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第1話

【仁瑠衣】仁が誘拐された夜。
1,059
2024/05/10 04:57
瑠衣side
 
杖道
杖道
……さて、私はそろそろ帰るとしよう。
杖道
杖道
瑠衣はどうする?
瑠衣
瑠衣
あー…オレこのレポートだけ終わらせてから帰る!
杖道
杖道
ふむ…まだ終わっていないレポートがあったか?覚えていないが…いつのものだ?
瑠衣
瑠衣
あ〜、っと…
仁
杖道
杖道
私も手伝おうか。
瑠衣
瑠衣
いや!あと少しで終わるから、オッサンは先帰ってていーぜ!!
杖道
杖道
そうか?
仁
…そうだな。
仁
瑠衣の仕事は瑠衣がやるべきだ。
瑠衣
瑠衣
んなこと言われなくても分かってるっつーの!
瑠衣
瑠衣
でもありがとな〜オッサン!
杖道
杖道
ふふ笑
杖道
杖道
では、先に帰るな。
瑠衣
瑠衣
あぁ!
仁
明日な。
オッサンが出ていったと同時に、沈黙が流れる。目の前には送信完了の文字が書かれており、これを送信したのは数分前。他に終わっていないレポートもない。
そう、オッサンが指摘した通り、オレには書くべきレポートなどもうないのだ。それでも残りたかったのは…
仁
…瑠衣。
瑠衣
瑠衣
…なんだよ
仁
レポート、とうに終わってるだろ。どうした。
瑠衣
瑠衣
…目ざといヤツ。
…下手な嘘をついてまで、残りたかったのは…その理由は、仁と話したかったからである。
瑠衣
瑠衣
…そこまで視えてて、オレが残った理由は分かんねーの?
仁
は…?
瑠衣
瑠衣
……いや、悪ぃ、なんでもない。
仁
なんなんだ…
話したい…いや、そうでもない。話したいことは間違いなくあるのだが、自分の中で全く収拾がつかないのだ。
もやもやする。むしゃくしゃする。何かが詰まって、取り除けない。
ソファに寝そべっていた仁が起き上がり、体勢を整えた。…かと思えば、こちらに視線を向けてくる。
仁
何に苛立ってんだ、お前は
はぁ、とため息でも付きそうな仁の顔に、また何かもやもやした感情を覚える。
元はと言えば、お前が…仁が。
瑠衣
瑠衣
何って……
仁
…?
瑠衣
瑠衣
……分かんねぇ…
仁
はぁ…?
仁
…はー…何言ってんだ…
呆れた様子の仁に我慢ならず、ガタンと音を立てて立ち上がる。
仁
瑠衣?
ズカズカと仁の前に行き、少しだけ見開かれたその目をキッと睨みつける。
…が、その後に続く言葉も、ぶつけたい感情もない。分からない。本当に分からないのだ。
仁
瑠衣…?どうしt
瑠衣
瑠衣
うるさい、
仁
少し俯きながら吐き出すように答える。

あぁもう、分からない。
こんなんじゃ、ただの八つ当たりだ。最低すぎないか、オレ。

睨んでいた目が少しずつ潤む。今にも涙が零れそうな程に。…もうだめだ、あまりにも気持ちの整理ができない。帰ろう。
瑠衣
瑠衣
……悪ぃ、やっぱオレ、帰るわ
仁
瑠衣
瑠衣
瑠衣
…なに
仁
ほら、
瑠衣
瑠衣
顔を上げたくなくて、横目で仁の方向を見やる。…と、瑠衣の視界のぎりぎりに、控えめに広げられた仁の腕が映った。
おいで、なんて気の利いた言葉、くれないけど。
瑠衣
瑠衣
……
少し躊躇ってから、ゆっくりとその腕に収まる。ソファに座る仁の膝に乗り、腕を仁の首に回して抱きついてみる。むしゃくしゃするから、いつもより強めにぎゅっとしてみたり。
仁
……お前、何にそんな思い詰めてんだ。
瑠衣
瑠衣
…分かんねぇ
仁
分かんねぇなりに言葉にしてみろ。答えを探してぇなら、俺も手伝ってやる。
瑠衣
瑠衣
……
仁
瑠衣?
瑠衣
瑠衣
……
瑠衣
瑠衣
…おれ……
ぽつり、と呟く。
瑠衣
瑠衣
…おれ、今日、焦ったんだ
仁
今日…俺が連れ去られた時か?
瑠衣
瑠衣
そう
瑠衣
瑠衣
仁は預かったって手紙を受け取ったのはオレ…
瑠衣
瑠衣
でも、その後は何もしてないんだ
仁
何もしてないことは…
瑠衣
瑠衣
謙遜とかじゃねぇ
仁
…?
瑠衣
瑠衣
焦ってた。最適解なんて分かんなかった。分かんねぇからオッサンに言った。
瑠衣
瑠衣
で、その後の動きの指示とか、仁からのメッセージを解くのも、勿論車の運転だって、全部全部オッサン任せだ。
仁
瑠衣
瑠衣
…オッサンは、オレほど焦ってなかった
瑠衣
瑠衣
何でかなって思ったんだ。
瑠衣
瑠衣
考えてみて分かった。きっとオッサンは、オレよりずっと仁のことを信頼してる。
仁
…信頼…?
瑠衣
瑠衣
仁が理由もなく捕まるはずない。何か理由があるはず。
瑠衣
瑠衣
…オッサンはずっとそう言ってた。
瑠衣
瑠衣
じゃあオレは…?
…オレだって分かってる。
瑠衣
瑠衣
仁は強いし、その辺の奴に負けるほどヤワじゃない。何か理由があって捕まったんだろうなんて、分かってる、そんなこと。
瑠衣
瑠衣
でも焦ってた。
仁に何かあったら。もし仁にも敵わない相手だったら。想像より人数が多かったら。最悪の場合仁が…仁が傷つけられでもしたらって、すごい考えて、全部嫌な方向に考えちゃって。
瑠衣
瑠衣
仁のこと信頼してるはずなのに、不安だった。
仁
瑠衣、それは……
瑠衣
瑠衣
仁は強ぇよ。分かってる。
瑠衣
瑠衣
けど、そう意識しようとすればする程、何も考えらんねぇし、結局オッサン任せになっちまう。
瑠衣
瑠衣
信じてんのに。オレだって信頼してんのに。まるで仁のこと、信じきれてないみてぇじゃん。
瑠衣
瑠衣
オッサンみたいに、小さい頃の仁なんて知らねぇ。最近の仁しか分かんねぇ。
瑠衣
瑠衣
でも、オレだって
じわ、と目頭が熱くなる。
仁
……?
瑠衣
瑠衣
…オレだって……
瑠衣
瑠衣
じんのこと、しんじてッ…
瑠衣
瑠衣
けど、なかま……だし……っ…
瑠衣
瑠衣
しんぱいだって……して……
仁
お、おい、瑠衣…
瑠衣
瑠衣
っぐす…
仁
っ!?
仁
な、泣くな、瑠衣…
瑠衣
瑠衣
べつにないてねぇし!!!
仁
いやそれは無理があるだろ……
ぎゅう、と抱きついていた筈の手がふわりと離される。
瑠衣
瑠衣
…ぅ……
仁
はぁ……ったく、、
ウザがられただろうか。そう思って恐る恐る仁を見ると、その目は柔らかく笑っていた。
仁
いつもの能天気さはどうしたんだか…
瑠衣
瑠衣
む……
仁
ほら、瑠衣
ごし、と涙を拭われる。その動きはちょっと雑で、でもすごく安心するもので。
仁
泣くなって…
瑠衣
瑠衣
うぅ……
更に溢れ出す涙は、全く止まる様子がない。
瑠衣
瑠衣
っ……ひぐッ……ぅ゙…
仁
ちょ、なんでッ……
瑠衣
瑠衣
っ!…ふへ、
ぎょっとした仁の顔が物珍しくて、オレは泣いたまま笑ってしまった。
仁
…おい、瑠衣……
瑠衣
瑠衣
悪い悪い、……ぐす、ふふ、なんでもねぇ
仁
そこまで号泣しておいてなんでもねぇはないだろ…
瑠衣
瑠衣
へへ…
結局何に悩んでいたかは分からないが、仁のこの顔を見れただけでも良しとするか。そんな事を考えていると、今度は仁の方から抱き寄せられる。
瑠衣
瑠衣
っ、じん…?
仁
……信頼と心配、今回で言えば表裏一体だったな。
瑠衣
瑠衣
んぇ…
仁
俺を信頼してたら心配なんてしないはず
仁
…が、実際は心配してしまったから信頼しきれていないのかもしれない。
瑠衣
瑠衣
仁
…そう感じて悩んでたのかと思ったんだが、違うか?
瑠衣
瑠衣
そ、…う、かも……
仁
そんな0か100かみたいな話、ある訳ねぇだろ
瑠衣
瑠衣
……けど…
仁
瑠衣は瑠衣らしくいればいい。今回だって焦ってたにせよ、すぐにオッサンに伝えたのは良い判断じゃねぇか。
瑠衣
瑠衣
ぁ…
仁はオレを抱きしめたまま、時々優しく背中をさすってくれた。その手が大きくて温かくて、いつになく安心感を覚える。
仁
行動が速いのは瑠衣の美点だ。オッサンが喫茶店のマスターに話を聞いている間に、瑠衣は商店街の店をいくつも当たってくれたんだろ?
瑠衣
瑠衣
それは……
仁
お前のまっすぐさや行動力がないと、ホークアイズは成り立たねぇ。瑠衣らしく居てくれねぇと困る。
瑠衣
瑠衣
……ん
仁
そうやって悩んでいても良いが、全部お前の感情だと思って飲み込んでやった方が瑠衣らしいんじゃねぇか。
瑠衣
瑠衣
…!
瑠衣
瑠衣
……うん
ほかほかしたものが、胸の中に広がる。
仁
…まだ、何か不満か
瑠衣
瑠衣
んーん…
仁
…瑠衣?
瑠衣
瑠衣
……
瑠衣
瑠衣
……ありがと
仁
仁
…別に。
瑠衣
瑠衣
…けど
仁
ん…?
瑠衣
瑠衣
じん、だって…しんぱいされるよーなこと……
瑠衣
瑠衣
そんくらい、あぶないこと…すんなよ……
仁
……
ぼんやりとした頭のまま、仁の手に擦り寄る。微睡みに落ちていく意識の中で、「…こっちのセリフだ」という仁の声が、聞こえた気がしたーーー
 
 
仁side
すぅすぅと寝息が聞こえる。大号泣したかと思えば、こんな体勢のまま寝やがって。先程瑠衣が発した言葉が、頭の中で反芻する。
瑠衣
瑠衣
そんくらい、あぶないこと…すんなよ……
はぁ、とため息をつき、さらりと瑠衣の髪を撫でる。
仁
…こっちのセリフだ
痛みを感じなくなった瑠衣の血痕が“視えた”時、俺がどれだけ焦ったか。血を流して倒れている姿を“視た”時、微かにせよ確認できた規則正しい呼吸にどれだけ安心したか。あの時、瑠衣は反射的にか否か、傷口を抑えながら倒れていた。もしそれによって止血ができていなければ、ここに瑠衣はいなかったかもしれない。
仁
俺よりずっと…お前の方が危ないことしてんだろ……
柄にもないと思いつつ、その身体を支える両手に力を込める。瑠衣は子供体温で温かい。その温もりにまた、安堵のため息をつく。
仁
(これを機に、俺の痛みを知っとけ、馬鹿)
いつも瑠衣から目が離せない。そうさせているのは、己の恋愛感情だけではないはずだ。いつもいつも、こいつは俺の頭から離れてくれない。
勿論、離す気もないけれど。

いつになく焦った瑠衣の声を思い出す。
瑠衣
瑠衣
てめぇ、仁をどこへやった!
瑠衣
瑠衣
仁は無事なのか!?
そして、怒りの込もった声。
瑠衣
瑠衣
振り込むわけねぇだろバーーーカ!
瑠衣
瑠衣
しっかし、豚野郎にはお似合いの豚小屋だなぁ
いつも好戦的な瑠衣が、
瑠衣
瑠衣
はっ、頭数だけは揃ってるみたいだけどよぉ
あんな、怒りに満ちた声のトーンで喧嘩に臨むなんて、
瑠衣
瑠衣
かかってこいよ!!
少し…ほんの少しだけ、予想外だった。
それ程に、こいつにとって仲間とは…自分とは、大切な存在なのか。
仁
……
焦って、怒って、泣いて、笑って。忙しい奴だ。ただその1つ1つの感情に関わるのが…その原因が俺なのは、少し、気分が良い。
仁
…精々、振り回されてろ。
俺がお前に振り回されているように。

そう告げる代わりに、俺は瑠衣の髪に軽くキスを落として、眠りについた。

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