※2人とも20歳の誕生日を終えている&付き合って暫く経っている設定になります。
仁side
ぐんとそびえ立つ白い塀。その塀に囲まれた門は静かに佇み、俺と瑠衣を迎えている。
あまり来ることのない場に、少し目が泳ぐ。隣の瑠衣は、いつも通りのようだ。…こいつはやはり、こういう場には慣れているのだろうか。
オッサンに車を走らせてもらって約1時間。俺たちは、絢爛と言うべきか壮麗と言うべきか…イルミネーションなど1つもないのに、どこか煌びやかに見える、大きな建物の前で降ろされた。普段は着ないスーツを着て、ネクタイをきゅっと締め、髪はワックスで整えた。きっちりとしたこの身なりは、窮屈すぎて落ち着かない。今からでも帰ってしまおうか、なんてことを考えるくらいには。
指輪の形をしたマイクと、うまくカモフラージュするような形で取り付けられたイヤホン。口元に手を近づけるようにして話しかけると、オッサンの返答が聞こえてくる。
そして、イヤホンと左隣、双方から聞こえてくるのが瑠衣の声。緑系に統一されたドレスを身に纏い、髪はすっきりと後ろにまとめられている。肩を出す衣類を着ても違和感のない華奢な身体に、琥珀色の大きな瞳。喉仏はチョーカーで上手く隠されており、千里眼で見ても完璧な女性に見える。
声も、言動も、いつもの瑠衣なのに。
こういう類の依頼は何度か引き受けてきたが、こうも見慣れない格好をされると、やはり少しだけ調子が狂う。俺は煩い女が嫌いだし、瑠衣みたいにしつこく勝負を仕掛けてくる女がいたら、すぐにでもその場を離れることだろう。この落ち着いた色もファッションも、瑠衣に似合っているとは言い難い。なのに、瑠衣というだけで、どこか目が離せなくなってしまう。これが、惚れた弱みというものなのだろうか。
らしくない自分が嫌で、ふっと息を吐く。
とは言え、中身は瑠衣のままだ。その心地良い雰囲気に、心做しか安堵感を覚えていた、その時。
オッサンの指摘を聞いて、眉間に皺が寄る。
この指示が入った、ということは。
瑠衣のため息が聞こえたところで、左隣の空気が変わる。
あぁ、やっぱり、この瑠衣は苦手だ。
こいつの、…思い出したくない、過去のワンシーンを見ているような、そんな気持ちになるから。瑠衣の雰囲気ががらりと変わるのは、こういった場においては常である。しかし、そう簡単に慣れるものでもない。瑠衣らしくないその振る舞いを目の当たりにする度に、少し気分が落ち込んでしまう。
そうして自分の方へと向いた矢印に、また表情が暗くなる。あぁ、やっぱり断ってしまえば良かっただろうか。振る舞いどころか、この場に適した語彙力すら、未だ持ち合わせてなどいないのに。
だからこそ、口を開くなら最低限。ちらと瑠衣に視線を向け、すくい上げるようにその手をとる。
会場を前にして、はぁとため息をつく。そして、少しばかり改まった心持ちで、俺は静かに前を向く。
柄にもない、落ち着きすら感じられる瑠衣の声を聞いて、どこかイライラしながら。
瑠衣side
会場には共に入ったオレたちだったが、中では行動を別にした。容疑者とされているのは、テールスーツを着こなした高身長の男。元々は手品師として活動していたが、数ヶ月前に引退し、裏社会へと足を踏み入れた人物だ。行っているのは人身売買の幇助であり、直接売買を行う者たちからは一歩引いたところにいる存在、との事だった。
先程離れたばかりの仁を見つけ、その目線の先の人物に焦点を移す。
左胸のポケットには、エメラルドグリーンのハンカチーフが仕舞われている。依頼人が緑系統のドレスを指定してきたのは、恐らくこいつの好みだから、なのだろう。
筋弛緩剤。どうやら、“売り物”を作るのが彼の仕事らしかった。直ぐに次の者に受け渡すため、足取りが掴めずにいたようだ。得意の手品と話術で相手の油断を誘い、手際の良さを活かして薬を盛る…なるほど、元手品師にとっては容易いものだろう。
怪しまれないよう留意しながら、じっとノットを見つめる。勿論、どんなに目を凝らして見たところで何も分からない。だが、千里眼の仁が言うならば、間違いは無いのだろう。
小声で答えながら、手元のワインへと目線を移す。見ていることが勘づかれてしまっては、今回の依頼が失敗に終わってしまうかもしれない。
つまり、このパーティー内で依頼を完結させることはできない…ということだろうか。となると…
身柄の確保までが依頼だと思っていた分、拍子抜けしてしまう。証拠集めなど、どうして自分たちに依頼したのだろうか。寧ろ、女性警官が乗り込んだ方が、確実に証拠を掴めそうなものだが。
そういえば、今日の仁…なんとなく機嫌悪くないか?今思えば、記録者である自分に依頼要件をしっかり伝えていないところにも疑問を感じる。
気に食わなくて、横目で向こうにいる仁を睨む。全くこちらを見る気がない仁の方は、いくら目線を送ったところで口を開こうとしない。
だとしたらなんだ?悔しいが、それならば仁が適任ではないか。まぁ、顔だけはいいし。顔だけは。
慌てて口を抑える。つい大きな声を出してしまった。
…オレの写真が、出回っている?それはつまり、1度ターゲットにされたということだろうか。一体いつ、どこで。
いつの間に狙われていたことには驚いたが、今回ばかりは好都合だ。その上、今無事だということは、ターゲットとされたタイミングはなんとか切り抜けたのだろう。
そもそもフォーマルな場は苦手だと言うのに、その上恋人が狙われているとなれば、仁は余計に嫌な筈だ。付き合って数年が経つが、仁の重度な仲間意識は健全。恋人を囮のようにするなど、誰よりも仁が嫌だっただろう。
嫌だった、だろう。きっと、確かに。しかし、そんな仁を上手く丸め込めるのが、オッサンのすごいところである。
夫婦という肩書きがあるだけで、会場での動きやすさは大きく変わる。オレが言い寄られていても仁が入ってきやすいし、相手を言いくるめるのが容易になる。だからこそ、仁も折れて依頼を引き受けたのだろう。
…ただオレだって、守ってもらいたい訳ではないのだけれど。
なるほど、漸く合点がいった。つまり、しっかりターゲットとして狙われ、証拠を掴むことができれば、依頼達成と言う訳だ。勿論、なんの被害を出すこともなく。
そうと決まれば、話は簡単である。
くるくるとワイングラスを回し、軽く唇をつける。そのグラスをくいと煽り、上品に嗜む。騒がしいパーティー会場の中で、1人静かにワインを楽しむ…そんな姿に、見えるように。
がやがやと賑わう会場内には、多くのカップルがグラスを合わせている。一方で、1人でワインを堪能する者も少なくは無い。幸い、別々に行動していても、怪しまれることは無さそうだ。挨拶をして回る者もいるために、人の動きも活発にある。己に近付いてくる足音にも、気付かぬ振りをするのが最適だ。
そう、声をかけられるまでは。
まさに今その存在に気づいたかのように、振り返って目を見開いてみる。そうして、ふわりと微笑みかける。
手に持っていたワイングラスをテーブルクロスの上に乗せ、体ごと相手に向き直る。
…間違いない。今回の事件の容疑者だ。
気品は失われないように気を付けつつ、控えめな上目遣いで相手を見て、目を輝かせる。大人びた言動や振る舞いの中に、期待をする幼さも感じられるように。
そうして見る彼の手さばきは、確かに目を見張るものであった。手元のハンカチーフから生み出される花々、口を付けていないのに減り続けるグラスのワイン。ふっと消えてしまったテーブル上の蝋燭は指を鳴らすと再び点り、気がつけばハンカチーフの色は鮮やかなスカーレットに変わっている。
バッグを開けると、そこには見覚えのないアクセサリーが入っている。まるでハンカチーフの色が移ったかのような、エメラルドグリーンのブレスレット。
こくり、と息を飲む。
見破ろうにも見破れない…というのは予想通りであったが、しっかり手にしていたはずのバッグにまで仕掛けられているなんて。机上に置かれたままのワインはとうに手放し状態なのだから、既に薬を投入されていたっておかしくないということになる。感服するどころか、恐怖心すら感じられるほどだ。
警戒心と、緊張感。それらが表情に出ないよう、なんとか心を落ち着かせる。
…なるほど、そう来たか。
警戒している相手からの贈り物を、容易に身につけるような真似はしたくない。しかし、ここでなにも動かないのは、それとして怪しいのではないか。
どう答えたものかと迷っていると、イヤホンから聞き慣れた声が聞こえてきた。
丁重に断りを入れ、相手の掌にブレスレットを優しく乗せる。
そう思いながら、ブレスレットから手を離した、その瞬間。
先程まではイヤホン越しにしか聞こえなかった声が、すぐ近くからも重なって聞こえてきた。
仁side
胡散臭い笑みを返す相手に、少なからず嫌悪感を抱く。よくもまぁ、薬を盛った後でそのような態度ができるものだ。
瑠衣が手品を見せられている間、ずっとワイングラスを見ていた。そうでもしないと、見落としてしまいそうな手技であったから。
本事件の容疑者は、1つの手品が終わる度、胸に手を添えて軽く礼をする。その動作が観客にとって自然なものとなってきた時、そのまま自身のノットに手を伸ばし、薬を手に取る。手品の結果に釘付けになっている隙を見て、ワイングラスへとそれを入れる。どうやら手袋に細工がしてあり、薬の袋はそれに仕舞われているようだった。
つまり、もうこのワインに薬は盛られているのだ。タイピンに偽装したカメラで薬を盛る瞬間は捉えているし、何よりもこのワインが証拠になるだろう。共に会場へ入っている警官へと渡せれば、自分たちがすべき依頼は達成したと言って良い筈だ。
そんな相手が…瑠衣を狙った者が、この場を去ろうとしているのが許せない。今すぐにでも捕まえてやりたいところだが、それでは寧ろ依頼人である警察側に手間をかけてしまう。
怒りを抑え、でも笑みを返すことはできずに、冷たく言い放つ。
会釈をして去っていくその後ろ姿を一瞥し、目の前の恋人に向き直る。恐らく、ブレスレットにはGPSが仕掛けられていたのだろうが、そこまでの証拠品は不要であると判断した。…決して、素知らぬ者からの贈り物を瑠衣に身につけさせたくなかったとか、そんなことはない。断じて。
右手を伸ばして瑠衣の頭に軽く触れ、手に持っていたそれに髪をくぐらせて固定する。瑠衣にはやはり、この花が似合うのだ。
黄色いフリージア。
言動も振る舞いも、こいつは完璧に大人のものだ。でも、嬉しそうに簪に手を添えながらはにかむ表情は、どうしても無邪気に喜ぶ子供のようで。いつもの瑠衣がそこにいることに、どこか安心感を抱く。
緑系統で統一されたドレスは気に食わなかったが、簪が映える、という点に至っては…まぁ、悪くない。しかし、瑠衣をこのままにしておくのは避けたかった。この後は、怪しまれないタイミングでこの場を離れ、ワインを依頼人に預けて帰るだけだ。この後の流れを思い返していた、その時。
乱れてしまっていただろうか。瑠衣が自分の襟に手を伸ばして掴むと、そのまま首元に吸い寄せられるように近づいてくる。
そう告げる瑠衣の表情は穏やかなものではなく、冷たく逸らされた目は別の人物を捉えている。視線の先にいたのは、先程の手品師…つまり、今回の事件の容疑者であった。
口ではそう告げつつ、瑠衣の視線の先にいる人物をキッと睨む。

流石に相手もこちらに気付いたようで、はっとした顔になった後にそそくさとその場を離れていった。舌打ちしたくなる気持ちをぐっと抑え、顎に手を置いて考える素振りをする。そして、指輪の形をしたマイクに向かって告げる。
隣を見ると、瑠衣は先程までの空気を感じさせない、華麗な女性へと戻っていた。ワイングラスをくるくると回して柔らかく微笑んでいるが、勿論口をつけることはない。いつもの天真爛漫な笑顔じゃないのは、些か腹が立つ。
腹が立つ…から、少し頬を引っ張ってみれば、瑠衣らしい反応が返ってきた。緊張感のないその顔に、つい笑みがこぼれる。
当たり前なのだが、その当たり前が心地良い。
瑠衣の方も、いつの間にか普段の空気に戻っている。そんな些細なことがなんだか嬉しかった…なんて、こいつに伝えてやるつもりはないけれど。
そんなことを考えながら、俺たちは会場を後にしたのだった。

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。