夜多神社、石階段の下＿＿＿＿

  学校から暫く自転車を走らせ、

  県道を一本狭い道に入ると

  穏やかな住宅街になった。

  もうすぐだと湊が言い、

  こんな山に弓道場なんてあったかと

  不安になり始める。

  切子入れを返すだなんだとも

  言っていたけれど、

  全て湊の幻想だったらと思って

  色んな意味で背筋が凍る。

  堪らず声を掛けると

  想像とは違って明るい返答。

  相当その弓引きに会うのが楽しみなのだろう。

  車通りも無くなった山道の途中で

  湊は減速した。

  本当にあったらしい。

  石階段の先に赤い鳥居。

  どこかからか弦音も聞こえる。

  自転車を端に寄せ、

  境内へと向かっていく。

  何人か引いている音がするけど、

  この中の誰か、ということだろうか。

  階段を登り切ると

  左奥に弓道場らしき建物が見える。

  神社の奥にある弓道場なんて、

  とても綺麗なんだろうなと

  呑気に考えていた。

  思わず声に出して、

  慌てて口を噤む。

  幸い湊には聞こえていないらしく、

  弓道場の扉に手を掛けていたところだった。

  道場には複数人の男女が居て、

  教えたり、話し合ったりをしていた。

  どの人が湊が見せたい人だろうか。

  そう思って湊を見ると、何故か固まっている。

  何がなんだか分からないので

  湊の後ろで待機する。

  湊の声に気づき、優しそうな人が

  こちらに近づいてきた。

  切子入れを握ったままの湊は

  そう言って後ずさった。

  まぁ私が湊の立場なら

  同じような反応をしただろう。

  それよりも、湊が見ていた弓引き。

  亡くなっていたなんて、

  それは本当に湊が見た幻想だろうか。

  湊に問い詰める訳にもいかないので、

  帰路に着こうとしている湊の

  背を追いながら聞く。

  脇腹を押さえて話す湊からは

  焦りのようなものを感じて、

  何も言えなくなってしまった。

  先程登った階段を降りながら

  切子入れを握ったままの湊が言う。

  こんなの湊は悪くなんてない。

  道場でちらっと聞こえた

  滝川さんと言う人のことだ。

  湊と同じ、早気。だったらしい…

  もしかしたら湊が戻る鍵にも

  なるのでは無いかと思っていた矢先、

  亡くなっていたなんて知らされた。

  気休め程度にしかならないフォローを

  投げかけて湊の顔を覗く。

  気持ちは煮え切らないままに

  夜多神社を出た。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

  数日後、日曜日＿＿＿＿

  結局あれから滝川さんについて

  ぼーっと考えるばかりで、

  何の進展もなかった。

  西日に包まれた部屋のベットで

  本を読んだりスマホを見たりを繰り返す。

  暇だし外にでも行こうかと

  立ち上がった時だった。

  スマホが震えて液晶には＂湊 " の文字。

  またあとで、と言って

  どちらかともなく電話を切る。

  スマホと財布だけをポケットに入れて

  自転車の鍵を弄びながら外に出る。

  もう日が暮れなずんでいっている。

  神社に着く頃にはもう日は落ちているだろう。

  自転車のライトを点灯させて

  ペダルを踏み締める。

  今日こそ、滝川さんに会うんだ。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

  夜多神社前＿＿＿＿

  自転車を立ち漕ぎしながら

  石階段に腰掛けていた湊を呼ぶ。

  やはり今日も切子入れが手放せないらしい。

  静かにそう言った湊は

  私が自転車を止めると

  階段をゆっくりと登りはじめた。

  弓道場に着いて、湊が扉を開ける。

  道場の中からは弦音が聞こえた。

  微かに声を上げた湊に問うと、

  怖かったら待っていていいとだけ言われ、

  扉を閉められてしまった。

  確かに怖いけど、1人にされるのも

  怖い気がする。

  でも中に入って湊には見えるのに

  自分には見えないとか

  そうなったら本当に泣くので

 
  大人しく待つことにした。

  暫く経つとまた弦音が聞こえてきた。

  とても芯のある力強い音だ。

  かと思えば次に聞こえてきたのは

  湊が何か大きい声で話している。

  あんなに大きい声、

  普段は出さないような人なのに。

  そう思うと幽霊も幻想もどうでも良くて

  道場の扉に手を掛けていた。

  そっと扉を開く。

  中を見ると、湊の背中と

  背の高い男性、おそらく滝川さんだろう。

  二人が何か話している。

  会話は聞こえないが、

  滝川さんは笑っていて、

  湊は赤くなっている。

  滝川さんがひとしきり笑うと、

  湊に弓を差し出す。

  湊は考えながらも、弓を受け取った。

  湊が弓を持っている姿に

  堪らず胸がギュッとなった。

  やはり湊には弓が似合う。

  当たったかは分からない。

  小さい弦音が響いて、

  湊が少し俯くが遠くからでもわかる、

  微笑んでいる。

  滝川さんが湊の元に歩いて行き、

  言葉を交わしている。

  そろそろ、行ってもいいだろうか。

  扉を後ろ手に閉めてから靴を脱ぐ。

  床を踏むと小さく軋む音が、心地いい。

  それだけではない、

  山の中だからだろうか、

  この場所は空気が澄んでいる。

  声に驚いたのか、

  素早く滝川さんがこちらを振り向く。

  小さく空いた間に首を傾げられてしまう。

  湊は湊で複雑そうな顔をしているし。

  もうそんなに気にしてはいないから

  今日ここに来たというのに。

  なんやかんやで丸く収まった(?)

  と言えるだろう。

  帰り際にまたいつでも来ていいと

  滝川さん改めマサさんに言われたので、

  何か無くても来ようと思った。

  それに、石階段を降っている時に

  湊が明日から弓道部に行くと

  言っていた。

  湊の気持ちを変えたのはきっと

  さっきの一射とマサさんだったのだろう。

  一人自転車を漕ぎながら考える。

  ふと空を見ると美しい月夜で、

  満点の星が街を包んでいた。

  自転車は加速する。

  気持ちの昂りに合わせて。

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                ま  た  次  回     ＿＿＿＿  .