青龍斎玲奈との顔合わせの日がやってきた
入間は見合いのつもりはないので、特に蘭に何かを言うこともなく家を出てきた
きっと蘭はいつも通り仕事に向かったと思っているだろう
入間自身、仕事の延長線上のつもりだ
青龍斎と悔恨を残さぬため
そして、蘭が気にしている竜の存在を確認するためでしかない
孫娘の一目惚れなど、正直どうでもいい。見合いではないということを強調した上で、それでいいかと琥樹路から青龍斎に了承を得て会うこととなった
一応付き添いで、入間には琥樹路が、向こうからは青龍斎の当主である青龍斎真琴が来るらしい
とある料亭にて顔合わせは行われた
入間と琥樹路が着いた時にはすでに先方は来ていた
時間より随分と早い
それだけ入間と会うことを待ち望んでいると取るべきだろうか
個室に案内されれば、2人の人物が座っていた
青龍斎玲奈と思われる女性は、人間の中では容姿が整っているといっていいだろう。見合いではないと伝えたはずなのに、気合の入った華やかな着物姿だ
けれど、蘭という花嫁がいる入間には微塵も心を動かす魅力は感じられなかった
冷めた反応の入間に反して玲奈は入間を見るや、恥じらいながら頬を染める
それを見ても、入間には逆に不快感が襲ってくるだけだ
陽気に挨拶をする琥樹路は誰に対しても同じ調子だ。たとえ相手が青龍斎の当主だとしても
玲奈の隣にいるアッシュグレーの髪の老年の男性が頷く
男性は顔や手にはたくさんの皺が刻まれているが、玲奈との血縁関係があることを感じさせる少しきつい目をしていた
きっと普通の者なら、その目でひとにらみされただけで縮み上がるだろう
もちろん、入間が動じるはずもなく、静かな眼差しで見据えている
静かで、それでいて何事にも動じなさそうな重たい声
まるで動くことのない山のようにどっしりと落ち着いた肝の大きさを感じる
琥樹路とは全く逆の空気を持った人物だ
琥樹路と入間も席に着いて改めて挨拶を交わす
相手が青龍斎ということもあって、入間も今回ばかりはきちんと相手に敬意を示し、頭を下げた
頬を紅潮させ、興奮を抑えきれない様子の玲奈に入間は軽く頭を下げた
言葉を返すことはなかったが、玲奈はそれだけで満足そうである
そんな玲奈を入間は失礼にならない程度に観察する
しかし、蘭が言っていたような龍の存在は確認できなかった
そして玲奈自身にも、なんら感じるものはなかった
ただの普通の人間の女性
むしろ、隣にいる真琴の方が只人ではない空気を発している
玲奈は興奮気味に頷く。その視線は入間に釘付けだ
入間はというと、確認が済んだので既に帰りたくなっている
しかしあからさまに不機嫌な態度を取るわけにも行かず大人しくしている
こうした社交的なことは琥樹路に任せるのが無難だと分かっていた
琥樹路はニコニコとした笑みを変わらず浮かべている
暗に、玲奈が紫鬼龍に嫁に来ることはないと言っているのだが、玲奈には伝わっていないようだ
琥樹路の言葉を素直にそのまま受け止めて嬉しそうにしている
そんな玲奈に琥樹路が追い打ちをかける
一瞬で玲奈の表情が抜け落ちた。その目にはわずかな闘志が見える
玲奈は隣にいる祖父の袖をツンツンと引っ張る
すると、まことはにっこりと笑みを向けてから入間に向き直った
一瞬琥樹路を見れば、怯えるようにこくこくと小さく何度も頷いている
自分はちゃんと言ったよと訴えているのだろう
まさに一刀両断
わずかな隙も見せぬ返しに、にこやかに話していた真琴の目が険しくなる
今度こそ分かりやすく真琴の眉間に皺が寄る
笑みを絶やさぬ琥樹路は、真琴の迫力の前でもびくともしない
見た目だけは気弱そうな琥樹路が、紫鬼龍の当主であることを垣間見ることができる瞬間だ
妖の世界では常識的なその話を入間が口にすると、真琴はふっと鼻で笑った
今度は入間の顔が険しくなり、隣にいる琥樹路の顔をうかがえば、否定するかと思った琥樹路はこくりと頷いて肯定を示した
これには入間も驚く
初めて知ったことだったので、一瞬言葉に詰まった入間だったが、自身の気持ちが揺らぐことはない
そう、絶対にだ
強い意志のこもった眼差しを真琴に向ける
互いの視線がぶつかり合う
先に折れたのは真琴の方だった
年齢を感じさせない動きで立ち上がる真琴に、玲奈は驚きを隠せていない
そして入間も、これほど簡単に納得すると思っておらず内心驚いていたが、そこはやはり青龍斎の当主。一筋縄ではいかなかった
いけしゃあしゃあと、よくもまあ入間の前で言えたものであるが、真琴も玲奈も願いが叶わぬとは思ってもいないようだ
もう入間は青龍斎に対して敵意を隠すこともしなかった
鋭く真琴を睨みつける
そう不敵に笑い、真琴と玲奈は部屋を後にした
二人の姿が見えなくなるや、ダンッと入間は机に拳を叩きつけた
琥樹路はポンポンと入間の肩を叩く
途端に真剣な顔をして考え込む琥樹路に、入間は自身を落ち着かせるように息を吐いてから琥樹路を呼ぶ
少しの沈黙の後、入間は話すことに決めた
自分では知らないことも、当主である琥樹路なら持っているかもしれないと
琥樹路が目を丸くする
それだけ龍という存在は、妖である入間達からしても想像上の生き物に近い
青龍斎が龍に守られていることは聞いていても、その龍がどんな存在かまでは知らないのだ。それを実際に目にしたという者も聞いたことがない
珍しく琥樹路が眉間に皺を寄せた真剣な顔をしている
そうしてみると、やはり入間と似ているなと思える
蘭に関わるかもしれないことを、入間が聞かないという選択肢はなかった
そう琥樹路は話し始めた
ここまでは入間でも知っている話だ
恐らく入間だけでなくても、妖なら知っている者は多いだろう
流石の琥樹路でもその辺りのことは詳しく知らないらしい
琥樹路の表情が曇る
もし自分だったら、そんなことになる前に殴り込みに行っていただろうと、入間は憤る
今は強い霊力を持っている人間は稀であるが、当時は違った。それ故に、いかに鬼の一族といえど、簡単に連れ戻すことができなかったのだと察する
入間は不快感に眉をひそめる
果たしてそれは救いだったのか
大切な人達を残して逝かねばならないことが……
真実は花嫁にしか分からない
もしも自分だったらと、入間は思わずにはいられなかった
もし蘭が同じような目に遭ったら、龍の加護など関係ない
一人ででも青龍斎を潰しに向かうだろう
何故祖先はそうしなかったのか理解に苦しんだ
立ち上がって部屋を出ようとした入間の背中に、琥樹路が声をかける
真琴も玲奈も諦めた様子はなかった。ならば蘭に危険が及ぶかもしれない
そんなことを入間が許すはずがなかった
敵に回るなら、蘭に危害を加えようとするのなら、龍だろうと青龍斎だろうと、すべからく入間は排除するだけだ
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。