第238話

戻れなくなってしまう
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2024/03/28 05:00 更新


あなた「ッふぅぅーーーーッッ」


寮の扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。
夜の7時。
涙が止まり、目を冷やしてからようやくこうして帰ってきたのだ。

学校を辞めることを伝えるのは明日
だから今日は何事も無かったようにする、そう決めた。



ガチャリ、と扉を開けば音に気がついたであろうヤオモモがひょこりと姿を現す

八百万「あらあなたさん!お帰りになったのですね、みなさん共有スペースでちょうどお食事中ですわ」

あなた「あ、ヤオモモ。…へへ、ただいまぁ」

八百万「はい、おかえりなさい」


ヘラりと笑うとヤオモモは優しく微笑んで迎え入れてくれた。








あなた「ただいまー」

共有スペースに踏み入ると、ヤオモモの言った通り全員とはいかないが何人かが夕食をとっているところだった


耳郎「おー、あなたおかえり」

あなた「響香ぁ、……」

耳郎「わ、え何どうしたの」

入口付近に居た響香に抱きつけば、優しく背中を撫でてくれる
そういうところだいすき。

涙が出そうになるのをグッとこらえて響香の肩に顔を埋める




あなた「なんもなーい、疲れただけぇ」

耳郎「なに、相澤先生に振られでもした?」

あなた「馬鹿言え。相手にもされなかったわ」

耳郎「されなかったんかい」


くそお、なんてわざとらしくこぼせば頭をなでられた
あーあ、このまま響香に嫁入りすれば呪術師にもヒーローにもならないで幸せになれるのかな。
果たしてそれが本当に幸せなのかは、今の私に考えられるほどの余裕がないけれど。




耳郎「ご飯はどうする?」

あなた「んー、お腹減ってないからいいかなあ」




そう?なんて軽い返事を返す響香に反して「体調でもすぐれないのですか!?」と大げさに心配してくれるやおもも。遠くから話を聞いていたらしい電気が「唐揚げ食うかー!?」なんて大きな声をかけてくるのに対して太るからいい、と返せばかっちゃんに鼻で笑われた。



あぁ、いいなあ。
幸せだなぁ、。
こうした何気ない日常のひとつひとつが、私の中の黒い部分に光をともしてくれる。
きっと明日、私がいなくなることを伝えればこうした雰囲気ではいられなくなるだろう。










ダメだなあ私。
ここからいなくなる覚悟なんてまだ全然ないや。


















❁    ❁    ❁    ❁







翌日、珍しく早起きをした。

そして今私はまだ誰も生徒が登校していない校舎を歩み、職員室の前にいた。
きっと今頃私を起こしに行ったであろう誰かが誰もいないベッドを見て驚いていることだろう。

みんなのそんな様子を思い浮かべては思わず笑みがこぼれるのをこらえ、普段はずかずかと立ち入る職員室の扉をノックし、一直線に相澤先生のもとへと歩みを進めた。


いつもと違って今日は呼ばれてきたわけではない、私の独断行動
突然現れた私に相澤先生は眉をピクリと動かし椅子をこちらへと向けてくれた。



相澤「どうした。」

あなた「昨日の話についてなんですけど。」


相澤「…」



“昨日の話”と言えば相澤先生はあからさまに眉間にしわを寄せる。






あなた「私がいなくなるって伝えるの、もう少し待ってください。」

相澤「……というと?」

あなた「みんなと一緒に過ごせる時間があと少しなら、せっかくならしんみりしないで楽しく過ごしたいなって。」

相澤「…そうか。待つというのは具体的にはいつだ」

あなた「できれば…最終日に。」



それまで私に向けられていた視線が下へと落とされる。
もちろん無理にとまでは言わないが、できるだけみんなと“いつも通り”過ごしていたい。


それに何より、まだ私の心が決まっていない。




相澤「最終日に伝えるということは、ほかのやつらからすれば突然別れを告げられて思いを伝えられずに会えなくなるということになるが。そこはわかっているのか」



あなた「わかってはいるつもりです。」



わかってはいる。
私がみんなに言いたいことがたくさんあるように、みんなも言いたいことはたくさんあるんだろうなって。
でも、みんなの言葉を聞いたら、私はきっとここから離れるのが余計つらくなってしまう。

私はみんなに言いたいことがある。たくさん。
それは本当はヒーローになりたいとか、みんなと一緒にまだいたいとか、一緒に卒業したいとか。

そういったこともあるけど、それよりもみんなに言いたい。




聞きたい。










教えてほしい。














『わたしどうしたらいい?』

そのひとつだけでもいいから教えてほしい。

だって、私のことなのに私が一番分からない。




呪術師になりたいと思ったその気持ちに噓はなくて。傑くんのような人たちを助けたい。
この世の理不尽をなくしたい。高専のみんなも大事な存在。私が守りたい。
そう思ってこれまで生きてきた。


なのに長い人生の中のこの一年が私に与えた影響はあまりに大きくて、これまでの自分のまっすぐに用意されていたはずの一本道にぐにゃりとゆがみが生じて、自分の行く先が見えなくなった。








道の行く先は不安定で、暗くて。




怖い。










あなた「そっか、…私、怖いんだ…。」




私、今、怖いんだ。これから先が。

考えたくないなあ。
















































あーー。


消えちゃいたいなあ。











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