管理棟の時計は、午後三時を指していた。
だが、外はもう真夜中のように暗い。
「――専務」
芥川所長が、低く呟く。
「トウキョ本社と通信が途絶えたそうだが?」
専務が、受話器を叩く。
「テレビも映らないそうです。
ラジオはかろうじて……」
スピーカーから、ノイズ混じりの声が漏れる。
「――ジジ……現在、太平洋上で発生した超大型台風がヒノモトに接近中……
台風の大きさは過去最大級…
中心気圧860hPa――観測史上最低……
台風の目、気温マイナス110度……
低気圧の渦が..対流圏上層にある....超低温の大気を引きずり下ろしています...
外には決して出ないでくださ――」
声は、そこで途切れた。
芥川が、窓の外を見る。
雪は、もう「降る」というより「襲う」という言葉が相応しい。
「送電は出来てるんだな?」
専務が頷く。
「はい。つつがなく。」
「負荷がある以上電気を使ってる人間がいる。あまり深い問題では無いだろう。」「監視委員会と規制庁の到着を待とう。」
3時間後ー管理棟。
「えらい寒いな。暖房は?何度設定なの?」
芥川が、手を擦りながら呟く。
息が、白く凍る。
職員が、温度計を見る。
「……室内はマイナス5度です。設定は21度…」
専務が、舌打ち。
「室外機、凍ったんじゃないか??」
芥川が、指示を出す。
「雪の中すまないが、室外機の様子を見てきてくれ」
職員が玄関へ。
――数秒後、ドアが勢いよく開く。
職員が、顔を真っ赤にして戻ってきた。
「やばいです所長……寒いというか、痛いです……」
温度計を差し出す。
「外気温、マイナス30度……」
芥川は、受話器を掴む。
「中央制御室、調子はどうです? 室内温度は?」
Tの声が、明るく返る。
「異常なしです。室内? 快適です。
目と鼻の先に復水器がある。少し暑いくらいですよ」
芥川は、短く礼を言って電話を切った。
「Cさん、できるだけ厚着をして車を玄関の先まで持ってきてください」
「専務、ありったけの非常食と防災用品、職員のコンピュータを詰め込んで中央制御室に持って行ってください」
「皆さん。4つの原子炉制御室に分散しましょう」
4日後 ━ 第3制御室内
第4制御室と連絡が取れなくなってから2日目
芥川が、無線に向かって聞いた。
「Tさん、外気温は?」
しばらくして、Tの声がした。
「マイナス60度だ。初めて見た」
芥川は、静かに答える。
「わかった。戻ってきてくれ」
Sが、震えながら呟く。
「外部との連絡は……取れない。
トウキョから来るはずの職員も、来れてない」
Oが、Sの肩を叩く。
「ちゃんと飯食ったか? 顔色悪いぞ」
Sは、虚ろな目で答える。
「もう、どうでもいい。
多分みんな死んだよ」
Oが、声を荒げる。
「なんで分かる。お前、学者か?」
Sは、淡々と続ける。
「2日前から、サイレンが鳴らなくなった。
負荷だって1万9千kW/h。
――ほぼゼロだ」
Oが、拳を握る。
「そうかよ、さすが名探偵。次喋ったら殺してやる。」
芥川が、静かに口を開く。
「ギリシャに、プロメテウスという男がいた」
全員が、息を呑む。
「神の怒りを買いながら、人類に火を贈った。
我々の文明は電気で動く。
今のような危機でも、人を人たらしめるのは電気だ」
蛍光灯が、薄暗く揺れた。
芥川の顔を、青白く照らす。
「我々は神を守っている。
この発電所は、コンクリートと鉄じゃない。
人々の希望だ。
たとえ今、誰かが一日でも安らかに生きるなら、
我々が電気を作るその一日は意味がある」
芥川は、Sを見据える。
「怒り、恐怖、絶望――それも人間だ。
プロメテウスも恐れた。
だが、彼は選んだ。
人類のために立ち上がることを」
芥川は、静かに続ける。
「君も選べばいい。
責任から逃げて、一人でくたばるか。
皆と一緒に、誰かの未来を守り続けるか」
制御室は、静寂に包まれた。
外では、風が唸る。
だが、炉心の鼓動だけは、
止まることなく、響き続けていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。