ーー高校時代ーー
少し日は流れ、7月になる
フジは川北さんに告ったが、川北さんはまさかのあなたの下の名前に惚れたらしく、玉砕していた
対する俺は特になんの恋愛的進展もないまま夏休みへ突入してしまった
……いや、全く進展が無いわけではないのか?
頑張って話しかけた結果、普通の友達程度には仲良くなることができた
フジたちが言っていた通り仲良くなるにつれて彼女の口数は増えていったし、表情も豊かになった
でも、たぶん「ただの友達」なんだろうな
まだまだ他人行儀な感じだし、向こうから話しかけてくれることもほとんどない
部活終わりのミーティング、部長の号令に続いてみんなが挨拶をして解散する
やっべ、考えごとしてたせいで全然聞いてなかった
誰かに聞こうかと思ってキョロキョロしていると、グラウンドのすこし離れた場所でドリンクのタンクを一生懸命運んでいるあなたの下の名前が目に入る
思わず駆け寄って声をかけた
言われた通り洗濯カゴを運ぶ
1枚1枚は軽くても、部員全員分のビブスが入っているのでかさばるし少し重い
これをひとりで洗濯して乾燥してくれているのかと思うとありがたさが込み上げてくる
いや、これだけじゃない
グラウンドの片付けとか、部室の掃除とか、物品の用意とか、俺たちが練習してる間に彼女は裏で忙しなく働いている
それなのに部員それぞれのこともちゃんと見てて……
すげぇ
素直にそう思う
運んでいた物を置き、またグラウンドに戻って今度はボールの入ったカゴやカラーコーンを倉庫へ戻す
普通の女子ならこういう時勝手にキャピキャピして話しかけて来るんだけど、あなたの下の名前はそうはいかないんだよな
女子ってすげぇよ
俺全然話せねぇよ
日に当たって赤くなった彼女の頬を汗が伝っていた
そういえば日に弱いと言ってた気がする
それなら文化系の部活に入ればよかっただろうに
俺きっかけで入部したものの、本人は俺に興味なさげ…
俺に近づいてくる女子に恋できたらこんな苦しいことなんてなかったのか?
いや、彼女がそうじゃないから好きになったのに
馬鹿な考えだ
倉庫の鍵を閉め、サッカー部の準備室に戻ってくる
まだ仕事あるんだな
「変なの」とでもいいたげな表情で彼女は作業を続ける
そう言われて乾燥機を開けてみた
中には乾いたビブスが詰まっていて、扉を開けた拍子に何枚か落ちそうになって慌てて受け止める
俺は言われた通りビブスを1枚ずつ手渡し、彼女はそれを手馴れた動きで畳んで色ごとに重ねていく
綺麗に畳まれた洗濯物には、適当そうに見えて実は真面目な彼女の性格が現れていた
黙々と洗濯物を片付けていく彼女の横顔を見ていると、やっぱりかわいいなと思う
そんなことを話しているうちに作業はあっという間に終わってしまった
この時間が終わりに近づいているのが少し寂しい
いつもスポドリを入れているタンクを指差す
俺はタンクを水道に置き、蛇口に手をかけて捻った
次の瞬間、水道から勢いよく水が流れて思いっきり周囲に飛び散った
俺は慌てて水を止めたが、すでに身体も髪もびしょびしょだ
俺が身体や頭を拭いている間にあなたの下の名前はサッと濡れてしまった数枚のビブスを干し、周りも拭いてくれた
作業の終わった彼女と目が合い、ついタオルで顔を隠してしまう
あーーー、どんくさいやつって思われたかな
余計なことしちまったな……
タオルで顔を覆い、ため息をついて項垂れる
すると彼女の声が聞こえた
おずおずと顔を上げる
彼女の目はまっすぐと俺を見ていて、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ
その瞳は怒っている様子も、がっかりした様子もない
なにを言われるのか分からなくて緊張してしまう
いま、なんて?
「「「好きです」」」??????
なんで今?
そもそもそれは一目惚れって言うのか?
え、急に無量空処しないでほしい
俺がぼけーっとしたまま返事をすると、彼女は嬉しそうに笑った
夕日の差し込む準備室
びしょ濡れの俺と、いたずらに微笑む彼女は付き合うことになった
俺の頭は終始追いついていなかった












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!