日々なんて、あっという間に過ぎていくもの。それを身に染みて感じるのは初めてかもしれない。
長い長いレーネ村での10年間に比べ、離れでの生活は半分しかなかったように流れていった。
暑い日も寒い日も、ただ私は生きていた。
なんのために?
…この日のために。
『明朝、迎えのものを遣わせます。』
祝由様の手紙に書かれたその文章を、何度も何度も読み返す。
私がここに来たのは、あくまでも火神の花嫁として。
大丈夫。心は落ち着いている。
白夜に告げると、彼はほんの一瞬思案する顔で私を見て、そして頷いた。
少なくともーーー…この6年という月日で、私も白夜もこの日が来ることは分かっていたから、伝え方はそれだけで充分だった。
その言葉に安心した。
祝由様の手紙に書いてあることと同じだったから。
夜明け前の肌寒い時間。
私は自室で窓枠に腰掛け、ぼんやりと影の残る中庭を眺めていた。
あと数時間後にはここともお別れと考えると、なんともいえない不思議な気分だ。
家から離れるというのは、もしかしたらこんな気持ちなのかもしれない。
物思いに耽っていると、扉が開く音がした。
視線をゆっくりとずらす。
窓枠から滑り降りると、白夜は私を頭のてっぺんから爪先まで眺め、何も言わずに頷いた。花嫁の服に身を包んだ、私を。
数日前に届いた花嫁衣裳は、まぁ伝統的な作りになってるな、くらい。サイズはなんで知ってるのか怖くなるくらいピッタリだった。
クスクスと笑う私を見て、白夜は怪訝な顔をする。恐らく「用件はなんだ」だろうな。
私はそう言うと、両手を示すように上げた。
私の手はいつも、包帯で覆われていた。手だけじゃなく、腕まで全部。水仕事をする以外は、祝由様に頼んで包帯を用意してもらって、常にぐるぐると1人で巻いていた。
今度こそ白夜は意味が分からないと言う表情を見せた。まぁ、突然こんな質問を次々とされたらどんな人でも…訂正、鬼だった…不審がるだろう。
でも、この前置きは結構大事なのだ。だから仕方ない。
理解できていない白夜の様子に、私はますます笑みを深くする。包帯をほどき、お世辞にも綺麗とは言えない手を晒した。
そのまま、私は窓枠に飾ってあった花瓶から花を一本手に取った。白夜が目を見開く。
私が触れたところから枯れ落ち灰になる花と、私の手に現れた花のような模様の『痣』を見て驚く白夜に、私は小さく呟いた。
呪い子。
それは遥か昔から存在する特異な人々。
世界から忌み嫌われた存在が受ける呪いを受けた者。
水に触れられなかったり、あらゆるものを凍らせてしまったりとその性質こそ違えど、根幹的な部分は変わらない。1つ目は、解くことができない事。
次に本人や周りに対して何らかの不利益を生じるものだということ。
唐煌の長い歴史の中で幾度も登場するその存在は、いつからか人にすら忌み嫌われるようになった。
呪い子は、悪であり排他されるべきもの。
そういう風習がだんだんと広がっていった。
そして残念ながら、逆に呪いを全く気にしない国というのが非常に少ない。
だから当然、唐煌で生まれた呪い子は生贄として、死ぬはずだった。
死の呪い子。
人にも動物にも植物も、素肌で触れると殺してしまう。
そんな私は幼い頃、両親が亡くなった時に呪いが発現した。
呪いの証である痣が手の甲に顕れた時はたまたま私に触れていた人がいて、村中大騒ぎだったそうだ。
その人が私を腕に抱きながら肌を黒く変色させ亡くなっていたのだから。
私は生きるべきではないと、齢4つにして運命を理解してしまっていた。
地下室での軟禁も、辛いと思うことはあれど、呪い子である私が悪いのだから仕方ないと諦めていた。
温もりを知らないまま死ねるのは、孤独を感じずむしろ幸せじゃないかと。
炙られる火の中で死ねると思ったのに。
でも、本当に火神は存在してしまった。
その瞬間、私の地獄はまだ続くのだと分かってしまったから。
だから今日、私は死ぬ。
だって、普通に考えてあり得ないだろう。
私はずっと黙っていたのだから。
祝由様との手紙でも、私が呪い子だということは上手に避けて、もし私がレーネ村からの刺客だったらどうするのか、と聞いた。
答えは簡単。即刻処刑。それが当然の処遇だと思う。
火神に捧げられた生贄が死の呪い子だなんて。人間からの反逆と取られてもおかしくない。
私の命ひとつで怒りを沈めて貰えればいいけど…とぼんやり考えながら、私は硬直する白夜に向けて小さく微笑んだ。
いつか言おう、は、いつも言えない。
私は結局、我が身可愛さで皆に嘘を吐いたのと何も変わらない。
だから罰は受け入れる。死ぬことじゃない。この優しい日々を手放すことだ。
続けた言葉に全て理解したのか、白夜が小さく首を振った。認めたくないとでも言うように。
私は涙を押し殺すように笑うと、中庭に目を向けた。
私の思い出全てが詰まったこの場所とも、またおわかれなんだ。
さようなら。
そう言葉にすることを自らに許さず、私は唇を血が滲む程噛み締めた。
ぶっきらぼうな白夜の言葉は、すぐ側から。
切れた唇を見るためにか、手を伸ばす白夜に一瞬反応が遅れた。
あろうことかーーー…白夜は私の頬に触れた。
思わず強く突き飛ばしてしまう。でもそんな私とは裏腹に、白夜の指先がじわりと黒く染まるのを視界の端で見た。
完全にパニックに陥った私は、ただその言葉を繰り返した。
嫌だ。傷付けたくなかった。もう私の手で誰にも不幸をもたらしたくなかった。なのに、どうして。
結局どんな幸せも、私自身が壊してしまう。
私は白夜の命が終わるその瞬間を見たくなくて、顔を両手で覆って顔を伏せた。涙が溢れて、手を伝って流れていく。
ぽん、と頭に手を乗せられ、驚いて涙が止まってしまった。暖かくて、私より少し大きくてーーー…安心する手。涙で視界が歪むまま、顔を上げる。
そこには、普段と何ら変わらず、うっすらと笑みを浮かべた白夜の姿があった。
そっと私の頭から離した白夜の手は、確かに黒く染まっていた。しかしーーー…その指先から葉のような『痣』が現れ、元の色に戻っていく。
にわかには信じがたい。だが、目の前で私の呪いが相殺されたのは事実。それになにより、白夜が生きているのが、動かぬ証拠だった。
安心して笑いながらまた涙の波が押し寄せて、感情がぐちゃぐちゃになる。そんな私を見て、白夜も少し笑みを深くした。窓から朝日が差し、私達を包んでいく。
それにふと気が付いて、私は再び俯いた。
白夜はそう言って、窓枠に飛び乗った。私は慌てて止めようとして、でも振り返った彼が逆光の中、笑っている気がして。
祝由様への裏切り発言に、思わず吹き出してしまう。そんな私に何を思ったのか、白夜は暫し黙り込んだ後、ふっと息を吐いた。
目を見開く。欲して止まなかったものを、私が一方的に抱いていると思っていた気持ちを、白夜も返してくれたのだ。
家族。そう、思って、くれている。
その言葉がなによりも私の心を温めて、そして呪いに縛られた人生を報いてくれた。
つっかえながらもそう言って、私は、差し出された白夜の手を取った。
あっしがそう言って部屋にはいると、祝由様は書類から顔を上げて微笑んだ。
穏和に微笑み、椅子から立ち上がる我が主君は、相変わらず何を考えているのか分からない。拾って取り立てて貰えた時からその印象は変わらないから、もうなんとも思わないが。
そう、嘘。
あっしは知っている。
花嫁様への手紙に記された、処刑を仄めかすような文章。
あんなのでっち上げにすぎない。
確かにいくら神と言えど祝由様は命ある生物。もちろんいつかは還る日が来る。
しかし、だからといって呪い子を矢鱈に駆除したりする人ではない。
因みに、白夜様にもっと花嫁様と接しろと言ったのも根回しらしい。一体いつから、あの2人は主君の掌の上で転がされているのだろうか。
そして恐らく、あっしもそのおもちゃの1人なんだろう。腕を組み、扉に寄りかかった。
曖昧に微笑む主君は、相変わらず感情が読めない。しかし今度ははっきりと感情を口にしてくれた。
つまり、それ以上聞くなと。もう何を訊いても無駄だろう。わざと大きめのため息をつく。
無茶振りというほどでもなかったので、あっしは反論もせず頷く。祝由様に向かって片膝をつき、あっしは呟いた。
その言葉を最後に、あっしはその部屋から姿を消した。
主)こんにちはこんばんは!きなこもちです!
きなこもちの中では1章となる、〖鬼と花嫁〗編が終わりました!ワーパチパチ!
眠くて眠くて雑になってしまった所もありますがご了承ください!
さーて最後に、なんかいい小ネタを…何かあったっけ…。
あっえーと、じゃあ利鶴の小ネタを挟みます!
小ネタ:利鶴とダリアの関係性
ダリアが初めて祝由の前に召喚(?)された時に、実は利鶴は同じ部屋にいました。まだ小さかった利鶴は勿論祝由の花嫁様に興味津々、でもダリアは祝由のあまりの存在感に気圧されて全く気付いていませんでした。
あんまり絡みもありませんが、利鶴は勝手にダリアの事を可愛がっている妹分のように思っているようです。
因みに食材や生活必需品を離れに届けていたのも、ダリアの花嫁衣裳チョイスも利鶴です。一応諜報員なので、気配を消すのはまじ上手。
利鶴書いてて面白いから本当はもっと絡ませたかった…。
それでは今回はここまで!
次の章では唐煌の中心都市を舞台に暴れまわります!(主に白夜が。)
また次回お会いしましょう~!
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。