《美沙夜視点…………………》
所長から、息子達…言わば、本来であれば敵の方々に"協力"を頼まれたと通告された。
私は普段から私服警察のようなものをしていたので、彼らから研究員であることはバレていないはず。
つまり、この機会をきっかけに、私はきっと…ペテルに拒まれてしまう可能性が出始める。
あの子は研究員そのものに対し、ものすごい恨みを持っているような気がするから…きっとそんな研究員のうちの一人が私であると知ったら、…あの優しい表情は、もう二度と見れなくなるのかもしれない。
そう、思った途端。
『息子』が化け物と成り果て私の元から消えていく様子がフラッシュバックする。苦しい、なんて言葉で表せない程にあれは…、あれは……。
嗚呼……考えるだけでも、怒りが増す。
この研究所に対する、恨みが。
ひょこっと顔を出して来たのは、蓮誠さん。相変わらず煙草を口にくわえている。
彼はなんとなく、私と同じ雰囲気を感じるので、話しかけやすい方だと個人的に思う。
…とはいえ、彼もまたこの可笑しく狂った研究所の一員…彼だってきっと、大切なものを壊す快感を覚える、あの憎き研究長と同類。
あまり顔を合わせたくはないと感じたので、私は顔を横に向けて話を続けた。
平然とした表情のまま語った彼を見て、私は今一度頭を悩ませる。確かに、無理に協力をする必要なんてない…正体を知られたくないのなら、私も一緒にここに留まるべき。
煙草の煙をふぅ、と吐くと同時にそう言った蓮誠さん。たまに偵察に入る部隊が知った情報かは定か。…けれど、息子が傷ついたという言葉を聞いた途端…私の中で、少しづつ怒りは淡々と込み上げ始めていった。
詳細を聞くに、どうやら仲間割れというか、それと似たような事があったらしい…。ペテル以外にも、その影響で怪我をしたものが複数名居るらしく、きっと研究員に協力を求めたのは、そこから来ている可能性もあると理解した。
…いけない。私の大切な息子を、傷つけるような輩が、あの中にもいるというのですね。許せない…まだ幼い子なのに、そんな痛々しい経験を…しかも感情に身を任せた愚か者の手によって、そんな酷く悲しい出来事に巻き込まれるなんて、あってはならない。
こっそり聞いていたのか、後ろから来たヒペリカムがこちらに顔を出す。聞きたくもないのに、何度も聞かされた穢れた蝿のように執拗く、ウザったい声。語尾に笑い声が着いていそうなのが、余計に私をムカつかせる。
けれど、そんな彼の言う言葉は何一つ間違っている訳でもなく…。実際に、私も少し頭によぎった答えだった。
息子が傷つく姿を見たくないのなら、息子を守りたいというのなら、協力する他ない。
天界という未知の世界で、どんな恐怖が訪れるか分からない、そんな場所に…子供たちは立ち向かうと聞いた。ペテル以外の子供たちも、その場に向かうと。
思い出す。あの頃の記憶を…伊万里、あの子もとても優しく、良い子。心が穏やかで、決して汚してはならない存在。大切な、私の子……。
その子も勿論、他の子供たちだって、私が守らないといけない。私にはそれをする義務と責任がある。
…どうすれば、このモヤモヤは解消出来る?
きっと私は、子供たちを守る為に、協力することを選ぶのでしょう。けれど、そんな子供たちからは、避けられて、拒絶されるかもしれないリスクもあって。
そんな恐怖に、私は凄く怯えている。
……依存している、のでしょうか。これは。
なら、どうすれば、あの子たちを救うことができつつ、私もあの子達の笑顔を守ることができる?
震えた手を抑えながら、目を閉じる。それも上手くいくかは分からないという不安に、抉り狩られそうで。
…けれど、それくらいしか、今の私に思いつくことは…ありません。
もしも説得して、子供たちは戦わずに、他のもの達で氷輝さんが救えるというのなら…それが最善の方法であり、私の望む結果。
だけど、それが叶わず…それでも子供たちも死ぬ覚悟で、氷輝さんを取り戻すというのならば。
私も死を覚悟して、息子たちを守るしかない。あの子たちを、最後まで守りきりたい。
珍しく適した、最善策の案を出す所長の様子に、私は少し疑問を浮かべた。手を首の後ろにおいて、気色の悪い笑みで見つめている様子が…その違和感をより引き立たせていた。
私の選択肢はきっと、間違っていない。
だからこの少しの疑問を抑えて、いつもあの子達がいる山に向かった。
_______________
________お母さん、お母さん。
頭の中に残る、その言葉。その声。面影。
思い出す度に、どうしようもないくらいの闇が私を飲み込んで、それに苦しめられる。
復讐しなければならない。私は、あの子や夫の為に、何としてでも研究員に復讐しなければならない_____そのはずなのに、一体、何をしているのでしょうか。
私は、本当に…救えるのでしょうか。
森の中を無我夢中に走って、ただひたすらにそんなことを思い出していた。
立ち取った瞬間、その場にしゃがみこんで、震える体をなんとか抑える。雨に濡れて、だんだん視界が眩んでいきそうな時。
____奥から、愛しい私の息子が、ようやくその姿を見せてくれた。
ペテルの片腕は三角巾で固定されていて、もう片方で傘をさし、私をその中に入れてくれる。
_______あ、駄目。
この子に、説得することは…今の私には、不可能です。だって、研究員でない設定の私は、彼らの事情を知らないはずだから。
説得すれば同時に、ペテルにバレてしまう。
私が、研究員であることが。
この子の姿を見た時すぐ、そんな考えが頭を過ぎった。ペテルはそんな私を心配して、気遣うように「なんか知人と喧嘩でもしたのか」とか「つらい状況なら、無理をする必要も無い」とか…とにかく、優しくて、雨の冷たさを忘れるくらいに暖かい言葉をいくつもかけてくれました。
立ち上がって、ペテルの頭を優しく撫でてあげる。ペテルは驚いたのか、つい持っていた傘を手放してしまって。
…そして、上目遣いで少し照れてくれるその表情に、また昔を少し思い出す。
……この子の優しい翡翠色の瞳が、私の心を癒してくれる。この子こそが私の、唯一の光。
けれど…このままじゃ、私は私で居られなくなってしまうかもしれない。そんな気がしてしまった。
___ペテルは私の撫でる手を掴んで、目線が合うように少しだけ、痛くないように引っ張る。
この子は……今も尚、その優しい瞳を私に向けてくれている。そこに嘘偽りは存在しない。あるのは、私を想う優しさのみ。
そんな様子を見ていると、つい話したくなってしまう。私も、あの研究所の一員であること。けれど決して貴方を陥れる為に隠していた訳ではないということ……この子なら、分かってくれるかもしれない。受け入れてくれるのかもしれない。
そんな風に、思えてしまった。
だから、途端に口からその言葉を出してしまった。
雨の影響もあってか、その静けさはなんとも先の不幸を予測するかのように私の不安を煽ってくる。
それでも私は、覚悟をしっかりと決める。
これでこの子に嫌われたって、この子の笑顔を守る為なら、この子の将来を…守るためなら。
母親であるのならば、そこはしっかり背を押すために、まず1歩動かなければならない。
本当のことを、全て伝えた。今でももう十分挫けてしまいそうなくらいに怖くて、思わずこの子の顔を見ることも出来なかったのです。
今頃、どんな顔をしているのでしょうか。
私を酷く軽蔑したような、そんな瞳で見ているのでしょうか…きっとそんな顔を見たら私は、正気をいよいよ保っていられない…。
ああ……怖い、いい歳した私でも、まだ子供のように怖いと震えることができたなんて。
"私をまだ、貴方の傍に置かせて"……
そんな儚く散ってしまうくらいに、脆い願いは、きっと叶わない…。この子のことはよく知っているから、人に嘘をつくような人間を、仲間にいれるだなんてことは、決して…現実的では無いのでしょう。
ただでさえ、研究員に協力を求めるのでさえ、この子にとっては苦渋の選択でしょうに。これ以上、この子に精神的に負荷をかけるわけには、いかない……。
あれもこれも全て分かりきっていることなのに、願ってしまう。もう差し伸べてくれないであろうはずの光を、掴みたくて仕方ない。
"大切な…人間"…
______そんな、幻みたいに、私にとって、都合の良い言葉。私は理解するのに少々時間がかかりました。
いつの間にか、涙を深く深く流していて。
心の中にあった複雑な糸が、少しだけ解れたような。
理想的な、家族3人で交わす食卓の場みたいに平和で、優しくて、暖かい…そんな状況にいるかと思う程に、勘違いしてしまうくらいに。
ペテルの…息子の言葉に、心強く打たれてしまった。降っていたはずの雨も次第に落ち着いて、雲から差し出す太陽の光に2人照らされて。水たまりや傘についた水滴から、虹色の光が灯っている。
綺麗……。
だって、こんなに暖かいのですから。
壊れて、汚れて、寂しくて、切なくて
そんな世界に光を照らしてくれる…星を、注いでくれる、そんな子を守らなくては。私が、この子に救われるように、この子を救わなくては……。
そういう守護欲に、全身がもっていかれた。
この子を、私の大切な息子を、優しく優しく抱きしめる。
勿論…復讐という思いが消え去ったとか、そういう訳ではありません。私の息子や愛する人を奪った研究所を、この世界を許す気は微塵もない。
けれど、1つ"希望"が生まれた。
闇でしかなかった世界に、1粒の小さいけれど紅く光り続ける星屑が、私の心の瓶に入ってくれたから。
……少し、楽になれた、のです。
大丈夫ですよ。
貴方のこと、世界で……宇宙で1番、
愛していますから。
…待っていてください。
絶対に、貴方を救ってあげますよ。
だから、母の姿を…見ていてください。
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《スピカ視点………………》
________________時は遡り、研究員達に手紙を送るその前の日のこと。
ライアーさんの指示で、別れていた來羽さん達と合流し、研究員との協力を図るかどうかの会議をしていました。
因みに私は賛成派です。研究員と共に行動できるということは、あの謎多き研究員達の情報を沢山知ることができるチャンス。
こんな機会、きっと一度きりのものでしょうし、中々に逃したくないチャンスです。
ですが……多数派は反対。
研究員の実力を駆使すれば、確かに天界という私達にとって不利な状況から、少しづつ有利なものへと持っていける…。何より、研究員は天界に関する情報を隠し持っている。
そう確信している賛成派も、負けじとこうして口論を続けました。
各々の思いがぶつかっている…見物するには十分値するものですね。見ていてとても興味深い。特にライアーさんは不思議な方です。出会った当初から、それなりに調べてみようとしましたけど…この中で一番情報の出にくい方でした。
身内のことをそれなりに知って起きたかったのですがね、残念。
カエデさんの言葉に、一同が指さされた方向へと顔を向ける。半分が驚き、半分は冷静なまま。というか、少し引き目。
私はというと、少し驚きました。
なんせ隣に居たのですから…周りの様子に集中しすぎて、この人の存在が全く認識できていかなかった…。もちろんこの人が気配を隠すことを得意としている、そういう部分もあるのでしょうが。
スージーさん。1度館に足を踏み入れ、散々迷惑をかけた挙句そのまま研究所の方へと向かっていっていたはずであろう人……が、隣で手を振りながら自己紹介をしてくれる。そして隣にいる私は何故かハグをされる。何故。
自分より高身長の相手なら、多少は良いでしょう…見映え的には宜しくないかもしれませんが…。この人に裏があるようには見えませんし、危害を加えない相手を拒絶するのは、あまり紳士的ではないでしょうから、私は放って置くことにしました。
周りからの視線がやや痛々しい…。
何故か呆れられたような気がしますね。特に來羽さんからは「正気かコイツ」という考えをしていることが容易に想像つく…と待て?
私は何故ここまでおかしいと思われている…?真剣な場でスキンシップを働くということは、こんなにもおかしなことなのでしょうか…。
確かにスージーさんは危険人物だとか散々言われているところを見てきましたけれど…現時点何もされていないのなら問題はないのでは…。
……ああ、何となく理解しました。
狙われているという意味…それは私はこの方の獲物として、食われてしまうかもしれないという危険信号の暗示。
即ち、私のするべきことは____
スージーさんの一挙手一投足が背筋を凍らせる…。とにかくこのすごく危険な人に私は狙われていたのか、と酷く怯えました。
本当に、この仲間たちとの時間を多く過ごしすぎて気が緩んでしまっている…。いや本来この危なすぎる世界で気を緩めるなんてこと無いのでしょうけれども…!
_____切り替えて、來羽さんの方に顔を向ける私とその他の人たち。來羽さんはすごく真剣に考えている様子でいました。
いや、思ったより真剣に考えては無さそうですね…。來羽さんは自分の答えに納得したのか、堂々と顔を私達に向けました。
これで1歩進むことができた……という訳ですかね。少し現実味のないものが、ようやく具現化されてきたような感じがして、私はホッとしました。
氷輝さんを救ったその後、研究員とは必ず決闘になる気がします。それはきっと…最終戦のようなもの。私達の考えてきたことがひとつにまとまって、実行に移せさえすれば…夢にまで見た、HappyENDになるでしょう。
……ですが、それはほぼ負けを前提にした賭け事。こうして研究員に助けを呼ぶくらいの実力しかない私達は、底知れない敵に向かう哀れなMOBでしかない。
だけれど、こんなにも皆さんやる気に満ちている。なので…私は期待してしまった。
一体どんな結末を迎えられるのか。
それはあと少しでわかるはず…そう、信じている。
ふと、残機が気になって…確認をとってみました。確か私の残りの残機数は5……そのはず。
けれど、残機数表示には"4"と書かれている。私はまだ、この命を一度も無駄にしていないはずじゃ…?
所謂バグ……?確か、この世界を管理している者が、こう仰っていた。
『くれぐれも、正規ルートのHappyENDを目指すように。』
と。あの氷輝さんを誘拐した人物が登場したことによって生まれた異変に、これが反応したというのならば…。
このまま、何もせずとも残機が減ってしまっていたら……相当不利になる。残機の意味が無くなってしまう。
_____そうしないと、馬鹿が残機は沢山あるからと戦場に突っ込んで本当に死んでしまうかもしれないのでね。
《あとがき》











































編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。