「 それじゃあまたね、優斗。またなんかあったら呼ぶから 」
「 わかったよなっちゃん。仕事、頑張ってね 」
「 そっちもね。サボらないように!! 」
宝石学園の学園長室を出た僕は、今のこの学園の学園長を務める幼馴染のなっちゃんに手を振ったあと、なんとなく学園の中等部を歩き回ることにした。
久しぶりに見る教室の景色はとても懐かしくて、一つ一つを目に通す度に昔の懐かしい記憶が鮮明に呼び覚まされていく。
ふと、僕となっちゃん。そして今この学園で保健の先生を務めている優來くん。不慮の事故で亡くなっちゃったみちるちゃんと十数年前にどこかにいなくなったアザミ。この5人で昔はこの学園で生徒会をしていた時の出来事が頭の中に秘められていた引き出しから取り出されてきた。
『 おい優斗!!!!!俺に仕事を押し付けて帰るな!!!! 』
『 来月、僕はドラマの撮影があるの!だから早く帰って寝るの! 』
『 来月なら時間に余裕あるじゃないすか。サボっちゃダメっすよパイセン 』
『 みちるの言う通りですよ。副会長に負担をかけっぱなしなのは良くないと思います 』
『 2人は真面目だなあ。なっちゃん、帰っていい? 』
『 アザミに全てにおいて勝てなくなっていいなら帰ってもいいんじゃないかな 』
『 ぐっ…… 』
僕は昔からずっとめんどくさい事が嫌いだった。だから常に生徒会の仕事を副会長であるアザミに押し付けて一足先に寮に帰ろうとしていた。
『 お前がテレビやドラマの撮影で忙しいのは分かってる。でも少しくらいは生徒会の仕事もやれよ 』
『 アザミに説教されるのはなんか嫌だなあ 』
『 喧嘩売ってんのか??? 』
僕は15歳くらいから俳優デビューを果たした。この時は少しずつ仕事が入ってきた頃くらいだったかなあ。だから仕事を理由に生徒会をよくサボってたこともあったっけ。
「 ……この教室…… 」
なんてことを考えている時。とても思い出深い教室が視界に入った。
駆け足になりながら、その教室の扉の目の前に立つ。かつてそこには「 1-A 」と書かれていた札は、今では「 3-A 」に書き換えられていた。
ガラガラガラと音を立てる教室の扉は相変わらず少しだけ立て付けが悪かった。
ここは僕とアザミが初めて出会った教室だ。この時はまさか中等部、高等部含めてずっと同じクラスになるなんて想像もつかなかったなぁ。
そんなことを考えなら、初めにアザミが座っていた席に座ってみることにした。
そこから窓の方に視線を移すと、橙色の太陽が暖かい光でこちらを照らしていた。それが眩しくて思わず目を細めてしまう。
あの時、アザミと出会ってなかったら僕は何をしていたのだろう。
なんてことを考えてみるけれど、僕には何も分からなかった。
「 ……あ……え……? 」
ふと、そんな困惑の声が扉の方から聞こえてきた。僕は慌ててそちらを振り返る。
そこに居たのは灰色のふんわりとした髪をふたつで結んでいる学生だった。
「 きょ……叶光 優斗……!? なんでここに…… 」
パッと見は女の子。でも声は少し男声より。でもそんなことより僕は教室にいる状況を見られたことに焦りを感じていた。
ここでなんか変に騒がれてめんどくさい事になるのではないか。それだけは絶対に避けたい出来事だった。
でも、そんなことは起こらないと僕はすぐに確信ができた。
「 ……君、泣いてるの? 」
「 ……っ!? ……別に……そんなんじゃ…… 」
この子の目の周りはほんのりと赤くなっていた。少し静かにしてみれば、微かにしゃくりをあげているのも聞こえてくる。
「 何かあったの? 僕で良ければ話してみてよ 」
何をしているんだろう。赤の他人の学生にどうして気にかけてしまっているのだろう。僕はそれが不思議で仕方がなかった。
でも、放ってはおけなかった。
「 ……喧嘩したんです。幼馴染と 」
その子は、俯いたままそう言った。
「 幼馴染の言いたいことはよく分かってたんです。……でも、自分の意見を今更曲げるなんて出来なくて…… 」
その話を聞いた僕は、目を見開いてしまった。
僕も十数年前。アザミと会話を交えた最後の夏にこの子と似たような喧嘩をしたからだ。
だからだろう。直感的に僕はこの子を放っておいたらダメだと気がついてしまった。
「 なんて言われたの? 」
「 ……僕が裏で傷ついてるところは見たくないから、無理しないで嫌なことがあればすぐに教えて欲しいって 」
「 君はなんて返したの? 」
「 ……そんなことないから大丈夫。雄二は関係ないから関わってこないで……って 」
「 そっか 」
後悔しているんだ。それに僕はすぐに気が付いた。
誰も悪くない喧嘩。僕とアザミがした喧嘩と同じだ。
僕はアザミに「 無理して体を壊されたくないからゆっくり休め 」と言った。でも僕はそれを拒否した。
「 今のうちに仕事を取らないとやっていけない 」って思っていたから。
その出来事がフラッシュバックして、半開きだった唇が固く結ばれた。
「 ……君はどうしたいの? 」
「 …………謝れるものなら、謝りたいです 」
スカートをぎゅっと握りしめながら、その子はそう言った。
その子の瞳は、決意と不安で揺れていた。
「 そうだね。すぐに謝ろう 」
だから僕はすぐにその子の言葉を肯定した。
僕はアザミに謝れなかった。謝るどころか、あれからアザミに会うことなく今の今まで時間だけを無駄に消費していたから。
十数年積み上げられた後悔と自責の念は、先が見えないくらいに重く僕にのしかかっている。
それをこの子には経験して欲しくなかった。だから僕はこの子の決意を後押しするように言葉を向けた。
「 君はその子と一緒にいる時、どんな気持ちになったの? 」
「 楽しい。これからも一緒にいたい。そんな気持ちになりました 」
「 今は? 」
「 ……また、前みたいに仲良くしたい。そう思っています 」
「 じゃあ今すぐ謝りに行こう。今謝らないと、君は一生分の後悔を背負うかもしれないから 」
「 ……どういうことですか? 」
そう聞かれた僕は、何も言えずにただ笑顔を浮かべることしか出来なかった。
「 …………そう、ですよね。今謝らないと……僕はきっと後悔しちゃいます 」
何も答えなかった僕を見てなにか察したのか、これ以上深く言及されることはなかった。
「 話を聞いてくれてありがとうございました。お陰でモヤモヤが晴れたような気がします 」
「 それなら良かった。仲直りした後、一緒にラーメンとか食べに行ったら? 」
「 僕、少食だからあんまり食べれないですけど……誘ってみようと思います 」
そう言って、駆け足であの子は教室から去っていた。
ここにまた、静寂の時間が訪れる。
夏の微かな香りが僕の鼻をツンと刺した。
僕はよくアザミと一緒にラーメンを食べに行った。なぜならアザミはラーメンが好きだったから。
アザミは今、何処で何をしているのだろう。そんな質問をなっちゃんと優來くんにしたことがある。
「 ……あのね、優斗。アザミは…… 」
「 アザミは死んでなんかないよ 」
なっちゃんはアザミのことを死んでいるとずっと思っている。だから僕は真っ向からそれを否定した。
アザミは僕より遥かに強いし賢いんだ。僕より先に死ぬなんて絶対にありえない。
「 ……そうですね。ひとりでぶらぶらと過ごしてるんじゃないですか? 」
「 ……ま、ひろくんのマネージャーとか負担やばそうだしね〜!! 」
「 なにそれ!! 」
2人は何か察していたのか、どこか雲で覆われたような表情になっていた。でも僕は馬鹿だから2人が何を察したのか、何も分からなかった。
「 ……そろそろ帰ろうかな 」
帽子を深く被って僕は教室を出た。
この帽子は俳優活動1周年記念のお祝いでアザミから貰った大切な帽子だ。
もう15年も使っているからか、帽子は少しだけボロボロになっていた。でも僕は買い換えようだなんて考えていない。
この帽子は今際の際までずっと被る。そう決意していたから。
そうしないとアザミを隣で感じられるものがなくなってしまうから。
「 雄二。今日はせっかくだしふたりでラーメンでも食べない? 」
「 春が誘ってくるなんて珍しいな。いいぜ! 」
「 奢ってね 」
「 はぁ!?どうしてそうなんだよ!! 」
下駄箱から出た時、先程僕と話した子が楽しそうに男の子と校門へ向かっているところを目撃した。
それを見て安心した僕は、思わず口角を上にあげてしまった。
楽しそうに出ていくふたりを、何故か僕とアザミに重ねてしまった。
もし僕が喧嘩した時にそのまま家を出ていかなければ。すぐにアザミに謝っていれば。今もあの子達のようにふたりで一緒にいられたのだろうか。
その問いに答えてくれる人は誰もいなかった。
僕はふたりとは真逆の場所に位置する門へと向かってゆっくりと歩き出す。
今日はもう仕事がない。
『 今日はラーメンでも食べに行こうかなあ 』
数十年間既読の付かないアザミとの個人LINEにそんな独り言を送った僕は、かつて喧嘩して仲直りした後に食べに行ったラーメン屋に向かうのだった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。