ライブ会場──。
ユンギの姿を目の前で見るのは、何年ぶりだろう。
スポットライトを浴びた彼は、BTSのSUGAそのもので。
あの頃、家のリビングでだらしなくソファに寝転んでいた“義兄”の姿なんて、どこにもなかった。
でも──
ふと曲の間のMCで、ユンギがぽつりと言った。
「昔、雨の日に作った曲がある。
……自分にとって、大事な“原点”みたいな曲。」
その一言に、胸が強く鳴った。
「雨の音を聴きながら……忘れたくなかった時間を思い出して作った。
……俺にとって、特別な日。」
その視線が、ほんの一瞬こちらに向けられた気がして──息を呑んだ。
『まさか……あの日のこと?』
雨の日の屋根裏部屋。
ふたりで過ごした、最後の夜。
もう“なかったこと”にしていた記憶が、彼の声によって鮮やかに蘇る。
『……嘘でしょ。忘れてたんじゃなかったの?』
その時、客席の中で、私だけが知っている“秘密”のようなものが、胸に生まれた気がした。
──まるで、ユンギが私にだけ届けた言葉みたいに。
そのまま曲が始まる。
懐かしくて優しいメロディ。
思わず目の奥が熱くなった。
『……今も、まだ覚えてるんだね。』
まさか、ユンギがあの記憶を曲にしてたなんて。
思ってもみなかった。
──ユンギの姿を、ステージの上を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。
大きな歓声も、鳴り止まないアンコールも、全部遠く聞こえていた。
あの頃の“音”と、いまの“音”が、胸の奥で重なる。
もう聴こえないはずだった音──
けれど、確かに鳴っている。
ライブが終わり、スタッフに誘導されるようにして関係者通路へ向かった。
その途中、渡されたバックステージパスには、ユンギ直筆の小さなメモが挟まっていた。
「最後、待ってて。少しだけ話せる。」
**
楽屋の一室。
扉の向こうに彼の気配を感じると、緊張で喉が鳴った。
ノックすると、低い声が返ってくる。
「……入っていいよ。」
そっとドアを開けると、着替え終わったユンギが、ソファに座っていた。
ステージ衣装とは違う、ラフな黒のシャツ。
汗の跡も消え、だけどまだ目には熱が残っている。
「……来たんだな。」
「チケット、ユンギが……用意してくれたんでしょ?」
「うん。……最初から、お前の分だけ取ってた。」
顔を背けて、ペットボトルの水を口に運ぶユンギ。
けれど、その耳まで少し赤く染まっていた。
「嬉しかった。……ちゃんと見てたよ、全部。」
私がそう言うと、ユンギはふっと目を細め、視線を合わせた。
「……お前に見ててほしかったんだ。」
淡々とした声。
でも、言葉の奥に隠れた熱さは隠しきれていない。
「ずっと──今日みたいに見ててほしい。……俺のこと。」
息が止まった。
「BTSのSUGAじゃなくて、俺を、あなただけに見ててほしい。
……昔みたいに、でも、もう兄とか妹とか、そんなの関係なく。」
一歩、近づいてくるユンギ。
重なる視線に、逃げることもできない。
「……もう、誰かの“義理の兄”じゃなくていい。
“ユンギ”として、お前に好きだって思われたい。」
その低い声と熱を帯びた言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
目の前の彼は、ステージの上のスターじゃない。
あの頃、夜中のキッチンで水を飲んでいた彼と、何も変わっていない──けれど、確かに変わっている。
「……そんなの、ずるいよ。」
唇が震えた。
思わずつぶやいた声に、ユンギがふっと笑う。
「ずるくても、もう隠せない。」
静かな、でも決意に満ちたその声が、胸の奥に響いた。
「次は……お前の番だよ。俺だけに聞かせて。
お前の本当の気持ち。」
そっと、指先が私の頬に触れる。
そのぬくもりに、思わず目を閉じた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。