星名蓮。
その名が本名だと、黒瀬は思っていなかった。
今時芸能人の名前は、調べれば身辺情報まで出てくる。彼はそれにして珍しく、
家族構成も本名も不詳とされていた。
その名前を、
飴玉を転がすように黒瀬はしばらく口にした。
ステージの端に腰をかけ、彼はぽつりと呟いた。
星名が被るその「嘘」を
白日の下に晒したいわけではない。
黒瀬はマジシャンであって探偵ではない。
ただ、その嘘の下側がみたいと思っていた。
星名蓮という名の俳優は、どんな人間であるのかを。
その疑問が、妙に頭に残った。
明日の公演までの時間が、刻々と迫ってきている。
劇場は昨晩に引き続き、客席は満員だった。
星名はチケットに示された席に座り、
帽子を目深に被って軽く腕を組む。
今回のテーマは「暁影」。
ただのショーにしては洒落込んでると思った。
夜明けの光に照らされ、
その光の当たらない部分にできる影。
スポットライトの光が眩しければ眩しいほど、
その周りの影も濃くなり客席から見えなくなる。
黒瀬はその部分に焦点を当てた。
星名にとっては、それが客に舞台裏を覗かせるような
感覚で心地良いとは言えなかった。
客席がゆっくり暗くなる。
時刻は丁度、ショーが始まる時間だ。
自然とざわめきは止み、ステージに一筋の光が落ちる。
昨日星名が見たものと変わらない声色と仕草。
観客全員が自分一人に注目していても、
緊張する様子がまるでない。
それとも緊張しているのは客席だけなのか。
衣装の白と黒の境界線が、
照明に当たってくっきり区切られる。
その後ろの黒瀬から伸びる影は歪んでいた。
彼が歩く度その影は揺れ、形を変える。
星名は腕を組んだままそれを見ていた。
片手で軽く広げたトランプには
エース、スペード、クローバーと
馴染みのある模様が刷られていた。
黒瀬がステージから降り、
最前列に座る客に一枚のトランプを引かせる。
ありふれたマジックだ、と星名は思った。
だが違った。星名は無意識に帽子のつばを上げた。
指を弾く音が劇場に響いたとき、
黒瀬が掲げたトランプの絵柄は消えていた。
客が引いた一枚だけ残し、他は真っ白に。
黒瀬の手首が捻られ、
絵柄の残ったトランプにあたる角度が少し変えられる。光の反射でそれも白く、模様が見えなくなった。
星名が彼の言葉に唖然としている間に、
最後の演目に移っていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。