昨日、春風日佳梨さんに、シュンの話を聞いた。
幼なじみの視点で見たシュンは、やはり俺たちのイメージとは少し違う。
シュンは人に優しくできる、勇気のある子だということがわかった。
そして時間は過ぎ、今日は月曜日。
ゲイルの調査兼シュンの調査とは一度距離をおいて、学校での生活を5日間続けなければならない。
正直、学校にいるより家にいたほうが楽だし、落ち着く。
毎朝、顔を合わせるのは両親だけ。
挨拶するのも、両親だけ。
人と関わるのが苦手な俺にとって、家ほど安心できる場所はない。
そんな安全地帯に、今にも帰りたいけれど、そんなことできない。
だから、俺はこうつぶやいてしまう。
俺の気分とは反対に、空は清々しいほどの空色をしている。
モクモクと弾力がありそうな真っ白い雲は、空の青さと相まって、〝夏真っ盛り〟感をかもしだす。
俺のどんよりした暗い心とは、共通点すら見つけられない。
おかげで、余計に帰りたくなった。
ため息をついたとたん、静乃さんの笑い声が飛んできた。
――ああ、そうだった。
静乃さんとは、一緒に登下校するようになったんだ。
静乃さんはお金持ちなんだし、お世話をしてくれる人もたくさんいるんだから、車で送ってもらえばいいんじゃないか――と思ったけれど、本人が「学校は歩いて登校するものよ」と言っていたので、こうなってしまった。
さて、なぜ俺が静乃さんと登校しているのか……。
もちろん、何があっても静乃さんと登下校したいだなんて言わない。
もし思っても、それを伝える勇気は俺にはない。
こうなったのには、絶対に断ることができない理由があるのだ。
それは、〝俺が静乃さんのボディーガード〟だということ。
ボディーガードは、当たり前だが護衛対象を守らなければならない。
それが仕事だ。
ゲイルの調査などによって、身に危険が及びやすい中で、静乃さんを一人で登下校させられるだろうか?
いや、そんなことをしたら、俺はボディーガード失格だ。
しかも、ボディーガードだからというだけではない。
執事の宮本さんが、「お嬢様をお守りください」と、圧をかけてきたのだ。
断れるわけがない。
ただでさえ、女子と関わった経験が少ないのに、いきなり一緒に登下校なんて……。
いやいや、それよりも。
静乃さん、俺のことを笑ったな。
なんで笑うんだよ。
まったく、ひどいな。
静乃さんが言っていることが信じられなくて、思わず聞き返した。
学校は楽しんでいそうな気がしてた。
前の学校でも、今みたいに人気者だったんだろうなぁ、と。
だが、実際は違ったようだ。
静乃さんは、困ったようにほほ笑むと、首を横に振った。
そして、空を仰ぐ。
意外だ。
静乃さんは、そんなふうに考えないタイプだと思っていた。
みんなに好かれているようだし、先生のお気に入りのようだし。
転校してきたばかりなのに、もう信頼関係が築かれている、というか……。
となりのクラスだから、よく知らないけど。
俺から見たら、そんなふうに見える。
静乃さんはムッとした。
ほっぺに空気をためて、頬袋いっぱいに食べ物を詰め込んだリスのような見た目になる。
グッとにぎったこぶしを、小さく上下に振りながら、地味な抗議をする。
フゥ、と息を吐く。
リスみたいだったのが、いつもの静乃さんにもどった。
俺と目を合わせると、小さなほほ笑みを浮かべた。
そうこうしているうちに、学校に着いてしまった。
ここから、1階から5階まで上がらなければいけない。
話しながらだとキツイので、黙って階段を上がる。
1年のフロアに到着する。
静乃さんは別のクラスだから、ここでお別れだ。
このあとの約束をして、それぞれの教室に入った。
今日の教室は思ったよりも人が少なくて、俺はホッと息をついたのだった。
今日は、清掃業者の人が来ているようだ。
午前中から、窓を拭いたり、廊下を掃除したりしている。
毎日、終礼前に掃除の時間は取ってあるけれど、やはりなかなか汚れは取れないみたいだ。
昼休みに屋上へ向かっていると、業者さんに挨拶された。
今日は静乃さんと話した以外、声を出していないからか、極小ボイスしか出なかった。
せっかく挨拶してくれたのに……と、申しわけなくなる。
また、後悔が1つ増えてしまった。
屋上へ続く階段を登ろうとして、足を止めた。
すごく……悪寒がする。
そっと、後ろを振り返った。
パチッと、業者さんと目が合う。
業者さんはにっこり笑った。
あんまりにも清掃業者に見えなくて、つい聞いてしまった。
当たり前なことに、業者さんは「清掃業者」だと答える。
ほほ笑む業者さんが、まだ若そうな男性だということに、今さら気がついた。
ここから離れよう。
なんだろう、あの人は。
違和感がひどい。
普通の人とは、どこか違う。
一体、どこが違うのだろうか……。
雰囲気が違う?
それとも、あの目か?
すごく冷たい……生き物を見ているとは思えない目だった。
とにかく、静乃さんのところへ急がなきゃ。
待たせると悪い。
俺は、屋上に着くなり、読書していた静乃さんに声をかけた。
静乃さんは本を閉じると、俺に笑いかけた。
それなら、良かった。
そこで、話が途切れる。
俺に話の引き出しはないから、静乃さんが話し始めるのを待つのみ。
だからといって、静乃さんが話し始めるまで見つめているのも、俺には拷問同然。
俺は静乃さんから目を離して、グラウンドを見下ろす。
ずいぶん長く感じたが、おそらく実際は30秒ほどしか経っていないだろう。
静乃さんが、話し始めた。
グラウンドを見ていたけれど、その言葉に不思議に思って、静乃さんを見た。
双方のクラスに顔を出すだけでも会えるし、それ以外にも学校の中でなら、どこでも会えるはず。
約束や待ち合わせさえすれば、の話だけど。
話す中でなめらかに、自慢話と俺に対する素直なイメージを突きつけてくる。
たしかに、静乃さんはかわいいと思う。
静乃さんを初めて見たときも、そう思った。
クラスメイトが浮かれているのも見た。
静乃さんが歩くたびに、周りの人たちが、ザワザワと騒がしくなるのも知っている。
静乃さんは、たぶん誰から見ても「美少女」だ。
それに対して、俺は平凡以下の陰キャ。
クラスで目立つ方じゃない。
委員に立候補したこともない。
そもそも、クラスメイトに友だちと言える子はいない。
そんな俺が、静乃さんと人目につくところで話していたら、どうなるか。
たぶん……いや、きっと、良くない目を向けられるだろう。
俺の顔が、一体どんな顔をしていたのかはわからない。
おかしな顔だったのかもしれない。
静乃さんが、プッと吹き出した。
そんなに、変だった!?
笑われるのは、心外なんですけど。
静乃さんから目をそらすと、静乃さんの笑い声がした。
チラッと見ただけだったのに、しっかり目があってしまった。
俺と目が合うのを待っていたかのように、静乃さんはそう言った。
返事をしようとして、やめた。
ゾクッと寒気がする。
さっきの――業者さんと話したときみたいだ。
いや……“みたい”じゃなくて、“そのまま”。
その問いには答えずに、静乃さんの手をつかむと引っ張って屋上を出た。
一階下におりて、階段の踊り場で立ち止まった。
人はいないみたいだ。
あたりを警戒してみるけれど、なんともない。
一体、なんだったんだ……?
消え入りそうな声がした。
そのか細さに心臓が飛び跳ねる。
一瞬、幽霊か――と思ったけど、静乃さんだったから安心。
ハッとして、静乃さんから手を離した。
周りに気を取られて、自分が何をしているのか、わかっていなかった。
謝りながら静乃さんを見る。
その直後、ギョッとしてしまった。
――静乃さんの顔が、真っ赤だったのだ。
どういうことだ、と大慌て。
……あっ!
俺のせい!?
そんなに嫌だったのか……!?
これは、早く距離を置いたほうがいいかもしれない……。
階段を下りようとすると、行く先に静乃さんが立ちはだかった。
両腕を大きく広げて、「ストップ、ストップ!」と早口で言う。
顔は、まだ真っ赤だ。
さっきの「ストップ」よりも早口で、おかしなテンションでまくしたてる。
その落ち着きのない様子が、いつもと違いすぎて、戸惑った。
いや、バグったとかは言ってないんですけど。
……壊れたもバグったも、同じようなものか。
静乃さんは、何度も大きな深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
それから、俺にいつもの目を向ける。
これぞ、静乃さん。
と言いたくなる目だ。
俺は静乃さんに、さっきの清掃業者さんのことを話して聞かせた。
静乃さんはキョトンとしていたものの、だんだん真剣な目に変わっていって、最終的には深く考え込んでしまった。
まさか、ここまで考え込んでしまうとは。
何度呼んでも、返事をしてくれない。
突如響いた声に、俺たちはすくみあがった。
二人同時に振り返ると、階段の下にはさっきの清掃業者さんがいて、小さな笑みをたたえていた。
挨拶をされたので、一応挨拶を返す。
もし、あの人が悪い人――たとえば、ゲイルの一員だとして。
ここまで明るく挨拶をするか?
俺たちはゲイルを調査していて、ゲイルのメンバーからすれば、警戒すべき敵のはず。
静乃さんが、俺に困った顔を向けた。
そんな顔をされても、俺も困ってるんだけど。
あれが俺の思い違いだったら、ただ失礼なことをしただけだというか。
この人、何回挨拶するんだよ。
そう言いたいけれど、知り合いですらない人に言うのは、清掃業者さんを困らせてしまう。
よくある、友だちのノリ……ってやつも、通用しないし。
とは言っても、今の俺に友だちなんていないから、その〝友だちのノリ〟ってのがどんなものなのか、もう思い出せない。
清掃業者さんは、俺たちが困っているも気にせずに、スラスラと話している。
同時進行で、掃除の手も止めない。
階段の手すりを拭きながら、カラカラと笑い声を上げる。
変なことを言う人だな。
たしかに、いつ死ぬかはわからないけど……。
普段の会話で、そんなこと言うか?
しかも、今日初めて会った高校生に。
本当に、変な人……。
業者さんは、ゆったりとした足取りで、こちらへ近づいてくる。
カツン、カツン……と、1段ずつ丁寧に階段をのぼる。
静乃さんが困った声を上げると、業者さんが口元を歪ませた。
笑っているような、怒っているような……。
いや、それよりも――なんだろうか、この不気味な感覚は。
この戸惑いは、次の業者さんの言葉で打ち砕かれた。
静乃さんに伸びた手から、静乃さんを引き離す。
考えている暇はないと思い、静乃さんを抱えて階段を駆けおりた。
業者さんの舌打ちが、階段に響いた。
チラッと一瞬だけ見ると、息ができなくなるほど冷たい目が、こちらを見下ろしていた。
あれから、特に何もなかった。
いつも通り授業を受けて、清掃して、あっという間に下校時間だ。
業者さんも、仕事を終えて帰っていたらしい。
それ関係っぽい人は、見かけなくなっていた。
俺は通学カバンを持つと、となりのクラスに向かった。
あの男みたいに、静乃さんに危害を加えようとするやつがいたら危険だから、できるだけ近くにいなきゃ。
教室を覗くと、静乃さんが通学カバンを持って、クラスメイトと話しているところだった。
耳を澄まさなくとも、会話は聞こえてきた。
相手は、ポニーテールの高身長女子。
そういえば、バレー部で活躍する1年生がいるとか、話題になってたような気がする。
俺の話?
なんでだろう。
もしかして、「陰キャのあいつが、超絶美少女の静乃さんと仲良くしているのは癪に障る」って言いたいのか……!?
何を話しているのかよくわからないけど、俺がめちゃくちゃ見られてたってことはわかった。
あまり目立ちたくないんだけど……。
よし、これからはもっと目立たないような努力をしよう。
あの様子だと、俺が目立つと静乃さんに迷惑がかかりそうだし。
……ん? いや、待てよ。
俺が地味だから目立ってるのか?
地味な俺が、超超美少女すぎる静乃さんと話してるから?
そうなら、陰キャを卒業しないといけない……?
いやいや、俺にはそんな勇気ないから無理だろ。
気がつくと、静乃さんが正面にいた。
驚きすぎて、後ろの壁に頭をぶつけた。
すると、静乃さんが呆れたように、腰に手を当てた。
たしかに、幽霊を見たときくらい、驚いてしまったかもしれない。
幽霊なんて見たことがないから、どんな感じなのかわからないけど。
静乃さんが幽霊になったら、顔が整いすぎてて怖さが増しそうだな……。
静乃さんに従って、一緒に歩き始めた。
階段を下りて、靴箱で靴を履き替える。
空は朝と変わらず、晴れ渡っている。
朝は憂鬱だったけれど、これから帰れると思うとハイテンションになりそうだ。
静乃さんとは、何も話さないまま校門を出た。
しばらく歩いて、周りに人がいなくなったころ。
ふと、静乃さんが口を開いた。
き、気づかれてたのか……。
全然こっちを見ないから、バレてないものだと……。
い、いや、俺だって聞きたくて聞いたわけじゃないし。
静乃さんのところに行ったら、たまたま聞こえてきただけだし。
静乃さんの中では、俺が話を聞いていたことは確定なのだろう。
嘘をついてもしょうがないと思って、うなずいた。
すると静乃さんは、「やっぱり!」と頬を膨らませた。
朝と同じで、リスみたいに見える。
たぶん、そのうち忘れると思います。
と言う前に、静乃さんは息をついた。
なんなんだよ!?
静乃さんは、いつもの調子に戻ると、真剣な目になった。
あの人の話か……。
あの冷たい目は、思い出すだけでゾッとする。
あいつが静乃さんに手を出しかけたとき、俺の反応が少しでも遅れていたら……そう思うと、とてつもなく恐ろしい。
静乃さんは神妙な面持ちで、予想した中身をスラスラ話す。
話を聞いていると、不思議と納得してしまう。
俺の頭が良くないせいだろうけど。
仮に、静乃さんの言うことが正しいとして。
幹部が自分から来たんだろ?
俺たちがゲイルを調べてることを、どうやって知ったんだ?
静乃さんは、険しい表情になる。
それから、ブツブツと何かつぶやきながら、考え込んでしまった。
何も聞こえてないんだろうな。
静乃さんの邪魔をするのも悪いし、黙っておこう。
それから静乃さんは、家について宮本さんに「お嬢様!? 大丈夫ですか、お嬢様!?」と本気で心配されるまで、一人の世界に入り浸っていた。
お兄さんとお姉さんが、日佳梨ちゃんに近づいた日の夜。
ぼく・シュンは、ゲイルの秘密基地に来ていた。
あの2人が調べているのは、きっと〝ゲイルの一員〟としてのぼくだから。
日佳梨ちゃんから話を聞いた直後は、ぼくに関して何か余計なことを調べていることしかわからなかったけど、頭を整理しようと裏紙に書き出しているうちに気がついた。
勘違いではないはずだ。
秘密基地の中に入ると、〝2人〟がいた。
一人は、若い男の人。
細身の身体で、どこにでもいそうな顔をしている。
もう一人は、年齢不詳の女の人。
黒髪をポニーテールにしてる。
ふたりとも普段は何をしている人なのか、まったく知らない。
しょうがないじゃん。
ぼくは、歩きでここに来るしかないんだから。
こんな時間に公共交通機関を使うと、何かしら怪しまれるだろうし、タクシーもかなりお金がかかっちゃうし。
家族に送ってもらうことは、もちろんできない。
2人の愚痴は聞かずに、話を切り出した。
今日ここに来たのは、あることを話すためだ。
なんて言えばいいだろう。
簡潔に、要点だけ伝えなきゃ。
あ、そっか。
知ってるわけがないや。
2人は、一般人だもんね。
そうだったの!?
えぇー……。
お兄さん、全然強くなさそうだったけどなぁ。
ボディーガードだとは、思いもしなかった。
しかも、お姉さんはゲイルを調べてたなんて。
なるほど。今まで調査してきた結果、ぼくがゲイルの一員だってことがわかったんだな。
ようやく意味がわかった。
日佳梨ちゃんに話を聞いたのも、ぼくを知ることで、ゲイルに近づくためだったんだ。
男が声を上げた。
ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべている。
もしかして、やっちゃうの?
あんたの担当は、殺しでしょ?
カッコいいか、カッコ悪いかはわからないな。
とりあえず、任せるか。
上手くいけば、ぼくを調べるのもやめてくれるかもしれない。
そうして話が終わると、ぼくは家路についた。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
そっと、玄関の扉を開いた。
リビングの明かりだけがついている。
おじいちゃんは、まだ起きてるのかな。
こんな夜中に出かけたこと、怒られるかな……?
リビングにいる、と思っていたところに、おじいちゃんが声をかけてきた。
予想外すぎて、驚きすぎて足をすべらせた。
床に尻もちをつく。
あれ、怒られない……?
変に思って、馬鹿らしいけれど、おじいちゃんに直接聞いた。
うっ、そのとおりでございます。
いつも、おじいちゃんに気づかれないように外出しているけれど、やっぱりバレてしまうみたいだ。
どうして、急にそんなこと?
心配してくれてるのかな。
そりゃそうだよね。
孫が夜に出歩いてると、不安にもなるよね。
そう思ったけれど、おじいちゃんの言葉は別のものだった。
そう言って、仏壇を見た。
そこには、ぼくの両親の写真が飾られている。
かすかに、記憶に残っている。
ぼくに向けてくれた、温かい笑顔。
いっぱい愛情を注いでもらえた、幸せな日々。
お父さんと、キャッチボールしたこと。
お母さんが、マフラーを編んでくれたこと。
誕生日には、好きなものをたくさん作ってくれたこと。
そして、幸せが壊れたあの日のこと――。
お父さんもお母さんも、ぼくを守ってくれているから。
おじいちゃんは、そう言ったでしょ?
それに、絶対におじいちゃんを悲しませたり、苦しませたり、そんなひどいことはしないから。
得意の笑顔を、おじいちゃんに向けた。
安心してもらいたくて、ぼくから目をそらしてほしくて。
夜に出かけるのは、悪いことをしているからだよ。
きっと、お父さんもお母さんも、ぼくなんて見捨てちゃってるよ。
おじいちゃんを悲しませたり、苦しませたりしないなんて、そんなの嘘だよ。
ひどいことをしないなんて、嘘だよ。
十分すぎるほど、最低なことをしてる。
こんなぼくはほっといて、今までどおり、優しいおじいちゃんでいてくれないかな。
おじいちゃんは、朗らかにほほ笑んだ。
ぼくの頭を、わしゃわしゃとなでる。
大きな手が、とっても温かい。
けれど同時に、心は冷えてゆく。
おじいちゃんを騙している自分に、嫌気が差す。
ぼくは、いつの間にか変わってしまったみたい。
いつからだろうね。
こんな、ひどいことをするやつになったのは。
大切な家族さえ、騙してしまうようになったのは。
それなのに、本当に思っていることも、躊躇なく言えてしまうから。
気がつけば、本当の自分がどこかに消えてしまうんじゃないかって、不安になってしまう。
あーあ。
ぼくって、なんなんだろう。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!