僕は眼をぱちぱちとさせる。
地味に瞼が痛い。
僕はそんなことを思いながらもベットから身体を起こした。
リビングの机の上を見ると、1枚の大きな付箋が貼られていた。
『今日は2人とも仕事が長引いて家に帰れそうにないです。幸君は友達とお泊まりらしいので、自分で適当にご飯作って食べてください』
付箋にはこう書かれていた。
僕は「別にそんな報告なんてしなくても、いつもと一緒だよ…」と口から零れる。
「いやいや、今日はこんな事なんて考えてる余裕ないんだった」
僕はそう言って、スクールバックを持ち、玄関の扉を開けた。
その時、僕の眼にはわずかだけれど、輝きは絶えない光が宿ったのだった。
♡
学校に着くと、いつもよりざわめきが大きく、外も室内も人で溢れかえっていた。
今日は文化祭当日。僕の学校は文化祭は1日で一般公開もするため、生徒だけでなく先生も学校の評判の為に精を入れるのだ。
「あっ、愛君!おはよう」
教室に行き、席に荷物を置くと、クラスTシャツを着た彼女が挨拶をしてくる。
「おはよう。っていつもだけど、今日はより元気いっぱいだね」
「あったり前じゃん。なんたって、今日は文化祭!数少ない学校行事の1つなんだから精一杯楽しまないとっ」
「……それもそうだね」
僕が彼女に同意する。すると彼女は何か珍しいものでも見つけたかのような表情で僕を見つめていた。
「なっ、何?」
「あー、いや、だって、私の知ってる愛君はもっと学校行事のことに無関心だったり、私の言うこと全然理解してくれないイメージだったから」
「えっ、加藤から僕への印象ってそんな最悪な奴だったの?!うわーまじかー……」
そんなこと言っていると、彼女は少し焦った様子で口をパクパクさせている。
「違うよっ。だって約束した時の愛君、脅したみたいに言ってきたからっ」
「えっ…?」
僕はあの日のことを懸命に思い出す。
……あー、そんな言い方をしたような……。
「あの時は悪かったよ。確かにあの言い方は良くなかったな」
僕は彼女に頭を下げて、謝罪する。
その様子を見かけた教室にいる生徒が何人かこちらに視線を向けた。
「ちょっと、愛君っ。皆んなに見られてるよー!もういいから、顔上げて!」
彼女の言葉に僕ははっと我にかえり、顔を上げた。
「そういえば愛君。クラスTシャツ着ないの?」
「あっ!確かに、折角だから着ようかな」
僕はそう言って、鞄から畳んであったクラスTシャツを取り出して、身につけた。
黄色のTシャツには、黒で『青春shining!』と書かれていて、中々のネーミングセンスだなと思う。
「愛君いいね!似合ってるよ!」
「そう、かな?」
「うん!」
これは喜んで良いものなのかと思ったが、彼女が褒めてくれるのはなんだかむず痒くて、嬉しい気がした。
「さぁ、愛君!私の人生で最後になるかもしれない文化祭。ちゃんとエスコートしてよねっ」
彼女が教室の扉へスキップをしながらそう言う。
僕はやれやれと思いながらも、「覚悟しとけよー」とだけ言って、彼女の元へ歩みを進めるのだった。
♡
「うわ~。今年の文化祭も凄いね~」
彼女がそう感心するように言った。
僕も「そうだね」と返し、辺りを見渡す。
まだ始まったばかりなのに、小さいけれど行列が出来てる店まであった。
今、僕達のクラスは休憩の時間。前日に舞台の用意を全て終わらせておいたおかげで、僕達のクラスは本番前のリハーサルまで自由に文化祭を周れることが出来るのだ。
「あっ、あれって!香織ちゃんのクラスの焼き鳥屋じゃない?」
彼女がオレンジ色をした屋台に向かって指を指す。
「本当だ」
「行ってみようよ」
「うん」
屋台の近くに行くと、甘辛い匂いが漂っていた。
僕は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「あれー?佑光達じゃーん」
焼き鳥のメニューを見ていたら、屋台の奥から涼野と松崎が顔を出していた。
「香織ちゃん!やっほー」
「やっほー」
彼女の言葉に涼野がギャルピース?らしいものをしながら応えた。
「それにしても焼き鳥美味しそうだね。私どれにしよっかなー」
「おっ!それならこの2年1組特性のピリッと味噌ダレもも肉にしたらどうだ?」
「なにそれ?どんな味なの?」
「いやー、それは食ってからのお楽しみだな!」
松崎の得意気な言葉に乗せられて、僕達は1本ずつそれを買うことにした。
出された焼き鳥は一見普通の焼き鳥だった。
僕は一口分、口にする。
「………?!」
「やばっ!これちょー美味しいんだけど!」
彼女が興奮気味にそう言う。
僕も何度も頷き、どんどんと口の中に焼き鳥が入っていく。
「確かに、これはいけるな。見た目は普通の焼き鳥となんら変わりないのに、味は全然違う。口に入れた瞬間、濃い味噌ダレで口の中が包まれていき、ほんのお気持ち程度で振られた一味の辛さが良いアクセントになってる」
僕は喉にギリギリまで詰まっていた言葉が一気に溢れ出た。
僕は我に返り、しまったと恥ずかしくなる。すると。
「………やっぱ今井は分かってくれる奴だって信じてたぜー!」
松崎が感激しながら僕に飛びついて来た。
「ちょっと重いんだけど」
「あー、すまん。実はこの焼き鳥の味付け俺が考えたんだ。だから凄く嬉しくて」
松崎が少し照れながらそう言った。
「そうだったんだな。てか松崎が考えたんだ。センスあるじゃん」
僕が追い討ちをかけて、もっと褒める。
すると、松崎は目をうるうるとさせて「やっぱり今井って良い奴だなー!よしっ、今から今井のこと愛って名前で呼ばせてもらうわ!あっ、愛は俺のこと颯斗って呼んでくれよな」
と少し早口で言い放った。
「分かった。よろしくな、颯斗」
「おう!」
友達に名前で呼んでもらうのなんて彼女を除いて、数年ぶりだからか、僕は内心少し心が踊っていた。
「ちょっと!なに私達を空気扱いして、2人だけで青春しちゃってんの?!あと愛君、私のことも今から佑光って呼んでよね」
彼女が少し焦った様子で僕にそう命令するように言った。
僕は彼女を名前で呼ぶのだと思うと、なんだか心臓の鼓動が早まっていた。
「えっと、名前呼びはちょっと…」
「えっ!じゃあなんで颯斗君は良いの?」
「だって加藤は女の子だし、その……」
「ちょっとそれ男女差別って言うんですけど。愛君酷いっ。まさか差別する人だったなんて…」
彼女が両手で顔を抑えながらそう言った。
その様子に涼野と颯斗が彼女を慰めている。
けれどその様子からして、おふざけなのはすぐに気づいた。
「……あーもう。分かったよ」
「えっ!もしかして……!」
「僕の心の整理がついたら、名前で呼んであげる」
僕の発言に彼女は思ってたのと違うとでも言うような顔をして見せ、涼野と颯斗はなにかを察したとでもいう風に笑っていた。
♡
「ねぇ、もうそろそろ演劇の時間近づいて来たんじゃない?」
学校内を大体ぐるりと回り終えたとき、彼女がそう僕に言った。
僕はスマホをジャージのズボンのポケットから取り出して、時刻を見る。時刻は丁度9時50分。演劇の予行準備の時間まであと10分だった。
「あと10分だね。じゃあもう戻ろうか」
「りょーかい」
体育館に向かうと、もう舞台の準備が済まされていた。
「遅いぞー、主役達!」
梯子に登って、照明の向きを調節していたクラスメイトの山本が声をかけてくる。
「わりー!色々回ってたら、時計見るの忘れてたわー!」
上にいる山本に向かって声を張り上げて、詫びの言葉を発する。
「ちくしょー!デートかよっ!はやく衣装の準備してこいやー!」
山本は憎たらしそうに言いながらも、笑っていた。僕は「おう!」とだけ返事して、彼女と一緒に舞台裏に走っていった。
「あっ!佑光こっちだよー」
奥の方から女の子の声がした。僕らはその声がする方へと向かう。すると、後ろから肩をがっしりと掴まれた。
「わっ!」
僕は驚いて声を上げる。後ろを振り向くと、クラス1ガタイのいい濱田がこっちを見下げていた。
「今井はこっちだぞー」
そう言って濱田は僕の腕を思いっきり引っ張って、彼女とは反対の青いカーテンの所へと連れて行かれた。
そこには王子の衣装や、メイク道具、ヘアアイロンに変なスプレー缶まで置いあった。
「さぁ、今井君。ここに座って」
僕は言われた通り座って、目の前の鏡を見た。そして次の瞬間。
数人の男子がブラシを持って、僕の顔を白い粉や薄橙色のクリームではたき始めた。
「うわっ、ちょっ」
僕は眼の中に粉が入ってしまわないように大人しく目をつぶった。
少しして化粧地獄から解放され、鏡を覗き込む。
するとそこには、僕の顔とは信じられないほどの美形があった。
「えっ、普通に凄いんだけど」
僕が感動していると、その隙に髪を色々と巻かれていた。
改めて衣装を着て、全身を見渡す。
衣装はジャラジャラと余計な小物を付けられていなくて、逆にオシャレだった。
「さぁ、そろそろ姫とご対面ですよ。王子様」
僕は濱田にそう言われて、カーテンの外へと放り出される。
全く、人使いが荒いなぁ。 一応これでも主役だからな。
僕はそんな小言を口ずさみながらも、彼女のいる方へと進む。
ピンクのカーテンを見かけて、とりあえずそのカーテンを開けてみることにした。
その時、僕は口を開けたまま、目の前にいる女の子に目を奪われた。
後ろ姿だが分かる。原作の白雪姫と同じワンピースを着た彼女がそこに立っていた。
「どうかな?」
彼女がスカートの端をひらりと持ち、僕に衣装姿を見せる。
僕は彼女のあまりの美しさに見惚れていた。
「あの、えっと、似合ってるよ」
僕は少し、いやかなり照れながら、彼女にそう言った。
すると、彼女も僕のが移ったのか、頬を赤く染めながら「ありがとう」と言った。
「愛君も、似合ってるよ。……格好いいね」
彼女の唐突の言葉に僕は動揺して、頭が真っ白になった。
褒められるのって、なんだかむず痒いけれど、こんなにも嬉しいものだったんだ。
僕がそう思っていると、周りにいたクラスの何人かの女子が「お熱いねー」とか「私達のこと忘れてなーい?」とかの声が飛び交っていた。
僕は彼女の手をそっと握る。
彼女の手は、緊張しているのか力んでいた。
「大丈夫だよ。1人じゃない、僕がいる」
そう彼女に優しく言葉をかけると、彼女は「そうだね」と僕の手を強く握り返してくる。
いつも通りの彼女だ。
僕はいつもの気が強くて、怖いもの知らずの彼女に戻ったことにほっと胸をなでおろし、前を向いた。
♡
体育館の中に大勢の人が押し寄せて来ている。
僕らは舞台裏に行き、自分の台詞を見返していた。
「出番でーす」
反対側のカーテンの隙間から、クラスメイトの女子が顔を覗かせながら言った。
ジーーーー。
カーテンが開き始めている。
「……始まるのか」
僕は緊張のあまり手が震えていたが、今までの練習の日々を思い出し、ぐっと強く強く手を握りしめた。
「あるところに、1人の美しい姫がおりました」
ナレーションが始まり、そこから物語が着々と進んでいく。
今のところ、凄く順調だ。
台詞のタイミングも、演技も、今までの練習のどんなものよりも最高のものだ。
そして、物語がファイナルに近づいてきた。
毒林檎を食べた白雪王子、僕は今棺桶の中で眠ったフリをしている。
「こんな所に人が眠っているわ!」
彼女の声が聞こえた。
やっぱり加藤は演技が飛び抜けて上手い。
今この舞台で1番視線を浴びているのは多分、彼女だろう。
誰もが彼女の魅力に見惚れているはずだ。
さて、そろそろこの演劇で一番の見物のシーンが始まる。
薄目で上を見ると、こびとがお姫様に、白雪王子を生き返らせる為の方法を耳打ちしている演技をしていた。
ここは原作通りのままにしている。
つまり、白雪王子を生き返らせる為には原作と同じで、口付けをする必要があるのだ。
流石に本当に唇を合わせるのではなく、するフリをするのだけれど。────しかし。
彼女の顔が近づいたときに、なにやら唇に柔らかい感触があった。
僕は驚いて、身体を起き上がらせる。
その瞬間、観客席から歓声が沸き起こった。
そして、我に返った僕は周りを見渡した。
彼女が床に、おでこを抑えながら唸っている。
僕は慌てながら「えっ、ごめん!大丈夫?」と彼女に近づき、小声でそう問いかけた。
「あー大丈夫だよ。それとごめんね。顔ギリギリまで近づけようとしたら手、滑っちゃった」
彼女がてへへとでもいう風に、舌をぺろっと出しながらそう言った。
「そういうことね……。…………あっ!まだ演劇中なんだった!」
僕は彼女の手を引いて、立ち上がらせ、残りの台詞を言い切った。
僕らはお互い顔を見合わせて、照れながら両手を上へ挙げたのだった。
♡
文化祭が終わり、僕らいつメン4人組はお好み焼き屋に集まった。
「えー、それでは皆さん。グラスを手に。………乾杯!」
颯斗の乾杯の挨拶に4人はぐいっと、ジュースを喉に流し込む。
大きな行事の後に飲む炭酸ジュースは最高だ。
僕らは文化祭での出来事や、雑談をお腹いっぱいに話し、沢山笑い合った。
もちろん、あの演劇での例の出来事のことも。
「それじゃあ、そろそろお開きにしますか」
僕はそう言って、席を立ち、お会計をしに行く。
「愛ー、ご馳走様!」
「何言ってんだよ?当たり前に割り勘だからな。後でスマホにお金振り込んどいてよね」
「えーけちー」
颯斗は不満気な顔をしていたが、本気で嫌そうにはしていなく、その様子を見て、涼野と彼女は笑っていた。
「じゃあなー!」
家が反対方向の颯斗と涼野は店でお別れだ。
「おう」
「2人ともまたねー!」
僕ら2人は手を振り、店をあとにした。
「もう真っ暗だし、家まで送ってくよ」
「えー!悪いよー。それに私達の家ってお互い近くはないんだから、愛君帰るの遅くなっちゃうよ?」
「いいんだよ。別に」
僕は彼女の手を引いて、歩みを進める。
「……それじゃあ、お願いしようかな」
「うん」
辺りはもう真っ暗で、唯一の明かりが飛ばし飛ばしにある街灯だけだった。
ある公園に近づいた頃、彼女の手が冷たいことに気づく。
僕らは公園のベンチでココアを片手に、ひと休みすることにした。
誰もいない公園で2人きり。お互い黙ったままでいた。
だけれど、何故かその沈黙は気まずいものではなく、落ち着くものだった。
「……あのさ」
僕はあることを決心して、口を開く。
彼女はどうしたのとでもいう風にこちらを見ていた。
「前にHappyバーガーで君が聞いてきたこと覚えてる?僕が何故愛について知りたいのかってやつ」
「あぁ!覚えてるよ」
「そっか、良かった。実は本当は言わないでおこうかと思ってたんだけど、そのことについて説明しようかと思って」
僕はHappyバーガーでのことを彼女が覚えていることにほっとした反面、少し緊張感も混じっていた。
「えっ、いいの?愛君、無理しなくてもいいんだよ。私本当にいつまでも待つつもりでいるし」
「いや、その逆で今聞いて欲しいんだ。なんだか今言わなくちゃいけない気がしたから」
「そうなんだ。分かった、私、何でも受け止めてあげるからね」
彼女のこの言葉は心強いものだった。
何でも受け止めてあげる、か。君はどこまで優しい人間なんだろう。
「ありがとう。それじゃあ話すね。………実は僕、家族に愛されていないんだ」
「えっ?家族、に?」
「うん。僕ね5歳の頃に血は繋がっていない弟が出来たんだ。僕が産まれてから中々子供が出来なかったからなのか、養子縁組から引き取ったらしいんだ。両親は弟に新しい名前を授けて、血の繋がっている僕と同じくらい愛して、育ててくれた。────けれど、僕が中学生の時。その頃、勉強が苦手だった僕は成績が落ち続けるばかりだった。しかしその反面、弟の成績は伸びるばかりで、兄弟の差が開いていったんだ。両親は最初の内は大丈夫、愛にだってきっと出来るさと励まし続けていてくれていたんだけれど、僕にはその言葉がずっと呪いの言葉だった。そして、段々と両親は優秀な弟の方へ手をかけるようになっていった。初めはお金だけだったんだけれど、愛情も少しずつ差がついていき、今になっては弟だけが息子のようになってしまった」
僕は息をするように言葉を次々と発して言った。話すのを止めることが出来なかったのだ。しかし、彼女はずっと僕の手を握りしめて、黙って聞いてくれていた。
「そこからは僕は崩れかけていってしまったんだと思う。中学生までに親が与えてくれた愛情を僕は全て忘れてしまったんだ。愛されるという感覚も、気持ちも、意味も、全て。だから僕はたまたま病院で加藤の診断書を拾った時にビビッときたんだ。酷いことだって分かってたよ、ごめん。でもやっと回ってきたチャンスを逃す訳には行かなかったんだ。このことを機に、僕はもしかしたら今まで忘れていた愛について色々と思い出すことが出来るんじゃないかって……」
僕が言い終えた時、長話になってしまったなと隣の彼女を見た。すると、彼女は小さな唸り声を上げて、泣いていた。
焦った僕は「えっ?!どうしたの?」と聞いてみる。
「だってぇ、だってぇ。愛君があまりに可哀想だったからぁ」
彼女は泣き止みそうになく、ずっと僕の手を強く握りながら泣いてくれていた。
僕もつられて涙を誘われる。
隣で泣いている彼女を見て、思うのもどうかと思うが、泣いている彼女の眼は美しく、ときに頼もしかった。
「…………好きだ」
「…………えっ?」
涙が溢れていた彼女の目が大きく見開いて、僕をじっと見つめる。
あれっ?僕、今何て言ったんだ?
えっ?………もしかして、声に出てた?
「あっ、あの!ごめん!間違えて、いや間違えてはないのか?いやっ、でもそれだと……!」
僕は焦って彼女への誤解を解こうとする。
すると彼女は顔を赤くして、手で顔を隠してしまった。
僕の心臓がどくんと鼓動する音がする。
僕は彼女の手を顔から剥がして、彼女の顔を覗こうとした。
────その時。
「ごめん。愛君の気持ちには応えられない」
「……えっ?」
彼女の言葉に頭の中が真っ白になる。
僕が固まっている間に彼女は「……私、もう帰るね。またね」と公園を小走りに出て行ってしまった。
それから僕が自分が振られたことに気がついたのは、5分間の放心状態の後だった。
完全に良い流れだった。自分の意思で告白したわけでは無いけれど、もしかしたらと期待した。
僕は振られた理由が分からなかった。
彼女の今までのことからして、僕のことを嫌ってたわけでもなさそうだったし、さっきの反応だって、照れてたから嫌ではなかったはずだ。
「……どうしてだ?」
僕は両手で頭をくしゃくしゃと掻き回し、静かに俯く。
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、はっきりしない感情が気持ち悪い。
僕は知らぬ間に泣いていた。
止まらない涙に僕は驚いて、目を何度も擦る。
それでも止まらない涙に僕は諦めて、空を見上げた。
涙がつたった跡が風に当てられて、ひんやりと冷たい。
夜空には星が1つ、孤独に小さな光が今にも絶えそうなくらいに光っていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。