第二章 技術者
“私の名はミラージュ。何故この手紙を書くかと言われれば、この戦争が終わったときに戦争の悲惨さを伝えるためだろう。どうやら今日は、また亡命しようとしたやつが撃ち落とされてこの牢獄に入れられるらしい。今度は一体どんな野郎が来るんだろうか。なんでもそっちのお偉いさんだったって話じゃないか。また爆撃が来る。それも自国からだ。こんなハリボテの滑走路を作って敵基地と誤認させて殺そうとしてる。一体どうなってしまったんだ?姉さん、この国は。 ラーチへ“
狭いハリボテの滑走路に1機の機体が降りてきた。私が整備してやったというのにひどい有様だ。でもあんな戦い方をするやつは初めて見た。敵の翼を奪って無事帰還してしまうなんて大したもんだ。聞いたところによればあいつが元護衛隊の隊長だった亡命者って話じゃないか。
私は整備塔の階段を駆け下り、そいつに声をかけた。
イーグルが振り返る。いつも戦い方が雑で関節のオイルをすぐに切らす。いい加減、加減というものを考えてほしい。
名前が出てこない。コイツは確か…ベル…ベルクだ。名前を呼ぶ前にベルクは振り向いた。良い目つきだ。大戦争の世の中に絶望している目だ。私と同じように。戦争が楽しいと思ってるやつと戦争云々よりも色々と問題があるやつばかり見てきたから感覚が麻痺しているのかもしれないが、絶望している奴はまともな気がする。
作業着の着崩れた私を見ている。私は後ろの化物鷲のような機体を見てベルクを見た。
いい意味で、あの機体をあんな不格好で壊れた形にした奴は初めて見た。戦闘を熟知している。殆どの機体の構造も。そうでなければあんな事はできないだろう。
ベルクは黙って下を向く。何か言いたげだったが私は彼に一言「ベルク、また後で話がある」
とだけ言っておいて、機体の整備に取り掛かった。
機体を整備庫に運び入れる。確かに機体はひどい損傷を負ってはいるがストラのようにずさんなものではない。しっかりと構造を理解し、修理しやすいように内部損傷を起こさないように、そしてより長く戦えるように工夫して傷がつけられている。相当な手練だ。国の指揮官を守る仕事につくやつは大体そうなのだろうか?
胴体を大型のクレーンで引き上げる。足を換装するためだ。残り少ないスペアパーツを取り出し、しっかりとつなげる。不格好な機体だが、この整備のしやすさは一つほんの少しの魅力だ。右腕と左腕を修復し、後ろについた羽を外す。羽は殆ど損傷を負わずに飛行可能な状態だ…
私は工具を取り出した。整備用のものではない。改修用のもっといいやつだ。この整備庫には誰もいない。整備してくれるやつは私のもとからどんどん離れていった。元は十機ほどあった機体も今では三機ほどになっている。私のせいなのはわかっている。あいつを守れなかったのも、ここがこんな状況なのも。でも打開できるかもしれない。彼が、ベルクが協力してくれれば。
ドアが開いた。ベルクだ。ちょうどいいタイミングだ。
この機体を、あいつが乗っていた機体のように最高に仕上げて飛ばそう。今の私に見えた希望はそれだけだ。
外を見る。ずっと暗い雲がかかって見えない。が、きっと墜落した機体の残骸がたくさんあるだろう。
私は一旦整備を終え、ベルクと共に食堂の椅子に座った。珈琲の色はいつもよりも明るく見えた。明るさは変わっていないはずだが、ベルクが来ることがわかってから、ずっと暗かった雲が少し晴れた気がする。
ベルクが部屋に入り、私はもう一度整備庫に戻る。殆ど使わなかった設計用の青いシートを取り出し、設計図を書いていく。あの日あいつに見せた景色のように、最高の景色を見せるために、暗い闇の中に光を見つけるために。
夜通し設計図を書き、とりあえず今ある限界の性能のものの設計図ができた。この通りに作れば、確実にできるだろう。ただこれはあくまで使えるようにしただけだ。明日、どんな物が取れるかで話は変わるだろう。
翌朝、目を覚ますと製図部屋の椅子と机が見えた。どうやら作業疲れで寝てしまっていたらしい。私は時間を確認した。時間が正確なのかは全く分からない。それでも一定時間で一回針が動くから、この時計を中心に動いていれば全く問題はない。時計はいつもこの時計を中心に揃えているから、時間がずれることもない。
整備庫に行くと、ベルクと殱、イーグルがいた。まだ時間になっていないが問題はない。早ければ早いだけいいのだから。
殱が呆れた表情でいつものことかのように対処する。きっとそうなのだろうが。
ベルクがはっきりと聞き取れる小声で言う。もしやベルクもそれを知らなかったのか?私が見誤ったのかもしれない。
鋭い視線で話す。何故あいつはあんなに私の姉をかばおうとするのだろうか。それが護衛隊の隊長というものなのだろうか?
二人の機体がゆっくりと動き出す。私は機体の改修を急いだ。改造計画は、制御可能なジェットパックの付いた人型機だ。羽のドッキングポートを外し、羽の向きを変える。プロペラエンジンの機関部を機体に搭載されているジェットエンジンのものと入れ替える。これで少しいじればエンジンは推力を十分に生み出し、高速での飛行ができるだろう。足には尾翼に当たる部分を取り付け、ケーブルを新しくつける。コックピット内部も使っていないスティックがあったのでそれに連動するように接続した。これで羽の準備は完了だ。ベルクは機体にランディングギアを取り付ける作業をしている。構造を把握している彼なら、間違えることはないだろう。
かなり不格好にはなったが、無事に、完成した。直立二足歩行だが、胴体と足の前部には収納不可能なランディングギアが取り付けられ、足の後部には垂直尾翼と水平尾翼、背中には大きなエンジンと主翼があり、いかにも即興で作った機体のような見た目になった。
その矢先、通信が入った。管制にではなく私にだ。
コイツの何とかするは信用できない。これまでに機体を2回も内部的破壊を起こしている。入ってきて一週間とは思えない。
ベルクがコックピットに入る。ベルクは真面目だ。本当は戦いたくないのに必死に仲間を守ろうとする。私には少なくともそれができなかった。
ベルクの乗った機体をクレーンで支えながら倒す。地面を向いた状態でしっかりとギアが接地する。クレーンを外し、タキシングするベルクの機体を見送る。管制塔に急いだ。ここからの管制は二人で担当する。私が作った不格好な犬鷲は…ベルクート(Беркут)は今、ベルクの手によって飛ぼうとしている。
機体が加速していく。浮き上がる。制御はできていそうだ。私の機体はどうやらただのハリボテではないようで安心した。
ひとまず、しっかりと管制業務を果たそう。私にできることはそれだけだ。
遠ざかっていく機体を横目に、レーダーを確認する。つい先日整備したばかりの装備だ。東側の砂漠に何機か航空機がいる。人が乗っている挙動ではないからUAVなのだろう。地上まで一次レーダーの電波は届かないからどこまで殱とイーグルが損傷しているのかは分からない。
俺は機体を滑らせて飛んだ。昨日の滑空機よりも断然速い。イーグルと殱を助けなければ。眼の前に機体の残骸が見える。昨日の戦闘でできたものではない。ここでの戦争もずっと続いているんだ。国同士の戦争と同じで。
残骸の中に光る何かが見えた。あれはパルスレーザー砲だ。高度と速度を下げて右腕を伸ばしレーザー砲を掴んだ。残弾は4発、一発でも外せば倒せなくなる。
また高度を上げ砂塵嵐から抜け出す。上空に黒い機体を発見する。レーザー砲は距離減衰があるからもっと近づかないと。スロットルを上げ機体が加速する。上空の1機にロックオンして一発撃ち込んだ。鴉が墜ちていく。1機撃墜し次の機体に舳先を合わせる。
方位を変更する。エルロンとラダーがゆっくりと確実に動き安定した飛行ができた。機体の操縦に問題はない。ならただ戦うだけだ。仲間のために。眼の前に2機のUAVとイーグルの機体が見える。俺はレーザーを一発隙を見つけて撃ち込んだ。
イーグルが叫ぶように警告する。後ろから大量の機関砲の嵐を受ける。急に旋回して機体は空中分解しないだろうか?そんな事を考えても生き残れない。俺は思いきり機首を引き上げた。エレベーターが激しく動く。それでも機体は分解せずに飛び続ける。後ろを取った!今だ、一発くらわせてUAVが墜ちていく。あと1機。一体どこにいる?速度を下げて機体の向きを正常に戻す。エンジンでホバリングして周りを見渡す。敵はいない。一体どこに…
突然衝撃とともに雷撃が機体を直撃した。エンジンの熱制御装置に異常が出る。上を見上げるとそこにはあの黒と朱の機体と同じ型の機体がいた。
雷撃銃を持ったその機体はこちらを狙ってきている。変形して尾翼になる場所にサラス帝国の紋章が書かれ、雲の下に浮かんでいる。スロットルを最大にして敵と交戦する。あるのは腰の短剣とレーザー砲だけ。逃げるのは簡単だが監獄が見つかれば東海王国だけでなくサラス帝国とも戦うことになる。正規軍を装って戦うしかない。
管制からミラージュの鋭い声が届く。殱が戦おうとするイーグルを抑えて帰還する。そちらを狙われないようにレーザー砲を一発肩に当てて注意を引く。これでもうレーザー砲は使えない。相手が巨大な剣を振りかざす。姿勢制御装置を目いっぱいまで使ってギリギリで回避する。この機体では長く持たないだろう。ならこの機体の強みを活かして戦おう。
俺はスロットルを最大にしてまた羽で飛ぶようにする。だが今回は上空に向かって飛行するのだ。相手はしつこく追い回してくるだろう。この機体の強みは羽が大きく安定性が高いことだ。上空には乱気流域と俺が撃墜された相手のミサイル設備がある。そのミサイルを起動させて相手を墜とす。
乱気流で機体が揺れる。国境付近に出て下からのミサイルにロックオンされる。乱気流で安定性を失った相手の機体の後ろに付けば相手は回避できないだろう。
ミサイルが当たる十秒前、機首を思いきり上げてコブラ軌道を取る。ミサイルはそのまま真っ直ぐに向かってくる。行ける。このままの軌道では相手に確実に当たる。
「ドン!」ミサイルが相手にあたり爆発する。だが墜ちていく機体の残骸が見えない。通り過ぎて旋回をして相手の状況を確かめる。相手は…まだ生きている。盾だ。ミサイルのエネルギーを持ってしても破壊できない盾なんてどう対処すればいい?通用する武器はもうない。だが幸運なことに相手は視界を黒い雲で覆われている。レーダーに探知される前に逃げよう。今できる措置はそれだけだ。
着陸の間近まで来ても相手の機体は現れなくなった。もし次遭えば対処できるかどうか分からない。機体を滑走路に滑らせて誘導路に進む。整備庫に入り、イーグルと殱が集めたパーツを見る。武器になりそうなものやエンジンの機関部など、様々なものがあるがその中の一つに目が止まった。それは白と赤の垂直尾翼。これはストラのものだ。彼は焼き殺されたと聞いたが垂直尾翼は少なくとも一切燃えた痕跡がない。それどころか墜落の痕跡も、何もないのだ。
ミラージュがパーツごとに状態と使えそうな用途をリストに書き留める。
驚いた。ただ、ストラの機体が殆ど無傷で砂漠に着陸したなんてことに。それと、伝わってきている情報が間違っていることに。機体が無事なら彼も無事だろう。もしかしたらまだ近くにいるかも知れない。見つけたい。彼が死んでいないのなら、夢を叶えるのは俺じゃない。ストラだ。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。