─── 水俙の長女。五条悟に見放されてるらしいぞ
─── ああ。まあそうだろうな。
─── 可哀想に
─── 一切相手にされないとは
─── 水俙も落ちたものだな
─── 哀れだ
─── うちの娘はどうだろうか。
─── どうせ水俙はないだろう?
─── いや、前妻が水俙になるのは当然だろ。
─── まあ家紋の地位は圧倒的だしな。
─── 後妻はどうだ?
─── それより後妻で五条悟の寵愛を狙った方が
─── 水俙が愛される事はないのだから
見下されるのは嫌いだ。蹴ざまれるのも嫌いだ。
こうして、同情と、それを上回る面白みたさの見物人も。
皆大嫌いだ。
何故ならば彼らは、人の不幸を一丁前に同情していながら、影ではそれを話の種にしかできない。
『可哀想』その哀れんだ言葉の裏では、他人が不幸だという状況を楽しんでいる。
そんな軽薄で、薄汚れた人間達が、
「何も言わずに。もう、あなたちゃん困ってるでしょ?ぶふっもう無理限界www。悟顔真っ赤すぎるよww」
「くっくっくっ。五条。何か言ってやれ」
「彼女が可哀想だろ悟。早く言った方がいい」
心底大嫌いだ。
政略結婚だった両親の間に愛なんてものは存在しなかった。
家族で食卓を囲んだことなんてない。
父は母を愛していない。母は父を愛していない。
両親は私を愛していない。
いくら広すぎるといっても、同じ家で住んでいるにも関わらず、一度も顔を合わせたことの無い両親。
愛なんてものが生まれる訳が無い。
所詮家族なんてそんなものだろうと、気にも止めていなかった。
だけど違った。
物語の中の家族は、お互いを愛し合い、愛した末に生まれた我が子を何よりも大切に思い、傍を離れないらしい。
母親の手作りご飯を朝晩と共に食卓を囲み、食事中に雑談なんて行儀の悪い真似をするそうだ。
母親は娘の髪を結い、共に服や装飾品を買いに出かけ、父親は息子と外で追いかけっこをし、時として厳しく叱るそうだ。娘の場合は、娘が嫁入りする時は涙を流して悲しみ、そして喜び、結婚相手を見定める。物語の中では、そんな父親が多かった。
自分の両親とは余りにも違うその事実にも、きっとうちの家が可笑しいんだな。その程度の認識。
十三の時、母親は妹を産んで直ぐに死んだ。
葬儀で初めて見た母は美しかった。
それと同時に、冷たく哀れだった。
初めて見る父親の顔は酷く冷たく、無表情で御託を並べて、涙ひとつ見せずに去っていった。
勿論、こちらを一瞥もせずに。
母親が死んで急遽翌日に決まった婚約。
相手はかの有名な六眼と無下限術式を合わせ持った天才五条家次期当主様。
期待していた。当時十三だったんだ。
恋心を憧れていた時期が私にもあって、それが丁度その時だっただけ。
私は両親の様にならない。
絶対に自分の子供にこんな悲しい思いなんてさせない。
婚約者とやらとは上手くやって、愛し合って、結婚式では『政略結婚ではなく恋愛結婚なんだ』と大きな声で叫んでやる。
そんな夢は直ぐに壊れる事になった。
母が死んで、次の日には婚約が決まって、そのまた次の日は婚約者に婚約破棄を突きつけられ浮気される。
我ながら壮絶な出来事がたった三日だったと思う。
一年経って、婚約者様の浮気にも直ぐに慣れた。
無駄だと知っていれば、はなから期待なんてしなかった。
『あやたか・・・うめえよな』
勝手に期待して、勝手に喜んで、勝手に失望して。
馬鹿みたい。
──────────────────
二日目。団体戦。
本来ならば一日目に行われる団体戦も、一日目が悪天候の為二日目に延期になった。
昨晩は良く眠れた。
建前上の婚約者が最後までクズのおかげで決心が着い
た。
寧ろ彼の非常識っぷりには感謝している。
これで心置き無く忌み嫌う事が出来るのだから。
私に避けられても仕方の無い事をしたのは彼なのだから、私が堂々と彼を避けても誰も咎めない。
正に天国である。
「食堂もそろそろ飽きたな〜。朝ご飯とか特に魚ばかりだし」
「ご馳走された食事に文句をつけるのは関心しないよ」
「その通りですけど、私は冥さんの様に行かないんですよ。私朝はパン派ですし」
パン派か魚派で戦争をしている先輩二人に挟まれて食堂に行けば、どうやら一番乗りだったようだ。
三種類ある内のCランチを頼み、プレートの上に箸やドレッシング等を準備していれば、夏油さんと共に頼りない足取りでやってきた五条さん。
心ここに在らずといった顔で遠くを見つめ、その顔は真っ青に染まっている。
体調でも悪いのだろうか。私が気にする事ではないけど、一応先輩二人に伝えておいた。
「五条さん、体調不良ですかね。だとしたらそっちの方向で戦略建て直しますか?」
小さな声で耳打ちすれば、歌姫先輩にまじかよといった顔で見つめられた挙句に『あんたそれ素?』と尋ねれたので『何がでしょうか』と返せば溜息と共にはぐらかされた。
あのまま放置しておけと釘を刺されたので、その通りに従った。
よく分からない時は先輩の言いつけを素直に守るのが得策だし賢いだろう。
「魚は美肌にも健康にもいい。それに比べてパンはカロリーや不要栄養分が余りに多い」
「いいえ。その恐ろしいものたちを耐えてでも食べたいと思える程魅力的なものが、パン!です!」
席について、未だパン派か魚派の話をしている先輩達の話に加わって楽しく雑談を交わしながら食事をした。
中盤で直哉が隣の席に座り同じく話に加わってきた事を除けば、有意義な時間を過ごせた。と思っていた。
プレートを持ち、直哉が付き纏ってくる事に決して疑問を抱かずに片付けて、食堂の叔母様に礼を言えば、五条さんが再度頼りない足取りでやってきた。
俯き、口を開けては閉じを繰り返す五条さんに、何を言い出すのか、反射で直哉を盾にする様に後ろに隠れて次の言葉を待ったが、音沙汰はない。
少しだけ覗き見ると、重い空気を背負いしゃがみ五条さんの姿。
昨日の今日で話しかける気にはならないので、哀れな五条さんを煽るべく口を開こうとする直哉が余計な事を言ってしまう内に、『行こう』と連行した。
その後に行われた団体戦は京都校の勝利に終わった。
一番厄介だと思われた五条さんが、開始の合図の後も『動かず喋らず』状態だったらしい。
夏油さん達が使えないと判断したのか、直哉が森の隅に隠されていた放心状態の五条さんを見つけ、担いで場外に出したそうだ。
その間も一切抵抗が無かったとか。
二番目に警戒していた夏油さんを私と冥先輩で何とか食い止め、三番目の強敵は直哉に足止めを頼んだ。
その間に歌姫先輩等が目的の呪霊を祓う。
決めた戦略とは少し変わってしまったが、私と冥先輩が負けてしまうだろうギリギリで、先輩方が呪霊を祓って下さり団体戦は終わった。
勝利したとはいえ、特級呪霊よりも強い特級呪術師を相手にしたのだ。
左腕の二の腕から肩にかけてはエグられ、左の耳も半分持っていかれた。
お腹には全てを覆い尽くす程の大きな痣。
右の脹ら脛はぱっくり切れて血が止まらない。
きっと私が誰よりも重症患者だ。
夏油さんの術式上本人の意思で手加減というものが出来ないから仕方がないのかもしれない。
頭真っ白の放心状態だと有名な五条さんに目をやれば、噂通りぼーっと遠くを見つめていた。
こちらに気づいたと思えば、サングラスはズレ落ち、碧の瞳と口を大きく開いてこちらを凝視している。
次第に顔は青くなり、紫になり、危ない色になり、泣きそうな顔をしてこちらにズカズカと近づいてきた。
急に制服を脱ぎ出したと思えば、次の瞬間に宙に舞う体についていけず、顔を上げれば五条さんの焦った顔。
先程脱いでいた五条さんの制服を、渡され、『抑えとけ』と左腕に巻き付けてくれた。
いつもなら近づけば真っ赤にして怒るのに、そのいつも以上に顔が近い今は怒らないらしい。
いわゆる本で読んだお姫様抱っこというやつ。
それを経験するのは初めてだ。
何か口を入れる前に、五条さんは共用スペースで夏油さん達と休んでいる硝子の所へ送ってくれた。
「治せ硝子!早く!血!血が!血が、酷いんだ!」
「お、おう。とにかく降ろしてやれ」
ソファに降ろされ、寝転ぶ私の横に跪く家入さんと、その横で『早くしろよ。死んじゃうだろ!』と何度も繰り返して、何故か私以上に焦っている五条さん。
初めて目の前にする反転術式に、おおっと感嘆の声を上げれば、家入さんは涙袋をぷっくりと膨らませて微笑んだ。
色気溢れる男前の微笑は、女の私でもときめいてしまった。
多少の傷は残るらしいが、徐々に消えていくそうだ。
「ありがとうございます家入さん」
「おお。まあうちの夏油がやったみたいだしな。悪いな、手加減が出来ないクズ野郎でな」
「文句があるなら呪霊に言ってくれないか」
「でもペットは飼い主に似るって言うし」
「一希もこういってるじゃないか。観念しろ夏油」
私が家入さんに治療してもらっている間に、急に我に返った五条さんは直ぐに部屋の隅に体育館座りをし始めた時は驚いたが、それは現在進行形のようだ。
三人に改めてお礼と別れを述べて、隅で魂の抜けている五条さんの方へと足を進める。
「五条さん」
五条さんの目線に合わせるように、しゃがみこんで名前を呼べば、『なっ、な · · · · · に』と、か細い声で反応してくれた。
今までされてきた事を許す訳では無いけど、それでも今日は必死になって運んでくれた。
この事については頼んではないが感謝はしている。
何故助けてくれたのかは分からない。
「わざわざこんな所まで運んでくださって、ありがとうございます」
「は、ぇ· · · · · 」
プシュー、という良くある効果音の如く五条さんの顔は見る見る真っ赤に染る。
私の左腕に面した制服には、大きな赤の染みがついて、最早変色している。
急いで水につけて洗えば、制服の素材的に何とかなるだろう。
私の制服のついでに洗わせてもらおう。
「制服に私の血がついてて、良ければ洗わせてください。私の制服とついでですし、明日の朝には間に合わせるので」
「ぁぁ」
「それでは、ありがとうございます」
最後まで目も合わせずに俯く彼にはもう期待も何もしていない。
私が通りすがるだけで真っ赤にして激怒する。
話しかければ沈黙の後に付け足す曖昧な返事。
目も合わせず、話を繋げようともしていない。
私との話を早く終わらせたいのだろう。
私とは話したくも、関わりたくも、目すらも合わせたくないのだと。
そう分かりやすく態度で示してくれているので、こちらからは喜んで必要最低限関わらないように配慮するのだから、私が今ここで制服を洗い彼に返して、そこで私達の接点は終了。
どうせ婚約は破棄されるのだし、ただの同じ界隈にいる先輩と後輩に降格という名の昇格だ。
もう関わる事もないので安心してください。と彼に直接言いたいほどだ。
けれどそれを言ったところで私が感じの悪い人間扱いをされても困る。
私が心から嫌う彼の制服をわざわざ洗う理由も同様だ。
洗面所で私と五条さんの制服を水に漬けた後、洗い、私の使用している洗剤と共に洗濯機へドボン。
洗濯干し場に干して、食堂へ足を運んでいる最中、廊下で一人の男がしゃがみ込んでいた。
身長故か座高が高い白髪グラサンの男。一人しかいないだろう。
見るからに落ち込んだ様子で、両腕に顔を埋めている。
正直言って関わりたくない。彼も関わってほしくはないだろう。
それでももし、彼が気を失っていたら?
体調不良で動けない状態だったら?
流石にこの状況は、見て見ぬふりができない。
それに、彼は私がボロボロの所を必死になって運んでくれた。
理由は未だ不明だが、今日助けてくれたばかりの彼を見捨てるのは私まで悪くなりそうで、声をかけた。
というより、肩に手をポンッと置いて、起きてるのかを確認しようとしたのだが、勢いよく手を振り払われたと思えば、
「だから、関わんなって!」
と、心底うざったそうに顔を顰め眉間に皺を寄せ、叫ばれたのだ。
私だと気づけば、これまで以上に顔を青くして、そして口を開け閉じのお決まりのくだり。
初めて彼が、私の目を見て、きちんと声を張って、真剣な表情で伝えた言葉。
それが彼にとっての心からの本心で、今までずっと想っていた事なのだろう。
「体調不良かと思いまして、声をかけたのですが。図々しくすみませんでした。これからは控えます」
ああ。つくづく彼は、私を心底不快な気持ちにさせる。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。