第38話

大切な時間
52
2026/05/07 10:17 更新
あなたの下の名前side
次の日

Valkyrie レッスン室


影片みか
影片みか
~♪~♪
斎宮宗
斎宮宗
~♪~♪……
斎宮宗
斎宮宗
ノン!駄目ッ!左足のステップがゼロコンマ2秒遅い!
影片みか
影片みか
んあっ、お師さん、ごめんなぁ。
斎宮宗
斎宮宗
違うっ!影片に言っているのではない!僕だっ…!
斎宮宗
斎宮宗
今の僕は、添えものにすらならない。ただのガラクタだッ!
あなた

Valkyrieのレッスンを始めて2日目、数時間が経過していた。

初日であった昨日もかなりの時間練習をしていたというのに、今日も終わりが見えない進行度だった。


…2人が揃ったパフォーマンスは、圧巻だった。

指先の動き、目線、息遣い。

全てが、ほぼ狂いなく揃っている。


斎宮さんは暫くブランクがあったというのに、この力量だ。

噂で聞いた通り、流石五奇人の1人だと言えよう。


その上、こんなにも自分に厳しいのだ。


みかくんから話を聞いていた時は、みかくんに対して少々厳しすぎないだろうかと怒りが沸くこともあった。

しかし、彼の厳しさは、自身への厳しさ故に他者にも降りかかるものであって、等しく与えられるものだったのだろうと、彼の練習への姿勢を見て感じた。

あなた
…そんなこと、言わないで。自分を否定しないでください。
あなた
緻密に計算された動きだったと思います。
斎宮宗
斎宮宗
……そんなこと、僕を前にしてよく言えたものだね。
斎宮宗
斎宮宗
僕は完璧な世界を取り戻さなくてはいけない。それが例え地下での小規模なライブハウスだろうがなんだろうが、関係ない。
斎宮宗
斎宮宗
そのためには、ゼロコンマ1秒のズレすら許容してはいけないのだよ。
斎宮宗
斎宮宗
小娘に理解してもらわなくても構わない。これは僕の美学なのだから。

正直、私の目から見てもほんの少しで、よく目を凝らしていないと分からないレベルのズレ。

その程度のズレ、観客は気にしてもいない…いや、気付きすらしないだろう。

他のユニットであれば当たり前にあるそれを、彼は許さない。
あなた
(…斎宮さんの、美学……)
あなた
…理解、したいです。理解する努力を、させてください。
影片みか
影片みか
あなたの下の名前ちゃん…♪
斎宮宗
斎宮宗
斎宮宗
斎宮宗
…暫く見ないうちに、影片の動きや声が、かなり安定している。
斎宮宗
斎宮宗
それは、君が引き出した力なのだろう。影片自身が、その証明となっている。
斎宮宗
斎宮宗
…今の僕では、努力を積み重ねた影片の横に、胸を張って立つことが出来ない。影片を操る人形師には、なれない。
影片みか
影片みか
…?そんなわけないやろ?お師さんは今も完璧やで…?
斎宮宗
斎宮宗
…影片。自身を操る傀儡師を、見誤ってはいけない。
影片みか
影片みか
…は?いくらお師さんやからって、そんなわけわからんこと言ったらおれも怒るで?お師さんはいつだっておれのお師さんで、世界一なんよ…!

暫く閉じこもっていた彼だ。

外界に戻ってきた今、多少なりとも前向きな気持ちに戻っていると考えれど、まだ不安定なのだろう。当たり前だ。


かつての帝王が、こんな弱気な姿を見せることを、誰が想定していただろう。

それはきっと、みかくんにも受け止め難いことだ。


でも__
あなた
(…誰かに弱い部分を見せられるようになったことも、彼の新しい強さだ。)
あなた
…私も、そう思います。
影片みか
影片みか
…!あなたの下の名前ちゃん…
あなた
誰が何といおうと、みかくんのなかでは…そして、みかくんをずっと傍で見てきた私のなかでも、斎宮さんはValkyrieの世界で、ずっと帝王なんです。それは変わりません。
あなた
なので、そんな自分を卑下するような言い方は、斎宮さんのことを信じている私達のことも否定されている気分になります。
斎宮宗
斎宮宗
あなた
さっき言ってくれたこと…もし、私を信用してくれているという意味なのであれば、この2週間、一緒に前向きに頑張ってみませんか?
あなた
きっと、私が、斎宮さんをもっと強くしてみせます…!

きっと、かつての帝王に言うには図々しくて。

それでも、今の彼の小さな背中に届く言葉を、精一杯選んだ。

斎宮宗
斎宮宗
…はっ、生意気だよ。あなたの下の名前。
あなた
…!(初めて、名前呼んでくれた…)

少しは、私とみかくんの思いが届いたのだろうか。

影片みか
影片みか
…!あなたの下の名前ちゃん、お師さんっ…♪

みかくんは、名前を呼びながら私たちに飛びつき、一気に3人の物理的な距離が縮まる。
あなた
うわっ、みかくん…!
斎宮宗
斎宮宗
影片ッ!みっともない真似はやめたまえっ…!
影片みか
影片みか
やって、嬉しいんやもんっ♪
影片みか
影片みか
しかもさっき突っ込めへんかったけど、お師さんがおれの成長認めてくれてたやん…♪
あなた
えへへ、そうですね。嬉しいですねぇ。
斎宮宗
斎宮宗
ノン!あくまでも僕の人形であることは変わらないからねっ!僕の言う通りにするよう仕立ててあるのだからそこは勘違いしないように!あなたの下の名前もだ!
影片みか
影片みか
あんなぁ、お師さんってツンデレやねん。
あなた
うふふ、見ていれば分かります。
斎宮宗
斎宮宗
……ッ!チッ、チッ!

大きく舌打ちする彼の表情は、とても嫌そうには見えなくて。

頬を少し赤らめて、ほんの少し口元が緩んでいた__ような気がしていただけかもしれないが。



そんな彼の表情を見て、みかくんと目を合わせて笑った。







斎宮さんの技術に関しては、私から教えられることは正直ほぼ無かった。


その分、彼の芸術の形を、彼の考え方を、少しずつ変えていければと思った。

彼の芸術の芯は変えずに、もう少し柔軟に。

みかくんとの調和を大切に。彼の厳正なパフォーマンスに少し柔らかさを加えたい。


過去の敗北は無駄ではなかったのだと。むしろ糧になるのだと、斎宮さんにも分かって欲しい。

今までよりも成長したValkyrieを目指して。







練習を重ねるごとに少しずつ2人との仲も深まっていく。

2人と過ごす時間は、私にとってかけがえのない大切な時間に変わっていった。

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