第93話

4-6.
882
2023/01/11 03:11
pm3:00

ハンジ
あなた、本当にそんなことが…?
あなた
うん


あなたが記憶を失う前、ベルトルトに注射をさされた日のことから事細かに話し終えると、ハンジたちは驚いた表情で呆然としていた。

あなた
ごめん、俺が焦ったばかりにこんなことになってしまって...。
本当なら、今回の壁外調査だって普通に参加できてた


後悔、失念、悲愴。
それらの感情をひっくるめたような顔であなたは頭を下げた。

ハンジ
何を言ってるのさ!
ハンジが慌ててあなたに面を上げさせる。
ハンジ
確かに、あなたがいれば今回の壁外調査、犠牲はもっと少なかったかもしれないよ。
けど、それでも多くの犠牲は免れなかっただろう...女型は、特別だったんだ
あなた
めがた...

今回の壁外調査で、多くの兵団員の大切な命を奪った元凶。
あなたは悔しげに歯を噛み締めた。

エルヴィン
今は君が戻ってくれたことでとても助かっている。
犠牲になった兵士のためにも、我々は前に向かなければならない
エルヴィンが諭すと、あなたは少し頷いてわかっています、と返した。
あなた
亡くなった兵団員の人たちのためにも、手を休めてはならない。
俺が知っている情報では、ベルトルトという新兵が裏で何かしら動き始めた。
そして今回の女型の巨人の襲撃...
ハンジ達
あなたがそこまで言ったところで、何かにはっと気付いた表情でハンジ達が目を見開く。
ハンジ
ま、待ってよ!そんな、それじゃあ...!
ハンジの言葉にあなたが苦い顔をした。





あなた
ああ、完全に俺は罠に嵌ったんだ。
全てはあいつらの計画通りだったってことだよ







全員
....!!

ざわり、と部屋の中に動揺が走る。
ハンジ
あなたの存在を疎ましく思うような輩が、女型を差し向けるにあたって予めその脅威になりうるあなたに接触した...人類最強だと言われてるリヴァイにすらない、あなたのその能力を消し去るために
あなた
その可能性が高いってだけで、必ずこの二つが繋がってるとは限らないけど...。
でも、もしそうだったら相手は上手くいって喜んでるのかもしれないね
憎らしげにあなたが呟く。
エルヴィン
君の推察に賛成しよう、あなた。
同時に、別々の組織から見合わせたようなタイミングで事を起こすなら...その二つが少なくとも協力関係にあるとしか思えない

エルヴィンがあなたの肩に手を置く。
エルヴィン
ベルトルト、と言ったか。
彼について調べてみる必要性は十二分にありそうだ。
女型の巨人の正体を知っている可能性が高い
ナナバ
彼は新兵なんですよね?
今すぐ彼の生い立ちなどはデータから調べることが出来ますが、何を企んでいるかまでは...


ナナバが発言すると、リヴァイが口を開いた。

リヴァイ
なら...奴が適任となるわけだが


奴、とは言わずもがなエレンのことだ。

あなたは大きく頷いた。
あなた
エレンには心苦しいけど、慎重に接触して情報収集をしてもらわなくちゃいけないかも。

...待てよ、考えがある




言葉を止めたあなたを、不思議そうに皆が見る。
あなた
俺が104期生に紛れ込むというのはどうだろう?
リヴァイ
あ?

リヴァイが眉を寄せた。

リヴァイ
何を考えてる。お前はまだ休んでいるべきだろうが
あなた
いや...さすがに、この状況で休んでなんていられないってば。
俺たちがベルトルトについて話したところで、エレンにとっては様々な訓練を共に乗り越えた、大切な仲間なんだ。
いきなり衝撃的なことを吹き込まれたってすぐに受け入れてくれるとは限らない
あなた
だから、俺が行く。俺ならエレンたちと歳が近いし、記憶が無いままだと思われてることを利用して彼らに接触するよ
ハンジ
でも...っ、でもそのベルトルトって奴、あなたのこと...!!
ダメだよ...心配すぎる、あなた


ハンジが眉を下げると、あなたは困ったように微笑んだ。
あなた
ごめんね、ハンジ。心配してくれてありがとう。でも、俺が一番適任だと思うんだ。
エルヴィン、どう思われますか?
作戦を提案した部下としてエルヴィンに指示を仰げば、エルヴィンは少しの沈黙の後口を開いた。
エルヴィン
...そうだね。私も正直あなた、君のことが心配でならない。けど、もうエレンの引き渡しは3日後に迫っている。
君にはきっと他に考えがあるんだろう?
あなた
さすがです、団長。俺だってエレンの招集をみすみす見逃すつもりは到底ありませんから。
...2日...いや、1日でケリをつけてみせます
ナナバ
104期生なら多少面識もあります。私もご一緒出来ませんか?
不安気にナナバが申し出るも、あなたはやんわりと断る。
あなた
ごめんね...それじゃ、警戒されちゃうかもしれないから。俺があえて無防備な状態で向かうのが良いと思ってる
エルヴィン
わかった。なら事を起こすのは早いに越したことはない。君を今夜から104期生のいる兵舎に送ろう
あなた
了解しました


エルヴィンにあなたは力強く頷く。

そして、そのまま皆を見回して言った。

あなた
みんなも、くれぐれも気を付けて。今回はたまたま俺が狙われただけで、いつ上層部の体制を崩してくるやもわからない。注意するんだ
全員
はっ
方針が決まったところで、エルヴィンは再度周りを静かにさせた。
エルヴィン
あなた。新兵の兵舎へ行く前に...一つ確認しておきたいことがある
あなた
え?な、何?
不思議そうにするあなたに、エルヴィンは扉の外に声をかけた。
エルヴィン
入ってくれ
あなた
!?

廊下から入ってきたのは車椅子にかけたエルド達の姿だった。
あなた
あ...み、みんな...
あなたの目に涙が浮かぶ。
エルヴィン
あなた。彼らにも教えて構わないだろうか
あなた
もちろん、勿論です...!

あなたの反応を見て、エルド達は動揺してエルヴィンを見る。
記憶が戻ったことを、悟ったのだ。
エルド
だ、団長...。あなた隊長は..!
ペトラ
あなた隊長!!
ペトラは涙を流してあなたの手に触れた。
あなた
みんな...生きてる...ああ、良かった...うう...っ
顔を俯かせて、あなたもまた涙を流した。
グンタ
隊長!!
オルオ
あなた隊長が俺たちを思い出してくださった...!


エルド達がひとしきり再会を喜んだところで、エルヴィンはあなたに尋ねた。



エルヴィン
あなた、正直に答えてほしい。


 


ーーー君は壁外調査に参加したのではないか?
全員
!?

エルド達はおろか、その場にいたリヴァイ、ハンジ達全てが驚いてエルヴィンを見る。

あなたはただ、困ったようにエルヴィンを見つめ返した。
あなた
やっぱりそう思ったんだ?
...結局、何も出来なかっただけだよ
全員


さらに驚くことに、あなたから返ってきた言葉は肯定だった。
周囲にざわりと動揺が走る。
ハンジ
え!?ちょ、ちょっと...!
あなたはずっと療養室に居たはずでしょ!?
あなた
うん。始まりと終わりだけね
慌てるハンジの言葉にあなたは困って眉を寄せたまま仕方なし、と言った感じで答える。
エルヴィン
起きてすぐに瞬間移動を使って駆け付けてくれたのだろう
エルヴィンが状況を推測して、言葉を続ける。
エルヴィン
やはりか...。何故私と会った時に教えてくれなかった
あなた
言ったじゃありませんか。俺は何も出来なかったと
エルヴィン
ならば君の"何も出来なかった"は、私が否定しよう
あなた




エルヴィンはあなたを見つめた。

あなたはざり、と心なし後退る。


エルヴィン
女型の巨人が現れた右翼索敵の壊滅...。その中でも生き残ったものが馬だけの荷馬車に乗って後から帰還した
あなた
それは...
エルヴィン
右翼伝令班は壊滅したはずの索敵方向から無数の紫煙弾を見た。それにより煙弾は伝わり、女型の足止めに警戒して方法を選んだことで、生き残りは増えた
あなた
俺じゃ....っ
エルヴィン
女型の巨人が人型の時に襲ってきたのを閃光弾で威嚇し、巨人化した後も仲間達が殺されてしまうのを間一髪で防いだ
あなた
エレンが、巨人になるなんて...思ってなくて...
エルヴィン
終いには中央後部に取り残された怪我人をも拾い、森に隠れたペトラを探し、全ての息のあるものを助けた
あなた
また、みんなを助けられなかった...!



唖然とする兵士達の中で、あなたはただ自分を抱きしめるように腕を回すと涙を流して首を振った。

エルヴィンは静かに言葉を放つ。


エルヴィン
君は兵団の鑑だ、あなた
あなた
もっと、ちゃんと、普通に、参加できたはずなんだ...!


そこでハンジやリヴァイは、あなたの言葉の意味を初めて知ることとなった。

"普通に参加出来たはず"

"何も出来なかった俺"

記憶を無くす以前のあなたは極めて完璧主義の人間であったことを、嫌というほど思い知らされる。

ペトラ
やっぱり...貴方だったんですね、あなた隊長
あなた

ペトラがあなたに近寄る。

ペトラ
貴方が私を逃してくださった...
あなた
...ごめんなさい...っ。
俺のせいでペトラ達が、そんな体に...!
オルオ達は涙を浮かべて大きく首を振った。
オルオ
何言ってんですか!!隊長!!
グンタ
予想も出来なかった奴の行動に踊らされた、俺たちの命を救ってくれたじゃありませんか!!


エルヴィンがあなたの肩に触れる。
エルヴィン
起きたばかりの君は体力も十分でなかったはずだ。
それに加えて、試したこともないような長距離の移動を、すべて瞬間移動で追いかけてきてくれた。
途中仲間を助けるのにも惜しみなく使ったはずだ、森についた時点で、もう君の体力は尽きていただろう
エルヴィン
ーーーそれでも命懸けで、残った力を振り絞り、君はリヴァイ班のメンバーを守った。違うか?
あなた
.....ふ、うう...っああ...!
あなたは昨日そうしたように、エルヴィンの胸に顔を押しつけて泣いた。
ハンジ
...確かに、奇妙だと、おかしいと思ったさ。
でもまさか"無人の荷馬車"...あれだけの兵士を、あなたが救って届けていてくれたなんて
ハンジが途方にくれたように漏らす。
リヴァイ
何が何も出来なかった、だ。お前は十分によくやった。こいつらの英雄だ
リヴァイがあなたに歩み寄り、その頭に触れる。
リヴァイ
だからボロボロで、発熱して、衰弱しきっていたんだろうが。少しはお前自身のことも労ってやれ
あなた
...う...
ぐしゃぐしゃに髪を撫で回されて、少し不愉快そうにしながらも、労いの言葉にあなたは少しほっとしたように顔を紅潮させた。
エルヴィン
皆、このことはあなたに記憶が戻ったことを公表出来るその日まで、口外禁止だ。
彼の功績は、今この場にいる我々がしっかりと理解しておくんだ
エルヴィンの言葉に、兵士達は尊敬の念を込めてあなたに頭を下げた。

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