第10話

07.つたない2人のつくりかた
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2024/08/13 03:00 更新

 新しい家に引っ越して1ヶ月経った。

 2人で住む予定で借りた2LDKの部屋は、最初こそ広すぎるくらいだったが、今では悠々自適に1人で暮らしている。


 あの人(もう元カレとも言いたくない)が2人暮らしの準備を全然していない人で良かった。今の部屋にあの人の物が置いてあったら物凄く嫌だっただろう。いや、一歩でも踏み入れられたらなんとかして部屋の契約を解除していたかもしれない。
 だが、実際契約の解除はとても難しい上に面倒だ。同棲をするためにわたしは貯金の大方を使って保証金として支払ってしまった。契約期間は2年だ。

 今思えば、もともとは半額をあの人が支払うと言っていたのに、「家の都合で今貯金がない」などと言って全てのチョンセを払わされた時からおかしかった。その時におかしいと気付かなかった自分がいかに愚か者だったのか、今では後悔しかない。


 会社がある龍山からバスで15分。少し距離はあるが、停留所はマンションから徒歩1分くらいの場所にあるのが便利だという事、そして新築という事が魅力でこのマンションを選んだ。
 わたしが契約を結んだ時既に、マンションのほとんどの部屋が埋まっていて、勿論希望の角部屋は叶わなかった。みんな1年前から予約をしていたらしい。わたしはたまたま契約を辞めた人がいたのでこの部屋に入居できたのだ。もともとこの龍山区は人気の区域ではあったが、様々な会社や商業施設が新しく建った事もあり、ますます人気になっていた。なのでそんなところに運良く住めたわたしはラッキーだ。こんな人気物件、そうそう手放したくはない。


 入居した時は隣の角部屋には誰もいなかった。しかし、わたしが住み始めて1週間した頃にバタバタと引っ越しが始まった。お隣の引っ越しはほとんど夜遅くに行われ、わたしが会社へ行く朝方にはシンと静まり返っていた。

 なので3週間経った今でもわたしはお隣さんがどんな人なのかを知らない。時々男の子っぽい声が通路で聞こえるからご夫婦とお子さんが住んでいるのだろうか。
あなた
日本と違って引っ越しそば
なんて文化もないしなぁ

 韓国人の父と日本人の母から生まれたわたしは、小学生まで日本で暮らしていた。両親の仕事の都合で韓国へ住むことになり、こちらへ引っ越してきた時に母がお隣さんに引っ越しそばを持っていき、とても不審がられたのを思い出す。あの時のお隣さんの反応は子供ながらになかなかに強烈だった(その後、ご近所付き合いをするうちに打ち解け、誤解も晴れたが)
あなた
まぁ、そのうちご挨拶できるでしょ

 変な方でもなさそうだし、こちらから下手にアクションせずこのまま過ごしていよう。
あなた
あ、そろそろ出ないと

 時計を見ると針は家を出る時刻に近付いていた。

 これから職場の同僚と夜ご飯を食べに行く予定だ。先日、ぐでんぐでんに酔っ払ってしまったお詫びに今日は好きな物を好きなだけ食べてもらおう。



 鍵を閉めて家を出る。
 仕事服とは違うラフな服は身軽で、なんだか心まで少し軽くなった気持ちだ。
 軽い足取りでエレベーターホールへ向かい、誰もいないホールで下へ降りるようボタンを押す。普段あまり人と遭遇しないこのマンションではそれが日常茶飯事だった。

 しかし、今日は珍しく後ろから足音が聞こえる。丁度エレベーターが到着し、中へ入ったと同時に声がした。
??
??
乗りまーす

 パタパタと小走りでやってきたのは男性2人。
 1人はキャップを被り、もう1人はビーニーを深く被っていて、2人とも顔はあまり見えないが、若い子だということは雰囲気で分かった。
JAEHYUN
JAEHYUN
すみません
あなた
いえいえ







TAESAN
TAESAN
あ、
JAEHYUN
JAEHYUN
あっ!
あなた
え?

 わたし達はそれぞれ声を出す。

 男性2人はなぜか驚いたような声を出し、わたしはそれに反応して間抜けな声を出した。


 同時にエレベーターのドアが締まり、密室空間の中、お互い気まずい雰囲気が漂いなんともいえない空気になった。
 妙な空気感に耐えきれず、内心そわそわしながら早くエントランスに着かないかな…と考えてしまう。
 いつもなら早いはずのエレベーターの動作が遅く感じ、ただただ階数が下がっていく数字を無言で見つめるしかなかった。
あなた
ど、どうぞ!

 そうして漸く着いた1階エントランス。会社のお偉方への対応であるかのように「開」のボタンを右手で押しながら、作り笑顔を貼り付け左手でエレベーターの外へ向かって手を差し伸べた。
TAESAN
TAESAN
…ありがとうございます

 最初に出て行ったのは深くビーニーを被った背の高い男性だ。彼は小声でお礼を言い、軽く頭を下げてから出て行った。目は合わなかった。
あなた
…どうぞ?

 そして残ったもう1人の男性。
 彼はわたしとばっちり目を合わせ、じっとこちらを見つめてくる。光が多く入ったキラキラとした目が眩しかった。
JAEHYUN
JAEHYUN
あの!

 彼は勢いよく声を発したが、その後は何か言いたげに口をもごもごと動かすだけだった。わたしは何かをしてしまっあのだろうか。しかし、思い当たる節がない。
JAEHYUN
JAEHYUN
…あ、ありがとうございます!!

 そうこう戸惑っているうちに、目がキラキラした男性は物凄い勢いで頭を下げて大きな声でお礼を言ってドタバタとエレベーターを降りていってしまった。まるで台風のような勢いの人だ。
あなた
…ど、どういたしまして…

 誰もいなくなったエントランスで返した返事。

 あまりの声の大きさと突然の行動に呆気に取られたわたしは、彼がここから出て行った後もしばらく動けないでいるのであった。

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