第19話

第十九話 試練
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2024/01/29 11:00 更新
玉邑藍
玉邑藍
……っ
思わずよろめくと、肩を支えてくれる手があった。――陵さんの手だった。
玉寺陵
玉寺陵
ふざけたことを
怒りを煮つめた低い声が、耳元で囁かれる。
 ……彼の体温に安堵しながらも、心の奥底は冷たいままだった。

 大広間は呆然と、お父様とその一派らしき者たちが去っていった方向を見つめている。今は静かだが、やがてわたしや陵さんを疑う言葉や両親への怒りが叫ばれるであろうことは明白だった。
玉邑藍
玉邑藍
(……お父様は、わたしに死ねと)
もはや娘ではない、か。

 いや、それは、もうとっくにそうだったのだろう。
 櫻蘭姫の、「悲劇の姫君ぶっていれば、誰かが解決してくれるとでも思っておるのか」という言葉が今になって思い出される。
玉邑藍
玉邑藍
(わたしは彼女の言うように……心のどこかで、誰かがわたしと家族との間にあった確執を、
どうにかしてくれることを望んでいたのかもしれない)
本当に愚かだ。情けない。
 櫻蘭姫は正しかった。それなのに――。
本家の者
一体どういうことだ! なんなのだあの無礼な男は!
本家の者
玉邑の家は謹慎中なのではなかったのか!? 
実の娘なのだろうお前、一体どう責任をとるつもりだ!?
玉邑藍
玉邑藍
……っ
本家の者
若様! あなたの婚約者があやかしと通じているということは本当なのですか!?
本家の者
もとよりその娘を婚約者にするということに、我らは疑念を抱いていたのです!
本家の者
ご説明を! かの凶悪な櫻蘭姫を従えているというのは真であるのか!
案の定、次々と噴出する怒号。
 身を強ばらせ、隣りにいる陵さんを見上げる。彼は難しい顔をして押し黙り、口を噤んでいた。
 ……彼はわたしの立場に気を使ってくれているんだ。だから、うまく説明できないでいる――。

 そう気づいた時には、わたしは既に口を開いていた。

玉邑藍
玉邑藍
――事実です。
 たしかに櫻蘭姫は――わたしの相棒です
玉寺陵
玉寺陵
藍……!?
玉邑藍
玉邑藍
けれど、決してわたしは妖祓の一族に害をなしません。櫻蘭姫もです。
わたしと契約関係にある間は、決して人を襲わず、わたしの手足となって人を助ける存在たれと――
そういう契約を結びましたから。陵さ――若様はそれを認めてくださったのです
怖い。その証拠に声は震えている。
 それでも――非難と批判に晒されたとしても、彼だけを矢面に待たせる訳にはいかなかった。
玉邑藍
玉邑藍
それと、櫻蘭姫は従えているわけではありません。彼女はわたしの相棒です
玉邑藍
玉邑藍
わたしは、自分の意思で、自分の霊力を糧に、人をあやかしから守るために、
最善の契約を結ぶことができたと信じています。
そこに、妖祓の一族の娘として恥じなければならない事実は何もありません
断言した。
 肩で息をしながら、大広間の大人たちを見渡す。

 ……言えた。言うべきことは、ちゃんと言えた。
本家の者
……信じられるか! 人を襲わないなんて!
あの、櫻蘭姫なのだろう!?
本家の者
そもそも才能のない小娘と契約を結んで、奴の益となるのか!? 経緯を説明しろ!
本家の者
若様! ご説明を!
玉寺陵
玉寺陵
――今、藍の言った通りだ
肩を支えてくれる手に力がこもり、さらに強く抱き寄せられる。
玉寺陵
玉寺陵
藍は確かに、櫻蘭姫を味方につけた。
櫻蘭姫はたしかに、彼女と契約関係にある限り、人を襲いはしないだろう
玉寺陵
玉寺陵
俺は最強のあやかしを相棒と呼べる彼女の度胸こそ、次期当主の妻に相応しいだろうと思った。
だから彼女を選んだ。
藍は必ず、素晴らしい祓い屋になる。俺はそれを信じている
玉邑藍
玉邑藍
(陵さん……)
本家の者
そんな馬鹿な……!
本家の者
あなたの言葉一つで、我々が納得できるとでも!?
真剣な次期当主の言葉に、一瞬怯んだものの――すぐに勢いを取り戻した本家の人々が、口角泡を飛ばす。

 しかし、
 次の瞬間だった。


玉寺葉月
――静粛に


 矢を放つ直前の張り詰めた弓のような、
 あるいは破魔の鈴の音のような。
 そんな声が響き、広間は一気に静まり返った。

 ややあって襖が開き、姿を現した声の主を見て……陵さんがどこか呆然と漏らした。

玉寺陵
玉寺陵
……姉上
玉邑藍
玉邑藍
え……!
玉邑藍
玉邑藍
(じゃあ、この人が、類まれな予知能力をお持ちだという現当主の葉月さま……!)
わたしは半ば呆然と、彼女の姿を見つめた。

夜空を閉じ込めたような艶やかな黒髪。
 月光に磨かれたようなその冷ややかな美貌は、神に仕える巫女のようでありながら、夜を支配する女王のよう。
玉寺葉月
話は聞いていました。……随分な騒ぎがあったこと
玉寺陵
玉寺陵
姉上……姉上は、この事態を既に『知って』おられたのですか?
葉月さまはその問いには応えなかった。
 そのかわり、静かな瞳でこちらを見た。
玉寺葉月
陵。お前が信じるものを皆にも信じて欲しいというのなら、
お前たちが疾くそれを示さなければならない。分かりますね?
玉寺陵
玉寺陵
……姉上、それは
ええ、と、葉月さまは頷く。
玉寺葉月
お前と、そしてお前の許嫁が、櫻蘭姫を制御することができ、
かつ味方につけることができたのだ、ということを証明せよ、と言いました
玉寺葉月
――本家のものたちに、自分たちこそ当主とその妻にふさわしいと認めさせ、
反乱に備えてお前を中心に戦力をまとめ上げるためにも、
櫻蘭姫が味方であるとこの三日以内に皆に示してみせなさい。
さすれば、皆、今後お前たちに恭順するでしょう
――そうですね?

 葉月さまが鷹揚に広間を見渡した。途端、その場にいた一族皆が居住まいを正し、「はい」と応える。
玉邑藍
玉邑藍
(これが、現当主――玉寺葉月)
言葉で説明してあまりある威厳に、背筋が震える。


与えられた三日間で、櫻蘭姫が味方であると証明すること。
……これは真実、わたしたちに与えられた試練だった。
 

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