さてさて始まりはいつだったか。遡ってみれば決定的な場面は他にもある。だが、皆様方の記憶を遡るのだとすれば、1998年の夏に行きつくはずだ。
一番最初に口を開いたのは斧狩わを。どこから噂を耳にしたのか、この学校には七不思議があると言う。
続いて口を開いたのは浦里心愛。少女は自慢げに七不思議の詳細を語るのだ。
第一席 音楽室のピアニスト
第二席 うさぎ小屋の番人
第三席 理科室の狂科学者
第四席 鏡の中の軍人
第五席 本の少女
第六席 底なしプールの影男
七番目の噂を知らないまま、少女たちに夏休みが訪れた。
時は飛び、夏休みは一瞬にして終わる。やれ憂鬱だやれ出勤だの世間様が喚いている中、三人の女子高生はまたも奇妙な噂で不安を覚えた。
この学校に通う女子の不登校者が増えているのだと。その中には下風冬蘭、後郷里香、斧狩わをの友人、浦里心愛も含まれていた。
斧狩わをが目の前で殺されたのは、その日の放課後だった。
傘をとりに学校まで戻ってきた後郷里香と下風冬蘭は、同様に筆箱を取りに戻ってきた斧狩わをが怪異と化した中学の頃の美術外部顧問、近石豊に惨殺されているのを目の当たりにした。
あの化け物から逃げ切る手段はないかと建物外を探す2人は、斧狩わをと同じようにして殺されたであろう生徒の死体を掘り起こしてしまう。
近日不登校が増えていたのはこういうことだったのだろうか。
「先生、殺そうよ。」
後郷里香の言葉により、2人は近石豊を殺す決意をした。そんな2人のBGMになりたがっているのか、音楽室からはピアノの音が聞こえてきたのだ。
「音楽室のピアニスト、ノア・ドゥ・フォンテーヌよ。」
2人のために手紙を書き、2人のための計画を手伝おうと提案するノア。
「鏡の中の軍人あらため海馬柳薇。」
襲いかかる浮遊怪異や近石から2人を守護する柳薇。
「うさぎ小屋の番人改め、カノウ。」
2人に先生を殺すための手段を教えるカノウ。
「理科室の狂科学者、陶气氛です。」
先生の正体がアクリルガッシューー絵であることを明らかにする气氛。
「底なしプールの影男改め大杉水祐!」
特に何もしない大杉。
「イスム・アル・エミーラ。本の少女であってるわ。」
先生の生前について考えたら何か一つ情報をやる、と態度は尖っていても力を貸そうとするエミーラ。
「僕は七不思議七番目。」
そして、冬蘭の祖父、下風菊之助の若かりし頃を知り、思い出せない記憶の中の少女、鈍明光の名を仄めかす青年ーーなな。
冬蘭とノアとカノウ、柳薇と里香に別れて各教室を探索している最中、2グループは意外な方法で再会を果たした。
柳薇が鏡の前で腹に大穴を開けられていたのだ。
「あれは人間じゃないだろ。」
途切れ途切れに出た柳薇の言葉。
犯人の里香は、笑いながらどこかへ逃走し、結局見つかっていない。
作業を再開した三人は、とうとう冬蘭たちが使っているクラスへとたどり着いた。
「…あ、わをの机、筆箱置いてある。」
徐に伸ばした指が触れたのは缶の筆箱の冷たい感触ではなく、紙だった。
『あなたは何者?』
冬蘭はそこで、はじめて己の罪を知った。
己が殺人犯であると。それが己の潜性であると。
「先生は、私が殺しました。」
遡れば、中学2年生の夏になる。鈍明光が屋上から飛び降りて死ぬのだ。
「人をやめたくば生きろ、でなければ死ね。」
自殺のことは誰にも語られず、偶然か必然か、光が死んだその場所で当時の美術外部顧問ーー近石豊と居合わせた。
「居てもいなくても変わらないくせに。」
近石にとってみれば自虐、だか、冬蘭にとっては死者への冒涜だった。冬蘭は、近石豊を殴り倒し、近石を刺殺した。
現場を目撃してしまった後郷里香は、それを利用し、後の行方不明者……もとい「不登校」と呼ばれる人間を増やすのだ。
さて、結論を言って仕舞えば近石豊の絵を壊すためには、鈍明光という犠牲が必要であった。
人間として、浮遊怪異として、二度死んだ光を前に冬蘭は世間から己の姿を消す選択をした。
誰にも、何も言わずに、冬蘭の時はおそらくここで止まっている。
そして1990年の春に、1人の少女が立ち上がる。
暮吉純也である。
世間から消えた冬蘭に手紙を渡すため、かつて冬蘭と里香が彷徨ったこちらへとやってくるのだ。
1人の観測者ーー内藤宇美を連れて。
柳薇の鏡を通してあちらとこちらを行き来する2人は、こちらの世界の教室にてかつての先輩、斧狩わをと再開する。
彼女は間違いなく怪異になっていた。
「妖怪」の男、夕藤曰く斧狩わをは暴走の可能性もあるとのこと。
図書室へ行った2人は、大杉の千里眼(笑)によって後郷里香の死者の辞書を手に入れる。
その場で読む勇気が出なかった2人はこの本を持ち帰ることにするが、その前に、生前の後郷里香を知っているわをに話を聞きに行った。
当の本人は、生前に里香に殺害された浦里心愛との約束を守るためだけに怪異になったと語るばかりである。
「引き際を見極めろ」
エミーラは綴られている文字をなぞった。
本棚の向こう側から大杉の声が聞こえた。
なんの意図も読み取れない、大杉にしては無感情な声である。
本棚の向こう側から、大杉が目だけを覗かせた。
しばらく無言の睨み合いが続き、エミーラが本を閉じるのを合図にそれは終了する。
そう言って、手元にある本を別の本に置き換えた。今度は表紙に文字の書いてある本であった。
少し分厚いその表紙を開き、エミーラはしばらく動かなかった。ようやく動いたかと思えば、小さな声で一言。
そう言ったきり、黙ってしまった。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。