『………へぇ』
「乗り気じゃないね笑」
私は今日から声優の仕事を再開した。
朝から紀章さんに体調の確認など過保護並みに聞いてきていた。
まぁそれは良し。
仕事復帰して早々、社長からとんでもない事を告げられた。
『なんで柿原と前野と写真集…』
「結構好評だよ?読みたい読者が多いんだって」
『えぇ…』
「2人も乗り気みたいだし」
『なんでだよ!』
「まぁまぁ笑」
『まぁ、どうしてもっていうなら…?』
「ツンデレだなぁ笑。了解、話通しとくね」
『うぃ』
・
・
・
「写真集ねぇ」
『なーんかなぁ…』
仕事と言っても今日は事務所に行くだけだったから、終わって家に帰ってきて
紀章さんとご飯中。
今日はお刺身
「不満?」
『いーや、写真集に載るほど語れる良い思い出あったかなぁって』
「そんなに?笑」
『仲はいいんだけど、特別良い思い出っていうのがないんだよね』
「なるほどねぇ」
『なーんか話す内容あるかなー』
「そもそも、3人はどうやって出会ったの?」
『私達はまず、私と柿原が仲良かったんだよ。柿原最初日本語が曖昧でさ、ずっと困ってたの』
「高校とかは?」
『行ってたよ。埼玉だったかな?埼玉の高校卒業して大学行って、大学と両立してアミューズメントメディア通ってたんだよね。』
「大変だね」
『埼玉の高校で3年間頑張ったっぽいけど、言葉もよくわからなくて3年間必死に勉強したけど友達はそう作れなかったんだって』
「人間関係か…」
『で、私がアミューズメントメディア入った時に柿原が教室の端っこにいたの』
「端っこに?」
『うん。私は色んな人と話すタイプだったから柿原に話しかけようとしたら持ってた本を閉まったの』
「うん」
『なーんか本の内容が日本語で書いてなかった気がしてね。日本語話せない人なのかと思ったの。どんな国でも多少できるけど本を閉まっちゃったからどの国の人か分からないじゃん?笑』
「そうだね笑」
『一応英語でAre you speak Japanese?って。』
「英語喋れる?って?」
『そう。そしたらもう一回って指で示して、ゆっくり繰り返して。で、Noって言ったからもう一回ゆっくりバッグの中を見ていい?って聞いたの』
「あ、本か」
『そうそう。いいよって言ってくれたからリュックを開けて本を見たらドイツ語で書かれてたの』
「ドイツ語で書かれてる日本語の勉強本を読んでたんだ」
『そう。だからIch bin Deutscher!って。ドイツの人なんだ!ってドイツ語で言ったらパッて顔明るくしてね』
「同志がいて嬉しかったんだろうね笑」
『すごく色んなこと喋ってくれたから嬉しかった』
「へぇ…」
『事情を聞くとさ。日本語話せない訳じゃないけど曖昧で、勉強不足で今頑張ってる。声優なるために自立しようと思ってるって言ったの』
「すご。」
『けどやっぱり色々不安だって。だから自立する前に私がいろいろ面倒見ようか?って言ったの。』
「面倒?」
『不安なのにいきなり家出て1人だなんて見てるこっちも不安だし笑。だから一時的に家住むかとか、いろいろ勉強するかとか』
「なるほどね」
『お願いしますって言ってくれて、それから2年私の家で暮らしてたよ』
「2年って長!」
『まぁずっと勉強してたし。柿原が未だに私の家来た時ただいまって言うのはその時の習慣が残ってるからじゃないかな』
「なるほどね」
『いっぱい2人で勉強してね。頑張ったんだけど、全然分からないのは分からないの。』
「へぇ、例えば?」
『ドイツで台本ってSkriptって言うんだけど。柿原に台本はSkriptって教えるとするでしょ?』
「うん」
『で、一通り教え終わった後にSkriptは何?って聞いたら、は?って思う訳よ』
「え、なんで?」
『私も日本に帰ってきて高校の英語の授業であったんだけど、お茶を英語でteaって言うでしょ?』
「うん」
『英語の先生にteaはなんですか?って言われて、皆お茶って答えるの。でも英語が分かる私からしてみればteaはteaなの』
「ん?」
『tea=お茶にはならないのよ。teaって言われたらコップの中に入っているお茶って言うのを頭の中で考えるからさ。日本の人達がお茶はなんですか?って言われて、お茶はお茶だろ?ってなるのと一緒なの』
「なるほど。そういうことか」
『そうそう。だからそのことを経験してるから柿原にどうやって教えればいいのか分かんなくてね』
「それは大変だ…」
『しかも私勉強嫌いだし。大学進めるって高校の先生に言われたけどケチったし』
「ケチったの笑」
『だから勉強教えるのすごく難しかった。ほとんどお手上げだった。けどね』
「?」
『日本語の勉強を教えるのに、本気になった時があってね。』
「…」
『柿原と2人で買い物した時に駅に行ったの。柿原ははぐれちゃダメだからって私のリュックの紐掴んでたりとかしてたんだけど。』
「俺がよくやるやつじゃん」
『そうそう。でね、切符買ってさぁ電車乗るかってなったら柿原が居なくなってたの笑』
「え、迷子?笑」
『そう笑。ぐるぐる回って探したけどいなくて、駅の外に出たらね』
「…」
『柿原が通りかかったおばあちゃんにクッキー2枚貰ってたの。おばあちゃんが話してることちょっとしか分からないけど、理解しようと一生懸命話を聞いて背中丸くしてクッキー両手で受け取ってて。』
「……」
『感極まって私その場で泣いちゃったんだよね笑』
「なんで笑」
『だから、柿原が1人で生きていく時ちゃんと暮らしていけるように頑張らなきゃって思ったの』
「火がついたんだね」
『うん。けどやっぱり問題は解決しなくてさ。どうしようと思ったら救世主が現れたのよっ』
「前野君か笑」
『そう。私と前野が当時仲良くてね。柿原と私がよく変な言葉で会話してるから気になったって』
「変な言葉ってドイツ語なのに笑」
『まぁね笑。で、前野に相談したって訳。そしたら前野、人に物を教えるのが得意でさ。前野が言ったことを私が柿原に通訳して教えたの』
「なるほどね。それは救世主だわ」
『でしょ。それから2年間、すっごく頑張った。土日は必ず私の家に泊まって。寝る間も惜しんで日本語勉強して。頑張った』
「へぇ」
『柿原が日本語を話すことができるのは、私と前野と柿原の3人の努力の結晶なんだよね。』
「それが3人の出会い?」
『そうだね。』
「……ふふっ」
『ん?』
「本当に良い思い出ないのかと思ったら、普通にあるじゃん」
『…あー』
「やっぱり友情って良いよねぇ。良い話聞いた。歌詞で使お」
『え、こんな話歌詞にするの笑』
「結構良い話だと思うけど?」
『………そっか。』
・
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後日。
たまたまアフレコであった同期組2人に話した。
「って事を話してたんだよ」
「…そういや、そんなこともありました」
「努力の結晶か。確かにそうかも。」
「男女の友情って、本当にあるもんなんだねー」
「あるんでしょうねぇ」
「変な仲間ですけど」
「俺はカッキーがあなたちゃんと2年も同居してたって言うのが気に食わないけどー」
「すんません笑」
「でも、面倒見がいいあなたちゃんらしいね」
「思い出って言ったら、確かに思い出です」
「毎日勉強して、分かんないところは本当に分かんなくて」
「その度に3人で頑張って。色々あったなぁ」
「写真集頑張ってね」
「「はーいっ」」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!