第7話

運命
48
2025/10/12 12:35 更新
子どもの頃、柴さんは学校に通っていない俺のために本を持ってきてくれた。子ども向けの絵本から始まり、童話集、図鑑、流行りのライトノベル、教科書に載っている名作……いろんなジャンルの本を家に来るたびに持ってきてくれて、俺はそれらの本からいろんな世界があることを学んだといっていい。


どの本の世界も俺には新鮮で、夢中になって読んだ。
次に来てくれた時に感想を伝えることが1番の感謝になるとも思っていたし。


でも柴さんが来るのはいつだって突然で、前触れがない。1週間やそこらで来ることもあれば、1ヶ月以上来ないこともあった。定期的に来てくれるけれど、スパンに規則性はなかったので、俺は柴さんがいつ来ても前回くれた本の感想を言えるように、受け取ってから2、3日で読み終えるようにしていた。


覚えている限りで、最初に柴さんがくれた本は「シンデレラ」だった。子ども向けに挿絵がふんだんに使われたもので、平仮名だけで書かれていた。今思うと、このチョイスは男児にあげる1冊目の本ではないような気がする。……女の子向けの内容ではないかと思う。でも、当時の柴さんがいろいろ悩んで選んでくれたのだろうからうれしいし、書店で悩んでいる姿を想像するとなんだか少し面白い。


初めてもらった「シンデレラ」の表紙は、片方しか靴を履いていないドレスを着た女の子が階段を駆け上がっているイラストだった。山奥で父さんと2人暮らし、たまに来る客人は柴さんだけだった俺は、同じ年頃の女の子に会ったことなんてなくて、母親もいなくて、だから表紙の女の子の絵が、俺にとって「女性」のイメージとして強く印象に残った。


物語にも引き込まれた。残されたガラスの靴から1人の女性を見つけるということが実際にできるのかはさておき、舞踏会で出会って、ただ1度ダンスした女性を運命と信じるということに幼いながらに胸をときめかせた。


ガラスの靴は運命を見つけるための大事な手がかり。
たった1度会っただけで、運命だと思える出会い。
そんなことが、俺にもあるのかもしれないーー。



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ヒナオさんからとある企業が妖刀につながる情報を持っているかもしれないという連絡を受け、真偽を確かめるために俺は単身で件の企業に潜入していた。


企業はいわゆる結婚相談所。


「貴女もシンデレラになれる」


そんなキャッチフレーズを広告に掲げ、カウンセリングで得た好みや性格からマッチする男性を紹介する。表向きはただの結婚相談所だが、相談にやってきた女性たちのうちの何人かを監禁し、秘密裏に女性を売り捌いている……その売買に噛んでいる組織が妖刀に関する情報を持っているかもしれない。


企業は10階建て雑居ビルの地下2階から3階に入っていて、柴さんは相談所に登録する男性役として1〜3階の調査をしている。俺は清掃員として潜入し、地下1,2階を調べる手筈だ。


筒がなく調査は進んだ。空振りだ。なんの手がかりもない。バックにヤクザものがついているようではあるけれども、妖刀絡みの情報は持っていないだろう。


しかし、女性を監禁しているところを、目撃した以上、野放しにはしておけない。


俺は「清掃を終えたので失礼します」と社員に告げ、地下を去るそぶりを見せる。囚われた女性が、俺に助けをまとめるように視線を送っていた。無視するふりをして、背を向ける。瞬間、背後に感じる殺気。気づかれていたか。俺は清掃道具に紛れ込ませていた淵天を素早く手に取り、振り向きざまに抜刀する。


「涅」


向かってきた数人を一振りで片づける。
驚いた様子の女性に近づき、「大丈夫ですか」と声をかけながら自由を奪っている縄を解く。


「あ、あの、ありがとうございます」


震えながら礼を言われた。助けたとはいえ、俺も人殺し。怖がられて当然だ。


「奥からまだ来ます。狙いは俺です。あなたは隠れて、隙を見て逃げてください」


無言で頷くのを確認して、俺は立ち上がる。すぐにヤクザなのかゴロツキなのかわからないような奴らが部屋に入ってきた。思っていたより、数が多いな。気を引きつけるように「涅」で何人か仕留め、地上への階段を駆け上がる。
足を止めることなく振り返ると、彼女と目が合った。



(ありがとう)



そう唇が動いた。



彼女が無事、逃げられればいいがーー。



一瞬気を取られたのか、追っ手の使った妖術に足を取られた。すぐさま振り払うーー。



あ。靴が。




ーー脱げてしまった。



けれども、リスクをおかして取りに戻るなんてことは愚の骨頂。俺は振り返ることもなく、階段を駆け上がり地上に出た。先に調査を終えていたらしい柴さんと合流。すぐさま車に乗り込み、追っ手を巻いた。




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ーーそんなことがあったのが、1ヶ月前。


そして、今、目の前にいるのは助けた女性。
 

「やっと見つけました、あなたが私の運命です」


「いや、あの」


「探しました。必死に」


「えっと」


「シンデレラになるのは私じゃなかった。私が王子様だったんですね」


1歩ずつ近寄ってくる女性。
斬りかかりたい衝動に駆られるが、彼女は悪党ではない。これは悪意ではなく、好意からの行動なのだ。
また1歩、距離を詰められる。俺はその分後ろに下がるが、すぐに壁に背がついてしまった。



「さぁ、手を出して。誓いましょう」


差し出された手を振り払う。
瞬間、力が抜けてしまった。突然の脱力感。
立っているのがやっとだ。



「何をしたんだ」



「妖術ですよ。ただ触れた相手を脱力させるだけの妖術ですけどね。今ほど感謝したことはないです」


油断していた。だめだ。自分ではどうしようもできない。力が抜けてしまう。淵天も握れないなんて。



「さぁ、シンデレラ。一緒に踊りましょう」



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