あなたは、砂を離れ、陸に上がった。
濡れた足が土を踏むたび、感触が変わる。
辺りを見回すと、
月明かりに照らされた道があった。
木々の影。遠くに揺れる灯り。
どこにいるのかも分からない。
それでも、足を進める。
たった1人の姿を、探して。
時間の感覚が、曖昧になっていく。
どれくらい歩いたのか分からない。
同じような景色。同じような道。
どこに行っても見つからない。
息が乱れ、声がかすれる。
焦りが、胸を締めつける。
やっと、同じ場所に立てたのに。
やっと、触れられる距離に来たのに。
その想いだけが、強くなる。
しかしその時、足がもつれ、地面に倒れる。
そのまま、地面にしゃがみこんだ。
息が荒く、体が思うように動かない。
慣れない体。
慣れない感覚。
それでも、
ぽつりと、零れる。
こんなところで、終わりたくないと。
その時。
不意に、上から声が落ちた。
顔を上げると、月明かりの中に姿が見えた。
ずっと探していた、変わらないその姿。
言葉が、出てこない。
息をするのも忘れて、ただ見つめる。
無一郎が、静かに近づく。
彼は、警戒はしている。
けれど、それ以上に“様子を確かめる目”をしている。
声が震える。
あなたに会いたかった、と言いたいのに。
少しだけ距離を保ったまま、立ち止まる。
やっと、声を絞り出す。
言葉が続かない。
伝えたいことは、ずっと前から決まっていたのに。
目の前にいるだけで、全部消えてしまう。
静かな声で待ってくれる。
震える声で続ける。
その言葉だけは、絶対に迷わなかった。
しかし、無一郎はわずかに首を傾げる。
当然だ。
初めて会う相手のはずなのだから。
それでも、話すのを止められなかった。
息を整えながら言う。
嘘ではないが、全部も言えない。
無一郎は、それ以上深くは聞かない。
ただ、静かに受け止めた。
手を差し出すことはしない。
けれど、視線で促す。
あなたは、ゆっくりと立ち上がる。
すると、少しよろけてしまった。
すぐそばで、
支えるでもなく、見守る距離から見ている。
その距離が、もどかしい。
自然に、言葉が出た。
すると、胸がいっぱいになる。
やっと、同じ場所に立てた。
それだけで、十分なはずなのに。
もっと近づきたいと、願ってしまう。
無一郎は、しばらくあなたを見ていた。
少し考えるように視線を落とす。
それ以上でも、それ以下でもない。
それが、この人の優しさなんだ。
頷き、並んで歩き出す。
距離はまだ、少し遠い。
それでも、
同じ道を歩いている。
その事実だけで、胸が満たされていく。
横顔を、そっと見る。
手を伸ばせば、触れられる距離。
でも、まだ触れられない。
やっと会えたのに。
それだけで、
苦しくて、嬉しかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。