TH side
久々にやってきた街は酷く賑やかで、盛んだった。
軽快な音を奏でる楽団が広場の真ん中で演奏をして、
それを囲むように様々な店がずらりと並んでいる。
随分静かで穏やかな場所にずっといたせいで、
その音楽の音が酷く大きく、人々の会話も必要以上に
大きく感じて、街に入る足が自然と止まる。
こんなにうるさかったっけ?
もう少しマシだった気がするんだけど。
祭りか何かのイベント日なのか…?
馬を街の入口にある馬小屋に入れ、縄を括りながら、
どこから回るのが効率的かを必死に考える。
ボソボソとアウトプットして確認しながら、
馬をそっと一回撫でて、馬小屋を出た。
パパっと済ませよう。なるべく早く済ませて。
一分、一秒でも早く、ボムギュ様の元へ帰るんだ。
金庫から引っ張り出してきた沢山の金貨が入った
小袋を鞄に詰め込んで、街の入口に立つ。
ふぅと一息大きく深呼吸をして、足を踏み入れた。
ザワザワ
ザワザワ ザワザワ
ザワザワ ザワザワ ザワザワ
ザワザワ ザワザワ ザワザワ ザワザワ
街の喧騒が、酷く頭に響く。
買い物をして、買ったものを引き車に乗せて。
また街に入って、買って、乗せて、また街に入って。
そうして繰り返しているうちに。
段々と、足に、力が入らなくなっていく。
ついに馬小屋でどしゃりと座り込んでしまい、
馬にもたれ掛かりながら、立ち上がれなくなった。
目の前が霞んで、呼吸も上がり、頭がキンと痛む。
揺れる視界の中で、震える自分の手を見つめて、
これはいよいよまずいかもしれないと思った時。
なんなんだ、この感覚。
酸素が、僕の周りからどんどん消えていくような感覚。
まるで、水の中で溺れているみたいな少しの浮遊感。
ただの、体調不良では済まないような。
本能的に命の危険を感じる、感覚。
音が、遠のいていく。
駄目だ、駄目。意識を失うな。
ボムギュ様の所へ、帰らないと、いけない。
のに。
誰かが、こっちへ走ってくる。
しゃがみこんで、何か言ってるけど。
何、言ってるんだろう。そんな必死な顔で。
あぁ、もうダメだ。意識が…。
呼吸がしやすいように襟のボタンが外された時、
その人が驚いたような顔をして、何かを言った。
そうして馬に乗せられて、その人も馬に乗る。
家…。
その人がゆっくり発した言葉がゆっくり頭で噛み砕かれ
理解すると、震える手で方向を指さした。その人は、
その指を確認すると、勢いよく鞭を打って馬を走らす。
誰か分からないけど、助かった。
きちんと、お礼をしないといけない。
森の中に入っていく視界を最後に、
プツンと意識が途切れて、全ての音が遮断された。
BG side
日がすっかり落ちて、空の藍色が深くなっていく。
テヒョン君が居ない寂しさを紛らわすために焼いた
マドレーヌを籠に盛り付けて、帰ってきたら一緒に
食べようと思ったけど、すっかり冷めきってしまった。
リビングの机に肘を着いて、頬杖をつきながらぼーっと
窓の外を眺めていると、ポツン、ポツンと水滴が
窓ガラスに着き始めて、心配がどんどん増していく。
時計をチラリと見やるも、時刻はもう午後五時を回る。
テヒョン君が出ていって、もう四時間以上経ってる。
いても経っても居られなくなって、カラカラと車椅子を
動かしながらキッチンを出ると、そのまま玄関に
向かって、一直線に進んでいく。
玄関の前でオレンジ色の暖かい灯りをつけて、
すぐ隣の百合の花にそっと触れながら、扉が開くのを
今か今かと待っていた。
やめよって、そういう事考えるの。
大丈夫だよ、テヒョン君だもん。
テヒョン君は凄いんだから。なんでも出来るし、
頭もいいし、注意力も凄いんだから。
ね、そうでしょ?俺だって分かってるんだから。
だから、絶対、大丈夫だから。
絶対…大丈夫…。
キキ…っと車椅子を、扉のすぐ前まで動かす。
雨がすっかり強くなっているのか、水滴が扉の磨り硝子
を叩きつけて、川みたいに流れ落ちていくのが見える。
そっとドアノブに手を掛けて、思考をめぐらす。
俺が行ったって何も出来ないけど、このままここで
一人帰りを待つのも不安で死んじゃいそうだし…。
でもだからってこんな雨の中…どうやって…。
どうしようもなくて涙が目に滲みそうになった時、
がちゃんと勢いよく扉が開いて、ぱたぱたと冷たい
水滴が頬の上に数滴降り掛かった。
知らない人。
テヒョン君が背中にいる。
眠ってる。顔色が酷い。
首元が…なんか、光ってる…?
名前も知らないびしょ濡れの男の人は、
テヒョン君をおぶったまま玄関を飛び出した。
ただならぬ何かが起こっていることしか分からない
俺は、ただ玄関を引き返して庭へ続く扉に向かう。
バンと扉を開けて、酷い雨の中を躊躇なく車椅子で
進んでいく。ゆっくり立ち上がって虹色の木の近くへ
行くと、テヒョン君がその木にもたれて座っていた。
その前に、テヒョン君を見守るようにしゃがみ込んで、
テヒョン君を見つめる男の人がいる。その二人めがけて
上手く動かない足にイラつきながら、歩いていった。
打ち付ける雨で、前がよく見えない。
それでも今は、テヒョン君のそばにいたい。
その一心で男の人の言葉に抗うように、
一歩一歩確実に踏み出していくと、言っても無駄だと
分かってくれたのか、俺に駆け寄って、支えてくれる。
そうしてテヒョン君の近くまでつくと、テヒョン君の
体に倒れ込むように膝から崩れ落ちた。最後まで
支えてくれたその人もそんな俺達を見守るだけだ。
こんなに身体が冷たくなってる。
身体からすっかり血の気が引いて、真っ青だ。
虹色に光る花々が零す柔い光が、テヒョン君の顔を
キラキラと照らす。雨が宝石みたいに光って、
不謹慎なほど綺麗で、とても不安になっていく。
やっと帰ってきたと思ったら、
こんな姿で帰ってくるなんて。
ヨンジュン様は、俺のその言葉に微笑んだ。
雨も徐々に弱まり始めた頃、テヒョン君の顔色も
徐々に元に戻っていき、緊張していた肩が降りる。
ヨンジュン様は、そんなテヒョン君を抱えあげて、
屋敷の中に戻ろうと言った。俺は黙って頷き、
ゆっくり立ち上がる。
ヨタヨタと歩いて、車椅子に座る。
扉を開けて、ヨンジュン様に屋敷へ入ってもらうと
ゆっくりと扉を閉めて、廊下を進んで行った。
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。