1942年冬。クレムリンの奥深く、重厚な扉の向こう側。
そこには、立ち込める煙草の煙と共に、国家の絶対的意志――スターリンが座っていた。
「……不快な音だ。少女たちが奏でる『独立』などという幻想は」
その低く冷酷な声が、跪く16人の少女たちの頭上に降り注ぐ。
「アリサ、シェリー、ハンナ、ナノカ……残りの13名は全員、シベリアのラーゲリへ送れ。……国家を乱した『害虫』として、な」
「ふざけんじゃねぇッ!!」
アリサが咆哮し、ハンナの紅茶のカップが粉々に砕ける。だが、監視兵たちに押さえ込まれ、彼女たちは闇へと引きずられていく。
「……そして、桜庭エマ少尉。貴様は最前線へ突き出す。……弾除けの肉塊として、その醜態を晒せ」
「……ヒロちゃん……助けて……!」
エマの悲鳴が響く。だが、隣に立つ二階堂ヒロは、虚空を見つめたまま動かない。
「……ヒロ、そしてユキ。貴様らには、より『正しい』論理を上書きしてやろう。……『桜羽エマ』などという不純物は、最初から存在しなかったのだ」
――キィィィィィィン!!
耳を刺すような高周波のノイズが、二人の脳を焼き切る。
赤い万年筆で刻まれたエマとの記憶が、ドニエプルの濁流よりも速く、真っ白に塗り潰されていく。
数時間後。
NKVDの事務所へと向かう廊下を、軍靴の音を響かせて歩く二人の姿があった。
「……ユキ。次の粛清対象リストを確認した。……非効率な分子は排除すべきだ。私は間違っていない。そうだろう?ユキ。」
冷徹に語る、NKVD高官・二階堂ヒロ。
「……ええ、ヒロ。本部の指示通りに動くのが、私たちの正しさですから。……でも、さっきラーゲリへ送られた囚人たち……どこかで見たことがあるような気がしませんか?」
同じく記憶を書き換えられたNKVD高官・ユキが、ふと足を止める。
「……気のせいだろう。……さっ、行くぞ。事務所で、新しい粛清対象が待っている」
二人は、自分たちが今しがた「戦友」を地獄へ送り出したことすら気付かぬまま、無機質な事務所のドアを開けた。
そこには、エマがかつて座っていた椅子も、ノアの描いたクマさんの絵も、何の痕跡も残っていなかった。
1944年冬。シベリア奥深くの強制収容所(ラーゲリ)。
極寒の中、ソ連邦英雄の狙撃手黒部ナノカは、有刺鉄線を前に静かに息を潜めていた。
「……ワタシの視界に、逃げ場はない。……脱出成功率は限りなく低い。……だが、ゼロではない」
研ぎ澄まされた狙撃手の「目」と、さっき監視兵(死亡)から拝借したモシン・ナガン狙撃銃が脱出を助ける。
「……ターゲット、確認。……正しくない武力行使は、ここで終わらせる」
ナノカの放った一発が、収容所の監視塔に立つ監視兵の頭を正確に撃ち抜き、彼は言葉を発せないまま雪原へと崩れ落ちた。
数日後。モスクワ市内のNKVD高官事務所。
「ヒロ。この『黒部ナノカ』という囚人。脱獄したようですね。…ですが、彼女の戦果、非常に優秀ですね。ソ連邦英雄の称号を持つほどの実力者だったとは…それなのに更迭するとは…上は前線の士気が下がるって思わなかったんですかね。」
ヒロは、感情の乗らない声で報告書を読み上げる。
「……ああ、ユキ。でも、その名前、どこかで聞いたことがないか?」
隣に立つユキが、記憶のノイズに頭を抑える。
その時、窓ガラスが音もなく割れ、一本の銃弾がヒロの机の前に突き刺さった。
その銃弾には、小さな紙片が結ばれている。
『第8軍…』
「……っ!?」
ユキの体が震えた。第八軍。それは、元々私たちが配属していた前線部隊の名前であり、彼女たちの絆を結ぶ言葉だ。
「……これは、何かの暗号ですか、ヒロ?」
「……わからない。…だが、この狙撃手の腕前、『黒部ナノカ』に匹敵する」
ユキは、落ちていた紙片を拾い上げた。
その紙片の裏には、赤い万年筆でこう記されていた。
『――貴方たちの記憶は、嘘で塗(まみ)れている。』
ナノカの真実の弾丸は、記憶という硬い装甲を打ち破り、ユキの心臓へと突き刺さった。
忘却の支配する世界に、小さな、しかし確かな「不協和音」が鳴り響いた瞬間だった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。