夜の二階。窓の外には秋の風が吹き、カーテンをやさしく揺らしていた。
薄暗い部屋の中、スタンドライトの光だけが小さく灯っている。
大吾は仕事から帰ってきたばかりだった。スーツの上着を椅子に掛け、シャツの袖をまくりながら、そっとベビーベッドを覗き込む。
流星は静かな寝息を立てて眠っていた。小さな手が時折ぴくりと動くたび、大吾の顔にやわらかな笑みが浮かぶ。
その声に、部屋の隅で毛布を抱えていた謙杜が小さく頷いた。
返事は小さく、どこか息苦しそうだった。大吾が振り向くと、謙杜は膝を抱えたまま俯いていた。
そう言いながらも、毛布を握る指先が白くなる。ほんとうは“なんでもない”わけがない。
その言葉に、大吾は一瞬息を呑んだ。心臓がひゅっと冷たくなる。
彼が“誰か”と言うとき、それが誰を指しているのか、すぐにわかった。
謙杜の声が震えた。堪えきれない涙が、頬を伝ってぽたりと落ちる。
大吾はそっと膝をつき、謙杜の頭を抱き寄せた。
その言葉に、大吾の胸が締めつけられる。小さな手が、彼の服の袖をぎゅっと掴む。まるで離したら、また誰かが消えてしまうとでもいうように。
謙杜はしばらく黙ったまま、ぎゅっと抱きしめ返した。その小さな手の温度が、痛いほど伝わってくる。
謙杜は顔を上げた。光に照らされた瞳がうるんでいた。
大吾は少しだけ目を伏せ、静かに笑った。
そう言って、もう一度抱きしめた。謙杜の頬が大吾の胸に押し付けられ、涙の跡がシャツに小さく染みる。
部屋の隅では、流星が小さく寝返りを打った。
その音に、謙杜が少しだけ笑う。
謙杜は小さく頷いた。涙がまだ乾かない頬に、ほっとしたような笑みが浮かんでいた。
流星の寝息がかすかに響く中、二人は静かに寄り添ったまま動かなかった。
――母を失った少年が、兄にすべてを預ける夜。
その依存は痛みの裏返しであり、確かな愛の形でもあった。
大吾の腕の中で、謙杜は少しずつまぶたを閉じていく。
やがて、二人の呼吸が静かに重なった。
その夜、ようやく謙杜の心に、ほんの少しだけ“安心”というぬくもりが戻っていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。