あなたの下の名前side
次の日
Valkyrie レッスン室
私はみかくんと約束した時間に、レッスン室に来ていた。
扉の前で歩みを止め、ノックする前に、呼吸を整える。
今日は、斎宮さんと会う初めての日だ。
みかくんからいつも話は聞いていたものの、斎宮さんが兎に角すごい人で、気難しい一面もあるという、どこかぼんやりとした印象しか持てていなかった。
緊張と少しの期待をしながら、目の前の扉をノックする。
__コンコン。
中からみかくんの声が聞こえ、扉を開いた。
みかくんの隣には、確かに‘‘お師さん‘‘が居て。
その並びを目にした初めての瞬間。思わず目頭がじんわりと熱を帯びた。
…返事が無い。
彼は、なんて言ってくれるのだろう。
かなり緊張していたせいか、ほんの少しの沈黙がやけに長く感じられた。
__そんな沈黙を破るように、少し高い声が響いた。
一瞬、どこから声がしたのか分からなかった。
だがすぐに、彼の左手にいるお人形がこちらを向き、動いていることに気づく。
少し反応に困っていた私に気づいたのか、咄嗟にみかくんが間に入ってくれた。
人形自体はかなり年季が入っているように見えるが、彼女が着ているお洋服はまだ仕立て上げられたばかりのようだった。
フリフリと揺れるスカートに、気さくに話しかけてくれる彼女のおかげで、少し緊張が解けた。
表情は変わらないのに、彼女が本当に生きているような感覚になる。
…むしろ、何も話さない斎宮さんより人間らしさを感じる。
彼女の端正な顔立ちとくるりとした瞳に吸い込まれてしまって。
むしろ、突如聞こえた斎宮さんの声の方が、今日一番の驚きだった。
私が少し落ち込んだことが伝わったのか、彼は少し慌てている様子になる。
少し言葉を交わしただけで、斎宮さんの個性的な性格を、ほんの少しだけ掴めた気がした。
みかくんがこれまで私のことを話してくれていたからこそ、この気難しい斎宮さんが、私に興味を持ち、レッスンを受けようと前向きに考えてくれているのだろう。
それだけで十分だ。
十分なチャンスを、貰っている。
彼らが全力を尽くせるように。
私も全力を尽くす。
それだけだ。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!