第3話

不通
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2025/11/10 09:28 更新
管理棟の時計は、午後三時を指していた。

だが、外はもう真夜中のように暗い。

「――専務」
芥川所長が、低く呟く。

「トウキョ本社と通信が途絶えたそうだが?」

専務が、受話器を叩く。
「テレビも映らないそうです。
 ラジオはかろうじて……」

スピーカーから、ノイズ混じりの声が漏れる。

「――ジジ……現在、太平洋上で発生した超大型台風がヒノモトに接近中……
台風の大きさは過去最大級…
中心気圧860hPa――観測史上最低……
台風の目、気温マイナス110度……
低気圧の渦が..対流圏上層にある....超低温の大気を引きずり下ろしています...

外には決して出ないでくださ――」
声は、そこで途切れた。

芥川が、窓の外を見る。

雪は、もう「降る」というより「襲う」という言葉が相応しい。

「送電は出来てるんだな?」
専務が頷く。
「はい。つつがなく。」


「負荷がある以上電気を使ってる人間がいる。あまり深い問題では無いだろう。」「監視委員会と規制庁の到着を待とう。」
3時間後ー管理棟。


「えらい寒いな。暖房は?何度設定なの?」
芥川が、手を擦りながら呟く。

息が、白く凍る。

職員が、温度計を見る。
「……室内はマイナス5度です。設定は21度…」

専務が、舌打ち。

「室外機、凍ったんじゃないか??」

芥川が、指示を出す。
「雪の中すまないが、室外機の様子を見てきてくれ」

職員が玄関へ。

――数秒後、ドアが勢いよく開く。
職員が、顔を真っ赤にして戻ってきた。

「やばいです所長……寒いというか、痛いです……」
温度計を差し出す。

「外気温、マイナス30度……」
芥川は、受話器を掴む。
「中央制御室、調子はどうです? 室内温度は?」

Tの声が、明るく返る。
「異常なしです。室内? 快適です。
 目と鼻の先に復水器がある。少し暑いくらいですよ」

芥川は、短く礼を言って電話を切った。

「Cさん、できるだけ厚着をして車を玄関の先まで持ってきてください」

「専務、ありったけの非常食と防災用品、職員のコンピュータを詰め込んで中央制御室に持って行ってください」

「皆さん。4つの原子炉制御室に分散しましょう」
4日後 ━ 第3制御室内
第4制御室と連絡が取れなくなってから2日目
芥川が、無線に向かって聞いた。
「Tさん、外気温は?」

しばらくして、Tの声がした。
「マイナス60度だ。初めて見た」

芥川は、静かに答える。
「わかった。戻ってきてくれ」

Sが、震えながら呟く。
「外部との連絡は……取れない。
 トウキョから来るはずの職員も、来れてない」

Oが、Sの肩を叩く。
「ちゃんと飯食ったか? 顔色悪いぞ」

Sは、虚ろな目で答える。
「もう、どうでもいい。
 多分みんな死んだよ」

Oが、声を荒げる。
「なんで分かる。お前、学者か?」

Sは、淡々と続ける。
「2日前から、サイレンが鳴らなくなった。
 負荷だって1万9千kW/h。
 ――ほぼゼロだ」

Oが、拳を握る。
「そうかよ、さすが名探偵。次喋ったら殺してやる。」
芥川が、静かに口を開く。

「ギリシャに、プロメテウスという男がいた」

全員が、息を呑む。
「神の怒りを買いながら、人類に火を贈った。
 我々の文明は電気で動く。
 今のような危機でも、人を人たらしめるのは電気だ」

蛍光灯が、薄暗く揺れた。
芥川の顔を、青白く照らす。

「我々は神を守っている。
 この発電所は、コンクリートと鉄じゃない。
 人々の希望だ。
 たとえ今、誰かが一日でも安らかに生きるなら、
 我々が電気を作るその一日は意味がある」

芥川は、Sを見据える。
「怒り、恐怖、絶望――それも人間だ。
 プロメテウスも恐れた。
 だが、彼は選んだ。
 人類のために立ち上がることを」

芥川は、静かに続ける。

「君も選べばいい。
 責任から逃げて、一人でくたばるか。
 皆と一緒に、誰かの未来を守り続けるか」

制御室は、静寂に包まれた。
外では、風が唸る。
だが、炉心の鼓動だけは、
止まることなく、響き続けていた。

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