第12話

失くしたぬくもり、見つけた場所
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2025/11/04 14:00 更新
夜の二階。窓の外には秋の風が吹き、カーテンをやさしく揺らしていた。
薄暗い部屋の中、スタンドライトの光だけが小さく灯っている。

大吾は仕事から帰ってきたばかりだった。スーツの上着を椅子に掛け、シャツの袖をまくりながら、そっとベビーベッドを覗き込む。
流星は静かな寝息を立てて眠っていた。小さな手が時折ぴくりと動くたび、大吾の顔にやわらかな笑みが浮かぶ。
大吾
……やっと寝たな
その声に、部屋の隅で毛布を抱えていた謙杜が小さく頷いた。
謙杜
うん
返事は小さく、どこか息苦しそうだった。大吾が振り向くと、謙杜は膝を抱えたまま俯いていた。
大吾
謙杜、どうした?
謙杜
……なんでもない
そう言いながらも、毛布を握る指先が白くなる。ほんとうは“なんでもない”わけがない。
謙杜
なあ、大兄
大吾
ん?
謙杜
もし……また誰かいなくなったら、どうする?
その言葉に、大吾は一瞬息を呑んだ。心臓がひゅっと冷たくなる。
彼が“誰か”と言うとき、それが誰を指しているのか、すぐにわかった。
大吾
……誰もいなくならへん。俺が守る
謙杜
でも……お母さんもそう言ってたのに
謙杜の声が震えた。堪えきれない涙が、頬を伝ってぽたりと落ちる。
謙杜
朝起きたら、いなくなってた。もう二度と会えへんかった……。あの時、兄ちゃんが抱きしめてくれたの、覚えてる
大吾
……
謙杜
ぼく、こわいねん。目が覚めたら、兄ちゃんもいなくなってるんちゃうかって……。寝るたびに、夢でお母さんが呼ぶねん。でも起きたらいない。……もう、誰もいなくならんでって思って、胸がぎゅってなる
大吾はそっと膝をつき、謙杜の頭を抱き寄せた。
大吾
ごめんな。俺がもっと強かったら、こんな思いさせへんかったのにな
謙杜
兄ちゃんのせいちゃう。兄ちゃんがいるから、ぼく……まだ大丈夫やねん
その言葉に、大吾の胸が締めつけられる。小さな手が、彼の服の袖をぎゅっと掴む。まるで離したら、また誰かが消えてしまうとでもいうように。
謙杜
……兄ちゃん、どこも行かんよな?
大吾
行かへん。絶対に
謙杜
うそつかへん?
大吾
つかへん。約束する
謙杜はしばらく黙ったまま、ぎゅっと抱きしめ返した。その小さな手の温度が、痛いほど伝わってくる。
謙杜
お母さんの声、もう思い出せへんねん……
大吾
……無理に思い出さんでもええ。いまは、俺がおる
謙杜
でも、忘れたくない……。お母さんの笑い方とか、手のあったかさとか、もう消えてまう気がする
大吾
それでも大丈夫や。覚えてる人がおらんようになっても、想ってる限り、ちゃんと心の中におる
謙杜は顔を上げた。光に照らされた瞳がうるんでいた。
謙杜
兄ちゃん……ぼく、強くなれるかな
大吾
なれるさ。ゆっくりでええ。焦らんでええねん
謙杜
……兄ちゃんは?
大吾
俺か?
謙杜
兄ちゃんも、ほんまは泣きたい時あるやろ
大吾は少しだけ目を伏せ、静かに笑った。
大吾
……あるけどな。俺が泣いたら、謙杜が心配するやろ?
謙杜
ぼく、兄ちゃんのこと守りたい
大吾
ありがとう。でもな、今は俺が謙杜を守る番や
そう言って、もう一度抱きしめた。謙杜の頬が大吾の胸に押し付けられ、涙の跡がシャツに小さく染みる。

部屋の隅では、流星が小さく寝返りを打った。
その音に、謙杜が少しだけ笑う。
謙杜
流星、起きたんかな……
大吾
たぶん夢見てんねん。きっとええ夢や
謙杜
お母さん、夢で会えてるかな
大吾
会えてると思う。きっと『がんばったね』って言ってくれてる
謙杜は小さく頷いた。涙がまだ乾かない頬に、ほっとしたような笑みが浮かんでいた。

流星の寝息がかすかに響く中、二人は静かに寄り添ったまま動かなかった。

――母を失った少年が、兄にすべてを預ける夜。
その依存は痛みの裏返しであり、確かな愛の形でもあった。

大吾の腕の中で、謙杜は少しずつまぶたを閉じていく。
謙杜
おやすみ、兄ちゃん……
大吾
おやすみ、謙杜
やがて、二人の呼吸が静かに重なった。
その夜、ようやく謙杜の心に、ほんの少しだけ“安心”というぬくもりが戻っていた。

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