5日間の学校地獄も終わり、週末になった。
ようやく落ち着いた生活ができる……と思ったのに、まさかまさかの事態に。
静乃さんが俺の家に突撃してきたのだ。
ピンポーンとチャイムが鳴って、玄関を開けたらこれだ。
時刻は、午前7時。
こんな時間に、友だちが来るなんて予想できるわけがない。
とにかく、着替えておいてよかったと思う。
寝癖がすごいパジャマ姿なんて見せられない。
それより、なぜこの時間に来る。
今はお母さんがいるんだよ。
こっちを興味津津な目で見てるんだよ。
そりゃそうだよな。
今までぼっちだった息子に、いきなり女の子の友だちがいるんだもんな。
興味も湧くだろう。
でも、ほっといてほしい。
メッセージが来ただけなのに、なんだこの慌てぶりは。
友だちからじゃなさそう。
信じられなくて、思わず聞き返す。
すると、静乃さんはムスッと口を真一文字に結んだ。
と思ったら、地団駄を踏んだ。
だって七月美鈴といえば、中学生でデビューした美少女子役だ。
彩くんと同い年で、よく一緒に歌ったり踊ったりしていて、二人で会話すると、いい感じに話が回る。
真っ黒な艶のある髪と、黒曜石みたいな瞳が特徴的な、簡単に言うと『可愛すぎる』女の子。
そんな子からメッセージが来たなんて言われても、さすがに「はい、そうですか」なんて言えない。
地団駄を踏んでいたのに、あっという間に笑顔になって、ルンルン鼻歌を歌いながら、その場でクルリとターンした。
綺麗に編まれた三つ編みが、フワリと浮かぶ。
いつもの星の髪飾りが光を反射して輝いた。
俺はそのメッセージを見ていないから、どうして静乃さんがウキウキしているのかわからない。
とにかく、説明が必要だ。
知らないカフェの名前だったから、オウム返しした。
すると、静乃さんはスマホを取り出すと、ツツイと画面を指でなぞる。
ちょうど写真を見つけたのか、俺に画面を見せてきた。
写真のカフェは、たしかにオシャレで可愛い……かもしれない。
看板には『FLOWER❀CAFE』と、完全に俺の偏見だが、ハワイでありそうなフォントで書かれている。
建物の周りには、カラーバリエーション豊富な花が咲き誇っていて、女性らしい雰囲気を感じる。
室内には猫がいて、めちゃくちゃ可愛い。
この猫、彩くんが好きそうだなー……なんて考えながら、静乃さんの言葉を聞き流した。
どうせ、あれだろ。
女子会ってやつ。
俺が行っても邪魔になるだけの。
そう思ったのに、静乃さんの反応は違った。
キョトーンと首をかしげて、目をパチクリしている。
嫌なんですけど。
なんで俺についてこさせるんだよ。
コミュ障の俺に、初対面のしかも女子の芸能人と、まともに話せるわけないだろ。
なんて、こんなことを言っても、静乃さんには意味がないだろうな。
しょうがない。おとなしくついていこう。
うちに来たとき、静乃さんはすでに準備が完了していたらしく、俺の仕度が終わるまで待つことになった。
静乃さんは外で待ってると言っていたのだけれど、なんとまあお節介なうちのお母さんが「うちに入って。冷房が効いているから」と、静乃さんをリビングにつれてきてしまった。
落ち着いて朝食を食べられないし、お母さんと静乃さんは知らないうちに仲良くなってるし、もうわけがわからない。
準備しながら話に耳を傾けてみると、お母さんが俺の話をしていた。
小さいころのことや、中学校時代の黒歴史まで掘り返して……。
ちなみに、黒歴史というのは、ただぼっちだっただけなのを「友だちはいる」と嘘をついてやり過ごしていたこと。
それ以外には、特にない。
勝手に俺の話をするな! と思ったけれど、盗み聞きしていることがバレると怖いので何も言えなかった。
✡ ✡ ✡
そんな地獄を耐え抜き、俺は静乃さんと一緒にFLOWER❀CAFEにやってきた。
七月美鈴は、すぐに見つかった。
CAFEの入口近くにある、花の模様があしらわれたベンチに座っている。
こっちに気がついたようで、ベンチを離れると俺たちのほうへ向かってきた。
実物は、テレビで見るよりも可愛い。
パッチリした目を、長いまつげが際立たせている。
黒曜石のような瞳は、うるうる光が揺れている。
黒髪は天使の輪が綺麗にできるほど艶があって、肩まで伸ばしてある。
耳の後ろくらいでツインテールに結われていて、これぞ美少女の風格だ。
静乃さんは、礼儀正しく挨拶をした。
さすが財閥の娘というだけあって、上品な礼のしかただ。
手を身体の前で重ねて、頭を下げる角度は45度くらい。
足をかかとからつま先までピッタリとそろえて、背筋をシャンと伸ばしている。
一瞬見とれたけれど、慌てて一緒に頭を下げた。
静乃さんに名前を呼ばれて、嬉しそうにする。
笑顔も輝いて見えるほどに可愛い。
二人とも、もう普通に話せてるなぁ……と思っていると、美鈴ちゃんと目があった。
名前を呼んでほしいんだな、とわかった。
名字を呼ぶと、水無月さんは困り眉になった。
あごに手を当てて、ちょこんと首を少しかしげる。
ぴょんっと飛び跳ねて、花が開くように笑顔を浮かべた。
君が無理やり言わせたも同じだけどな。
距離の詰め方プロだろ。
新学期に、あっという間にクラスメイト全員が友だちになる人だよ、きっと。
それでいて、周りに気配りもできるんだろう。
男女問わず絶大な人気があるタイプだ。
俺みたいな人間とは程遠い……。
鈴那さんは、嬉しそうに言った。
両手をキュッと組んで、瞳をキラキラさせる。
……シュン、プライバシー管理とか大丈夫かな。
シュンは、鈴那さんに愚痴をこぼしている感覚なのかもしれない。
あんなに子供っぽいのに、人を見下す態度は一人前だな。
まあ、ゲイルの幹部な時点で、純粋な子どもなわけがないんだけど。
ここで瞬時に嘘をつける静乃さんは、やっぱりすごいと思う。
俺だったら、なんて返せばいいのかわからなくて、曖昧な返事になる気がする。
ここでつまづいたら、鈴那さんに怪しまれることになるわけで。
〝静乃さんが言ったとおり〟、鈴那さんがシュンに頼まれて静乃さんにメッセージを送ったんだとしたら、ゲイルの調査に支障が出る。
鈴那さんは、両手を組み合わせて、ぽや〜っと夢見る表情をする。
もう十分だと思いますけど。
静乃さんの顔をうかがうと、俺と同じことを考えていそうな表情をしていた。
パチ、と目があった。
俺が目をそらそうとすると、それより先に耳打ちされた。
鈴那さんは、キラキラ輝く目を向けてきた。
俺達が内緒話をしていたのには、触れてこない。
静乃さんは、少し驚いた顔をした。
それから、クスリとほほ笑む。
鈴那さんは、太陽のような満面の笑みを浮かべた。
これは、嘘じゃない。
シュンが持つエネルギーは、周りの人まで元気にしてしまうと思う。
周りのみならず、彼を見た人みんなだ。
テレビ越しでも関係ない。
鈴那さんの言葉に、静乃さんがうなずく。
その表情は、嘘をついているようには見えない。
そこで初めて、鈴那さんは暗い表情をした。
俺と静乃さんは、顔を見合わせた。
鈴那さんは、コクッとうなずくと、カバンからペンと紙を取り出した。
スラスラと絵を描く。
出来上がったのは、ニッコリマークだ。
メッセージを送るときに、感情を表すことに使う絵文字みたいな。
イラストは、満面の笑みで、影がない。
また、スラスラと絵を描く。
出来上がったのは、顔の半分は笑っていて、もう半分は涙を流している顔だ。
鈴那さんが指さしたのは、笑っている顔だ。
こっちの顔が仮面……?
それはつまり、普段は明るいフリをしているってことか?
今度は、泣いている顔を指さす。
シュンが泣いているなんて、まったく想像がつかないけど……。
もし、シュンの心がこのとおりなら、今、彼はすごく苦しんでいるのだろうか。
鈴那さんは、首を振った。
その瞳からは、今にも涙が零れ落ちそう。
涙を、服の袖でゴシゴシと拭う。
静乃さんは、しっかりうなずいた。
絶対に、シュンを助けてみせる――と。
カフェからの帰り。
俺は、静乃さんと並んで帰っていた。
さっきのことを聞くと、静乃さんは、きょとんとした。
静乃さんは、珍しくニッと歯を見せて笑った。
〝わたしにできる、最大限のこと〟……か。
俺も、そんなふうに考えられたら良いな。
お久しぶりです。作者です。
これからは、5000字くらいで投稿していこうと思います。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。