第55話

9,004
2021/03/20 15:00
パパもママもお兄ちゃんも外出中の我が家


5月も大半が終わり、あと一週間で30日がやって来る、そんな日の夕暮れ時






二階の私のお部屋で、幼馴染兼彼氏の一成と丸いローテーブルを囲んで大学模試の勉強に奮闘していたら








突然











「 俺、発情期みたい 」




「 へ? 」




「 だから、発情期みたいって言ってんの 」




「 え、えっと、それで? 」




「 したい 」







い、いきなりどうしたの?
朝だって一緒に高校に行ったし、お昼も一緒に食べたし、帰りだって一緒に帰って来たけど


特に変わった様子なんてなかった。
普段と同じようにちょっと偉そうで、だけど優しくて、本当に柴犬の擬人化なんじゃないかって思うぐらい可愛くて、少しだけ抜けてる、そんな彼。






ランランと輝く大きな瞳。
ゆるく弧を描いたふんわりとした口元。
ほんのりと上気したふっくらほっぺ。




それらはつまり、発情期の表れ?
人間にも発情期ってあるの?
大きなわんちゃんみたいとは思ってたけど… わんちゃんだから発情期ってこと?
でも、発情期のわんちゃんだってちゃんと見境くらいあるはず。これじゃまるで狂犬みたい…





クラスは違うけど同じ高校で同じ3年生の豆原一成は5歳の頃に隣のお家に引っ越して来た。
それ以来ずっと、通学も遊ぶのも彼と一緒で、今まで一度だって喧嘩することなく仲良く過ごして来た。



お互い一度も恋人なんて出来たことはないけど、高校に入ったらやっぱり何処と無く2人の周りの環境は変わるもの。


一成の隣に私以外の女の子がいる姿は数え切れないほど見てきたし…
もちろん私にも一成以外の男友達が出来た。



けど、2人で過ごす時間はやっぱり大切で、無くてはならない空気みたいに必要なもの。
だからこうやってお互いのお部屋を行き来して、お勉強したりマンガを読んだりテレビを見たり…
恋人ではないけど、長い時間を共有するのは当たり前だった。




でも、そんな関係を続けていくうちに私にも一成にも「 奪われたくない 」
っていう感情が芽生え始めた。





それをきっかけか、毎日一成のことを気にし始め、最終的に一成から告白。そして今のカップルという状況である。







でも、今まで一度もそんなことを要求したことはなかったし、そう言うことに興味がありそうな感じでは無かった。


保健の授業でそう言う話題の単元を学習した時だって、周りの男子はニヤニヤしてるのにも関わらず真剣に授業を受ける。そんな人だった。







それなのに、なんで?

ヤらせて?って?それって私と … その、エッチなことをしたいって事?




ジーンズに包まれている脚は強張るし、ゆるっとしたピンクのセーターの下の胸はドクンっと震えた。



一成はじぃっっと熱いまなざしを私に注ぎ続け、私もその視線を寄せられるがまま浴びている状態。

お互いに無言で見つめ合い、そして、一成がふっと息を吐いた途端、






「 んじゃ、ベッド行くか 」


って言葉と同時に手首を握られ、彼の身体に連れられるように無理矢理立たされて。テーブルのすぐ隣のベッドにぽふんっと放り投げられた。






「 きゃっっ 」
ドサって音がして、肩にちょっとだけ痛みが走る。
でも一成はそんなの御構い無しで私の身体を長い脚でまたぎ、馬乗りになって来た。




「 や、やだっ一成、何考えてるの?! 」



ジタバタと足を動かして、一成の肩をポカポカ叩くけど、その両手は彼の手に捕まえられてしまった。


いつもと全然違う ... 狂犬みたいに鋭い瞳が私を見下ろして






「 何って、お前とヤる事だけを考えてる
こら、脚も暴れんな 」


そう、低い声で呟くと、獲物の喉元にかぶりついた。


一成の唇が首を食み、熱い舌がそこをねっとり円を描くように舐め、そして綺麗な並びの歯が甘噛みしている。痛みなんて少しもない。






くすぐったい。むしろ首筋をいっぱいいっぱい舐められて、
どこか気持ちいい、そう思っちゃうの。






「 やっやだっ、やめてっ 」



「 黙ってろって、すぐよくしてやるから 」 











よくしてやるって、自分だって私と同じでハジメテなくせにっ!






捕まえてしまった両手を、一成は大きな手で一纏めにすると、頭上に運んでベッドにぐっと固定してしまった。



自由になった一成の右手はセーターの裾から侵入し、ジーンズの中にしまったキャミソールの裾を引っ張り出してきて…



え?
一成の手が私のおなかに触れてる?
やっやだっ
こんなのやだっ



だって、
一成とは一度もそんな事したことなかったじゃない。
そう言うことに興味がありそうだったわけでもないし。


2人で約束したじゃん。
もしものことがあったら嫌だからそう言うことは大学生になってからって。






タチの悪い冗談?遊び?暇つぶし?








一成は相変わらずギラギラとした瞳でじっと私の瞳を覗き込み、時折ピンク色の舌で唇を舐めている。



違う。
冗談とか遊びとか暇つぶしなんかじゃない。
一成は私で欲を満たそうとしてるだけ




彼女だから
一番近くにいて、誰よりもお手軽だから ....



一成にとって私ってそんなに軽い存在だったの?
大切に育んだ2人の時間をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てるのと同じだよ?







一成は私の事、幼馴染とも彼女とも思ってくれてなかったの?
ただの欲望の捌け口として見ていたの?








そう思ったら、目尻からはハラハラと涙が溢れて来て



それと同時にムカムカとイライラが沸き起こって来た。
ムカムカとイライラは私に持っている本来の力以上の力を与えてくれて ...


一成の拘束を解くと

「 いやっ
こっこんなことする一成なんて嫌いっ 」



ぱっちーーんって彼の綺麗なお顔をパーっで叩いてしまった。



多分そんなに痛くなんてないんだろうけど、一成はほっぺをさすりながら、私を睨む。





「 ってぇ ....

お前、俺としたくねぇの? 」



「 したくないっ

したくないの .... お願いだからもうやめて 」



「 あぁそうかよっ

俺だって発情期じゃなきゃお前みたいなペチャパイなんて相手にしねぇよ。



あーあ!ヤル気が削がれた!萎えた!

帰ってキララちゃんのDVDでも見るかな! 」





一成は私から離れ、ベッドから降りるとクルッと背を向けて。
わざわざ大きな声で嫌味ったらしく言葉を紡いだ。



「 キララちゃんって?誰? 」



「 お前と違って巨乳で年上のセクシーなお姉様だよ。
まさに俺の理想の女の子 」




年上のお姉様 ....
前から本人も言ってたし、お友達からも聞いたことがある。一成の好みの女性は胸が大きくて年上で美人系でフェロモンむんむんのセクシーな人って。



私はその真逆。
胸は小さいし、同い年だし、しかも美人には程遠いし色気もない。
わかってる。そんなの。でも比べなくてもいいでしょう?
私は私なんだから…








やっと幼馴染からカップルになれたと思ったのに、ますます涙は止まらない。





「 なによっなによっなによっ
一成のバカっ

そんなにエッチな事がしたいなら、さっさと私と別れて美人で年上で巨乳の彼女作ればいいじゃないっ 」



「 あぁそうするよ?
そんな彼女が出来ればお前みたいなブス相手にする必要ないもんな? 」




一成 .... ひどすぎるよ .....




14年間で一度だって喧嘩なんてした事なかった。その理由は一成が私に辛く当たった事がなかったからで。
それなのに今の一成はなに?



別の人みたいだよ…



「 帰ってっ
一成なんて

一成なんて大っ嫌い! 」



「 あぁはいはい。嫌いで結構

じゃあな
お前と縁が切れれば女の子と遊び放題だから清々するわ 」



何それ
まるで私が一成のお荷物みたいじゃない





すぐそばにあったまくらを持ち上げ、一成に思い切り投げつける。
それを一成は悠々と受け止め、バカにしたようにふっと鼻で笑うと、そのままフローリングに落として。


あとはバッグもコートもみんな手にして私の部屋を後にした。








「 うっうぅっ ....
一成のバカっ一成のバカぁ .... 」











大好きだったのに
心の底から好きだったのに…



優しい一成も意地悪な一成も、時々お兄ちゃんみたいになる一成もみんな…


一成が私のお部屋に訪れてまだ一時間


私はたった一時間で大好きな人も、大切な幼馴染も失くしてしまった。






一成に身体を許しても許さなくても結局この答えが待っていたなら…




好きな人にハジメテを捧げた


その思い出だけでも手に入れられたら良かった?







ううん、違う…
いいの、これで



ハジメテは好きな人に
私を好きでいてくれる人に



それだけは譲っちゃいけないの


















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