第9話

“ただいま”の意味
890
2025/08/17 13:00 更新
その日、夕方になっても、和也が帰ってこなかった。
学校から帰るはずの時間を1時間過ぎても、連絡はなし。
スマホを持っていない和也に連絡の手段はなく、兄弟たちはそわそわし始めていた。

「まだ、寄り道してるだけちゃうか……?」
丈一郎の声もどこか不安を含んでいる。

「でも、あいついつもなら真っ先に帰ってくるやろ。
テレビの時間とか、ごはんの時間、めっちゃ気にするし」
恭平がソファで足をゆらす。

「なにかあったんやろか……」
謙杜が小さな声でつぶやく。

「……俺、ちょっと探してくるわ」
大吾が立ち上がった。

「俺も行く」
丈一郎がすぐに続いた。

2人が出て行ったあと、残された兄弟たちは、静かにリビングで待った。

駿佑は流星を抱いて、背中をとんとんしながら、落ち着かない様子で時計を見る。
恭平は、無言で和也の座布団をぽんぽんと整えた。

──1時間後。

玄関が、ギィと音を立てて開いた。

「……ただいま」

静かなその声に、全員が振り向いた。

そこにいたのは、少しだけ泥だらけの和也。
大吾が後ろからついてきて、ほっとした表情で玄関の壁にもたれた。

「どこ行ってたんや……!」
丈一郎が言いかけたが、その言葉を止めた。

「ごめん……何か、急に、帰りたくなくなった」
和也がうつむいたままつぶやいた。

「なんかさ、最近みんな仲良くなってきて……
それが嬉しいけど、置いてかれてる気もして。
うまく言えへんけど、ちょっと、逃げたかった」

しん、と静まり返る部屋。

「ええやん、それ」
謙杜がぽつりと声を上げた。

「逃げてもええよ。帰ってきてくれたら、それでええから」

和也が顔を上げると、駿佑が言った。

「“ただいま”って言ったの、ちゃんと聞こえたで」

和也の目に、ふっと涙がにじんだ。

「“おかえり”って言って」
小さな声でそうつぶやいた。

「……おかえり」
恭平が、少し照れくさそうに笑った。

「おかえり」
謙杜も、丈一郎も、大吾も、駿佑も、流星までもが、まるで合唱のようにそう言った。

“ただいま”がある場所。
“おかえり”が返ってくる家。

それが、「帰る場所」の意味なんだと、全員が少しだけ分かった気がした。

──夜。

寝る前、和也はそっと大吾に声をかけた。

「……ありがとうな。探しに来てくれて」

「兄貴やからな。あたりまえや」

その言葉に、和也がにやっと笑った。

「じゃあ、明日の朝ごはん当番、交代してくれへん?」

「図々しすぎるわ!」

「兄貴やろ?」

2人の笑い声が、夜のリビングにこだました。

プリ小説オーディオドラマ