【レポート】作成:2014年 7月
・篠宮 りく
・17歳 (高校2年生 男子バレーボール部)
・宮治のバイト先の近くの高校生
腹が減っていた。
いや、もう「減っている」なんてもんじゃない。
限界だった。
三年生が引退して、季節は一気に俺たちの代に切り替わった。
キャプテン、という肩書きは思っていたよりもずっと重くて、首に食い込むみたいにじわじわ効いてくる。
練習はうまくいかない。
声を張り上げれば張り上げるほど、空回りしてる気がする。
コーチには呼び止められては課題を突きつけられ、同学年からは「ほんまに大丈夫なんか?」みたいな視線を浴びる。
練習試合は連敗。
帰り道、誰も口を開かないあの感じが、俺の不甲斐なさを責めていた。
腹が減るのも当然だった。
体も心も削られっぱなし。
本当ならコンビニに寄って、からあげ棒とか、おにぎりとか、せめて糖分を体に放り込みたかった。
でも財布を開いた瞬間、現実が見えた。
小銭が数枚。以上。
(……水やな)
自販機で一番安い水を買って、がぶがぶ飲む。
胃はますます空っぽを主張してきて、歩くたびに、きゅる、と嫌な音を立てた。
そんな状態で、ふらふら歩いていたら。
気づいたときには、居酒屋の前に立っていた。
暖色の看板。
まだ新しいのか、「NEW OPEN」の文字が少し誇らしげに光っている。
営業時間前なのか、店内は静まり返っていたけど、排気口からいい匂いが流れてきていた。
(……あかんやろ)
揚げ物と、だしと、焼き魚。
腹が空いてるときに嗅いだら一発アウトな匂いや。
これで飯食えるわけでもないのに、足が止まる。
せめて、メニューだけでも見て、気持ちを紛らわせようとした、そのとき。
「……腹、減っとるん?」
低くて、落ち着いた声。
「ぎゃあああああ!」
反射で飛び上がった。
振り向いた先にいたのは、ホウキを持った男の人。
エプロン姿。無表情。
俺とおんなしくらいや、背ぇ高。
え、なに、いつからおったん。
ていうか俺、めちゃくちゃ不審者……。
「あ、あのっ、すんません!俺、ただサンプル見てただけで……!」
言い訳しようとした、その瞬間
ぐぅぅぅ。
腹が鳴った。
思ったよりでかい音で。言い訳できないレベルで。
俺はその場で固まった。
恥ずかしさと情けなさと、空腹が一気に押し寄せてくる。
男の人は一瞬だけ目を瞬かせて、それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……正直やな」
「す、すみません……」
もう帰ろう、と思ったのに。
「人、まだ少ないし」
「え?」
「なんか、食べてくか?」
耳を疑った。
「え、でも、俺、金なくて……」
「ええよ。金は」
「いや、それはさすがに……」
断ろうとしたのに。
「俺が作りたいだけやし」
さらっと言われたその言葉が、断りずらくて。
それ、893のセリフちゃう?って一瞬思ったけど、腹の音がすべてを否定した。
結局、俺は店の中に入ってしまった。
厨房の奥で、その人は手際よく動いていた。
無駄がなくて、音も少ない。
米をよそって、具を用意して、ぎゅっと握る。
会話はほとんどなかった。
無口なんかなこの人。でも明らか俺くらいのタッパあるし、筋肉結構あるし、というかどこかで見たことあるような__________
「ほい、おまちどうさん」
目の前に置かれたのは、おにぎり。
しかもおにぎりのてっぺんに具が乗ってるやつ。
鮭、高菜、明太子。それだけ。
でも、妙にうまそうで。
(……やば)
米がうまい。
塩加減がちょうどいい。
一口目にしか具がないと思いきや、中にもあった。
気づいたら、無言で食べていた。
二個目、三個目。
「むっちゃ食べるやん」
笑う声がして顔を上げると、その人が少しだけ楽しそうにこっちを見ていた。
「す、すみません……」
「いや、ええけど」
その一言で、なんか、力が抜けた。
「……今日なんも上手くいかんくて、でもこれ食べたら『今日頑張ってよかった』って思いました」
「そらよかったわ」
「お兄さんのおにぎり、ほんとに美味すぎます!」
「ん?」
「これ、普通に店出せるレベルですよ!
お店とか出さないんですか!」
お兄さんはぴたりと動かなくなった。
言った瞬間、やば、と思った。
地雷やったかもしれん。
でもお兄さんは目を丸くしてから、ふはっと吹き出した。
「自分、おもろいなぁ」
「え」
「せやな……たしかになぁ」
「え?」
何がたしかに?
そう聞く前に、どこか遠くを見るような目で言った。
「ところで、君、名前なんて言うん?」
「あ、はい。篠宮りくです」
「りくか。俺な、宮治いうねん」
「……宮?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「え、あの、宮って……」
「ん?」
「バレー……やってたり、とか……」
治さんは一瞬きょとんとして、それから「ああ」と頷いた。
「高校までな」
心臓が跳ねた。
「っっすよね!」
「お、おん」
「俺、バレー部で!」
「おお」
「今度のインハイで、稲荷崎、ボコボコにするんで!」
「ふはっ」
言い切ったら、また笑われた。
「そら、試合見に行かんとなぁ」
「え、ほんまですか!?」
「稲荷崎、手強いで」
「大丈夫です!また当たったら勝って、」
立ち上がって、勢いよく治さんのほうを見る。
「治さんの料理、絶対また食べに来ます!」
「おう」
「次は、ちゃんと金払って!」
「次会うときは、ええ報告聞かせてな」
手を振られて、俺は店を飛び出した。
夜風が、昼より少し涼しい。
腹は満たされて、胸の奥が妙に熱い。
走りながら、もう考えていた。
稲荷崎のバケモンサーブ。
速攻の対策。
ブロックの破り方。
腹いっぱいの新キャプテンは、前より少しだけ背筋が伸びていた。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。