第4話

第3話 夏と恋模様
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2026/08/15 11:07 更新
ついに夏休みが始まった。


心待ちにしていたはずの夏休みだけど初日は楓ちゃんの家で課題を進めることになった。
山谷 楓やまたに かえで
恋桜ちゃん、ここ分かる?
白石 恋桜しらいし こはる
うん。ここはね……
おしゃべりを交わしながら手を動かしていくと思いのほか早く宿題が片付いた。
山谷 楓やまたに かえで
よし! 全部終わったね!
白石 恋桜しらいし こはる
やったね……
顔を見合わせて、思わず笑い合う。

そして夏休み二日目。

私たちは、見渡す限り青い水面が広がる場所へとやって来ていた。
白石 恋桜しらいし こはる
ここ?
目の前には大きなプールが広がっている。

しかも、周りには私たち以外の人影がほとんど見当たらない。
山谷 楓やまたに かえで
うん!
楓ちゃんがいたずらっぽく笑顔を輝かせる。
山谷 楓やまたに かえで
実はね、ここのプール
白石 恋桜しらいし こはる
……?
山谷 楓やまたに かえで
うちの父が経営してるの!
白石 恋桜しらいし こはる
えっ?
私はその場で固まってしまった。
白石 恋桜しらいし こはる
えっ。

つまり、ここのプールのオーナーさんが楓ちゃんのお父さんなの?
山谷 楓やまたに かえで
そう! うちの父、会社の社長さんだから
白石 恋桜しらいし こはる
えーっ!? 社長さんっ!?
思わず声が大きくなる。

いつも明るくて誰とでも分け隔てなく話してくれて、私にもすぐに打ち解けてくれた楓ちゃん。

そんな彼女がまさか社長令嬢だったなんて。

白石 恋桜しらいし こはる
どうして今まで黙ってたの!?
山谷 楓やまたに かえで
だって、言うほどのことでもないと思ってたから
白石 恋桜しらいし こはる
いやいやいや! すごく大事なことだよ!
私が驚きに首を振る様子を見て、楓ちゃんは楽しそうにくすくすと笑う。
山谷 楓やまたに かえで
恋桜ちゃんって、びっくりすると本当に分かりやすいなぁ
知らなかった。

楓ちゃんにも私がまだ知らないたくさんの姿があるのだとそう思ったらなんだか照れくさくなった。

山谷 楓やまたに かえで
だから今日は、ここを貸し切りにしてもらったの! 誰にも気を遣わず、思いっきり遊べるよ
白石 恋桜しらいし こはる
そんなことまでしてもらっちゃって、いいのかな
山谷 楓やまたに かえで
もちろん! さあ、今日はめいいっぱい楽しもうね!
白石 恋桜しらいし こはる
うん!
そう答えた矢先、遠くから聞き覚えのある声が響いてきた。
翔真しょうま
おーい!
白石 恋桜しらいし こはる
……っ。
はっとして振り返るとそこには夏の日差しを浴びて、太陽のように眩しい笑顔を浮かべた藤井くんが立っていた。
藤井 蓮ふじい れん
待たせたかな
 
彼の姿を目にした瞬間、胸が一気に駆け巡るように高鳴った。

きゅん。

夏休みが始まったばかりのこの日。

私の恋もきっとまだ始まったばかりなのだ。
プールサイドに荷物を置いて、これから遊ぼうと準備していたとき。  

楓ちゃんが突然、私の方を向いて弾んだ声で言った。
山谷 楓やまたに かえで
ねえ、恋桜ちゃん! 私の好きな人の話も聞いて!
白石 恋桜しらいし こはる
え? 好きな人……?
山谷 楓やまたに かえで
うん、聞いてほしいの!
私が首を傾げると楓ちゃんは少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうに笑った。

そして、小さく口を開いた。
山谷 楓やまたに かえで
私はね、颯汰くんのことが好きなの!
白石 恋桜しらいし こはる
えっ!?

思わず大きな声が出てしまった。
山谷 楓やまたに かえで
声でかいよ笑
白石 恋桜しらいし こはる
ご、ごめん! だって……!
本当に驚いた。まさか楓ちゃんの好きな人が颯汰くんだったなんて。
白石 恋桜しらいし こはる
でも……すごくお似合いだよ!
山谷 楓やまたに かえで
ほんと? よかったぁ
楓ちゃんは嬉しそうに目を細める。

落ち着いていて物腰の柔らかい颯汰くんと明るくて元気いっぱいの楓ちゃん。

二人が並んでいる姿を想像すると本当に自然ですごくしっくりくる。

白石 恋桜しらいし こはる
いつから好きになったの?
山谷 楓やまたに かえで
うーん……もう、結構前からかな
白石 恋桜しらいし こはる
そうなんだ……。
山谷 楓やまたに かえで
颯汰ってね、ああ見えて本当に優しいんだよ
楓ちゃんの声がだんだん嬉しそうに弾んでいく。
山谷 楓やまたに かえで
私が困ってたら何も言わずに助けてくれるし、私が騒いでてもちゃんと最後まで話を聞いてくれるし……

白石 恋桜しらいし こはる
それは、好きになっちゃうよね
山谷 楓やまたに かえで
でしょ!?
そんな話をしていると突然背後から声が響いた。
颯汰そうた
何の話をしてるの?
白石 恋桜しらいし こはる
……っ!
はっとして振り返るとそこには颯汰くんが立っていた。
山谷 楓やまたに かえで
そ、颯汰くん!?
楓ちゃんの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
颯汰そうた
どうしたの? 何かあったの?
山谷 楓やまたに かえで
な、なんでもない! 全然なんでもないから!
颯汰そうた
……?
颯汰くんは不思議そうに首を傾げる。

その隣から藤井くんと翔真くんが並んで歩いてくる。
翔真しょうま
何してんの?
翔真くんがにやにやしながら訊ねる。
山谷 楓やまたに かえで
恋バナだよ!
楓ちゃんが即座に答える。
翔真しょうま
へぇー、俺も混ぜてよ
山谷 楓やまたに かえで
翔真には関係ないの!
翔真しょうま
なんだよそれ!
そんな二人のやり取りを見て、思わず笑顔になる。

みんなで一緒に夏休みのプールに来て、こうしてわいわいとおしゃべりして……。


こんな時間がずっと続けばいいのに。

そう思ったときふと隣に立つ藤井くんの横顔を見た。

彼は楽しそうにみんなの会話を聞いていてその穏やかな
笑顔に目が離せなくなる。

その瞬間。

また胸がきゅんと高く鳴った。

(……私の好きな人は)

まだ、誰にも言えない。
それどころか、自分自身でさえ、まだちゃんと言葉にする勇気が持てていないけれど。

この胸の高鳴りだけは、嘘じゃないことを私はちゃんと知っている。
藤井 蓮ふじい れん
楽しんでる?
突然隣から声がかかり、私は思わず顔を上げた。
白石 恋桜しらいし こはる
あ、うん! すごく楽しいよ!
藤井くんがいつの間にかすぐそばに立っている。

近い。

さっきよりもずっと肩が触れそうなくらいの距離。

それだけで胸がどきどきと鳴り始め、落ち着かなくなる。
白石 恋桜しらいし こはる
…………。
藤井 蓮ふじい れん
…………。
何か話さなきゃ。

そう思うのに言葉が全然出てこない。

いつもなら話しかけてもらえると嬉しいのにこんなに近くにいると頭の中が真っ白になってしまう。

(どうしよう……何も話せないままだ)

そのとき
山谷 楓やまたに かえで
恋桜ちゃん!
楓ちゃんの声が響いて私は思わず振り向いた。
山谷 楓やまたに かえで
ねえ、あっちのウォータースライダー、一緒に乗りに行こう!
楓ちゃんが指を差す先には、青い空に映える大きなスライダーがそびえ立っている。
白石 恋桜しらいし こはる
うん、行こう!
助かった。
私はほっと胸を撫で下ろし、楓ちゃんのもとへ向かおうと立ち上がる。

その瞬間
藤井 蓮ふじい れん
恋桜。
また、藤井くんに呼び止められた。
白石 恋桜しらいし こはる
はい?
恐る恐る振り返ると彼は真っ直ぐ私を見て優しく笑った。
藤井 蓮ふじい れん
あとで、俺と一緒に乗ろう
白石 恋桜しらいし こはる
えっ?
藤井 蓮ふじい れん
ウォータースライダー。二人で
白石 恋桜しらいし こはる
あ……うん! いいよ!
その言葉を聞いた瞬間、また胸がきゅん。

甘く強く高鳴った。
藤井 蓮ふじい れん
じゃあ、後でね
白石 恋桜しらいし こはる
うん、絶対!
私は慌てて頷くとその場を後にして楓ちゃんのもとへ駆け寄った。
山谷 楓やまたに かえで
恋桜ちゃん、どうしたの? すごく慌ててるじゃない
白石 恋桜しらいし こはる
な、なんでもない! 全然平気だよ!
山谷 楓やまたに かえで
ふーん?
楓ちゃんは何かを感じ取ったように意味ありげな笑みを浮かべて私を見つめる。
山谷 楓やまたに かえで
な、何なの?
白石 恋桜しらいし こはる
別にー? 何でもないよっ
絶対、何か気づいてる。

私は顔をそらして誤魔化すようにスライダーの方へ歩き出した。

だけど、さっきの藤井くんの言葉が頭の中から離れない。

『あとで一緒に乗ろうよ』

たったそれだけの言葉なのに。
夏の暑さのせいなのか、それとも藤井くんのせいなのか。
私の頬は、ずっと熱いままだった。
山谷 楓やまたに かえで
恋桜!
白石 恋桜しらいし こはる
ん?
楓ちゃんに呼ばれて振り返ると彼女は大きなウォータースライダーを指差していた。
山谷 楓やまたに かえで
ねえ、あれに乗りに行こう!
白石 恋桜しらいし こはる
うん、行こう!
楓ちゃんと一緒に歩き出そうとしたその瞬間。
藤井 蓮ふじい れん
恋桜。
背後から聞き慣れた声が響いた。
白石 恋桜しらいし こはる
……?
驚いて振り返ると藤井くんがそこに立っていた。

藤井 蓮ふじい れん
さっき、一緒に乗ろうって約束しただろ?
白石 恋桜しらいし こはる
あ……っ
そうだった。すっかり頭から抜けていた。
白石 恋桜しらいし こはる
うん、そうだったね
藤井 蓮ふじい れん
よかった。じゃあ、行こう
藤井くんが柔らかく笑う。
白石 恋桜しらいし こはる
う、うん……!
私は慌てて頷くと彼と並んでスライダーの階段を上っていく。
隣に藤井くんがいる。ただそれだけのことなのに

ドクン。

心臓が大きく鳴った。

(落ち着いて、私。まだ滑ってもいないんだから)

自分に言い聞かせても鼓動は一向に収まる気配がない。
藤井 蓮ふじい れん
恋桜?
白石 恋桜しらいし こはる
なに?
藤井 蓮ふじい れん
緊張してるの? さっきからずっと静かだから
白石 恋桜しらいし こはる
えっ!? ち、違うよ!
絶対、顔に出てる。そう思うだけで余計に頬が熱くなる。
藤井 蓮ふじい れん
そう?
藤井くんはそう言って私の顔をそっと覗き込んでくる。
白石 恋桜しらいし こはる
……っ
近い。

まただ。

藤井くん、いつもこんなに近い距離にいるなんて……。
藤井 蓮ふじい れん
じゃあ、そろそろ行こっか
白石 恋桜しらいし こはる
うん
いよいよ私たちの番が来た。
藤井 蓮ふじい れん
恋桜、先にどうぞ
白石 恋桜しらいし こはる
えっ?
藤井 蓮ふじい れん
もし怖かったら、途中で言っていいからね
白石 恋桜しらいし こはる
大丈夫だよ
そうは言ったものの全然、大丈夫じゃない。

怖いんじゃない。

藤井くんと一緒だから心臓がもたないだけ。

二人で並んでスタート地点に座る。

藤井 蓮ふじい れん
じゃあ、行くよ
白石 恋桜しらいし こはる
う、うん!
次の瞬間
白石 恋桜しらいし こはる
きゃっ――!
勢いよく滑り出した。

水しぶきが顔にかかり、風が髪をなびかせる。
白石 恋桜しらいし こはる
わぁぁ……!
本当はすごく楽しいはずなのに。

隣にいる藤井くんのことが気になって思い切り楽しめないでいる自分がいる。

そっと横を見ると藤井くんが気持ちよさそうに笑っていた。
藤井 蓮ふじい れん
恋桜、楽しそうだね
白石 恋桜しらいし こはる
……っ!
また心臓が跳ね上がる。
ドクン、ドクン。

水の音よりもスライダーの勢いよりも自分の鼓動のほうがずっと大きくてうるさい。

(もう……ダメだよ)

全然、集中できない。
藤井 蓮ふじい れん
恋桜!
白石 恋桜しらいし こはる
な、なに!?
藤井 蓮ふじい れん
大丈夫? 顔、すごく赤いよ?
白石 恋桜しらいし こはる
プールだから!
藤井 蓮ふじい れん
プールだから赤くなるの?
白石 恋桜しらいし こはる
そ、そうだよ!
自分でも苦しい言い訳だと分かっている。

藤井くんは少し不思議そうに私を見ていたけれど
藤井 蓮ふじい れん
そっか
そう言ってふわりと笑った。

その笑顔を目にした瞬間――また胸がドクンと高鳴った。

(……もう、無理だよ)

ウォータースライダーのスピードなんて全然怖くない。
水しぶきだって、なんてことない。

ただ隣にいる藤井くんのほうがずっとずっと私の心臓に悪いんだから。
ウォータースライダーから戻ってきても私の心臓はまだまだ落ち着く気配がなかった。

水に濡れたせいじゃない。
あのときの藤井くんの笑顔が私を気にかけてくれた柔らかな声がそして肩が触れそうな距離のときめきが頭から離れてくれないから。

今までずっと「どうしてこんなに気になるんだろう」って、自分の気持ちが分からないふりをしていた。
だけどもう、はっきりと分かった。

私は、藤井蓮くんのことが好きなんだ。

自分の心の中をちゃんと見つめた瞬間、不思議なくらい胸の中がすっきりとして温かい気持ちになった。

私の初恋の人は藤井くんになったの。

白石 恋桜しらいし こはる
ねえ、楓ちゃん
山谷 楓やまたに かえで
うん? どうしたの?
 
私は少しだけ緊張しながら真っ直ぐ楓ちゃんの目を見て言った。
白石 恋桜しらいし こはる
私ね……藤井くんのことが好きなの
山谷 楓やまたに かえで
……!
楓ちゃんの顔がぱあっと明るく輝いた。
山谷 楓やまたに かえで
やっと認めたね! おめでとう!
白石 恋桜しらいし こはる
やっぱり、バレてた?
山谷 楓やまたに かえで
もちろん!

だって恋桜ちゃん、ずっと蓮のことばかり見てたもん
白石 恋桜しらいし こはる
はずかしいよ……
思わず両手で顔を覆うと楓ちゃんは私の背中を優しく撫でてくれた。
山谷 楓やまたに かえで
でも、本当によかった。

恋桜ちゃんがちゃんと自分の気持ちに気づいて
白石 恋桜しらいし こはる
うん。
楓ちゃんだって、きっと颯汰くんのことが大好き。

同じように胸をときめかせる人ができた。

私たちは、同じ夏に恋をしたんだね。
山谷 楓やまたに かえで
お互いの恋が両方ともうまくいくといいね!
楓ちゃんが太陽のような笑顔でそう言ってくれたから私も負けじと笑って頷いた。

白石 恋桜しらいし こはる
うん! 絶対そうなろうね!
青い空の下、きらきらと水しぶきが輝くプール。

水の音とみんなの笑い声が響く中で私たちの恋の話はまだまだ続いていく。
山谷 楓やまたに かえで
それじゃあ次は恋桜ちゃんが藤井くんとこれからどうなりたいか詳しく聞かせてもらうよ!
白石 恋桜しらいし こはる
えっ、まだ聞くの!?
山谷 楓やまたに かえで
もちろん! 作戦会議はこれからが本番だよ!
白石 恋桜しらいし こはる
もう、楓ちゃんったら!
はじけるような笑い声が夏の空に響いた。

私の初恋は、やっと始まったばかり。

この夏が終わる頃には、私はいったいどんな恋の気持ちを知っているのだろう。

今まで知らなかったたくさんのときめきをたくさんの優しさを藤井くんと一緒に少しずつ知っていけたらいいな。

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