距離を取ろうと決めてから、 彼と話すことは、ほとんどなくなった。
廊下ですれ違えば、会釈だけ。 声をかけられても、必要な返事だけ。
それでいいはずだった。
放課後、昇降口で靴を履き替えていると、 背後から控えめな声がした。
呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
振り返ると、少し離れたところに光くんが立っていた。
なんでそんなに微妙な距離にいるんだろう
そんなの逃げられないじゃん
差し出されたのは、私のキーホルダー。
歩いている時に落ちてしまったらしい。
受け取ると、彼はほっとしたように笑った。
その言い方が、変わらなくて。
優しすぎて、少し苦しい。
不意に聞かれて、言葉に詰まる。
そっけなく返すと、 彼は一瞬だけ、困った顔をした。
それで会話は終わるはずだった。
でも、沈黙が落ちて、
妙に長く感じる。
気まずさに耐えきれなくなって、 私は口を開いた。
自分の声が震えていて驚いた
言ってから、後悔する。
聞くつもりなんてなかった。
彼は少し驚いたように目を瞬かせて、 すぐにいつもの表情に戻った。
さっき彼は階段を踏み外した女の子を軽々とお姫様抱っこして助けていたのを私は見てしまった
嘘だった。
彼はそれ以上、踏み込んでこなかった。
また、それだけ。
光くんは一歩、下がった。
立ち去ろうとしていたその瞬間
名前が、口から零れた。
呼ぶつもりなんて、なかった。 呼ばないと決めていたはずだったのに。
彼が目を見開く。
慌てて視線を逸らす
取り繕うように言うと、
彼は少しだけ安心した顔で頷いた。
それ以上、言葉を続ける意味はないから
私はその場を立ち去った
校門を出たところで、友達に声をかけられた。
誤魔化そうとして、視線を逸らす。
即答しすぎて自分でも驚く
寧々は少し黙ってから首を傾げた
言葉が、胸の奥に落ちる。
否定はすぐ出た。
でも、声は弱かった。
なんだか言葉がつっかえて答えられなかった
この時の感情にピッタリ会うような言葉に私は出会えて居ないんだろうな
小さく呟いて、視線を落とす。
呼ばないと決めていた。 距離を取ると決めていた。
それでも、
私は名前を呼んでしまった。
今はまだ。
この気持ちが何なのか、 分からないままでいたかった。





















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。