第5話

フェローだけの当直
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2025/09/15 11:24 更新
*******続き*******


ロッカールーム

まだ朝の静けさが残っていた。
白石は自分のロッカーを開け、スクラブを取り出す。

すると、背後で扉が開く音がして緋山が入ってきた。
緋山美帆子
緋山美帆子
「おはよ」
白石恵
白石恵
「おはよう」
緋山は髪をかき上げながら
ロッカーに荷物を置き、手早く着替えを始める。

短い会話を、一言二言交わし、
しばらくしてーー

緋山は少し迷ったあと、切り出した。
緋山美帆子
緋山美帆子
「……ねえ、昨日のあなたの名字、どうだった?」
白石が一瞬手を止め、横目で緋山を見る。
白石恵
白石恵
「どうって?」
緋山美帆子
緋山美帆子
「いやぁー…様子?っていうか、なんていうか」
分かりやすく動揺する緋山を見て、
白石はふっと笑った。
白石恵
白石恵
「ルートも取れたし、そのあとも落ち着いて動けてた。藍沢先生の補佐もちゃんとこなしてたよ」
白石は素直に言葉を続ける。
白石恵
白石恵
「やっぱり、ひとりで残って練習してたみたい。冴島さんが見たって」
緋山の眉がかすかに動く。
緋山美帆子
緋山美帆子
(……まあ、知ってるけど)
緋山は心の中でそう呟いた。

昨夜、たまたま廊下で見かけたあの光景が頭に浮かぶ。震える手で、それでも必死に食らいついていた姿を。

だが緋山は表情を変えず、そっけなく返した。
緋山美帆子
緋山美帆子
「ふーん。まあ、少しは自覚あるみたいね」
淡々とした口ぶり。
しかし、ほんの一瞬だけ口元がゆるむ。

白石はそれを見逃さなかった。
白石恵
白石恵
(……やっぱり気にしてるんだ)
胸の奥で小さく笑みがこぼれる。

そのとき、ロッカールームのドアが開き、
あなたの下の名前が入ってきた。
(なまえ)
あなた
「……おはようございます」
声は小さく、視線は泳ぎがち。

白石や冴島の前では
少しずつ柔らかくなってきた態度も、
緋山の前ではまだ硬い。

緋山はスクラブに袖を通しながら、
にやりと口角を上げる。
緋山美帆子
緋山美帆子
「聞いたわよ。昨日は……まあ、マシだったんだって?」
(なまえ)
あなた
「……は、はい」
あなたの下の名前は背筋を伸ばし、
慌てて返事をする。
緋山美帆子
緋山美帆子
「言っとくけど、それが普通だから。できて当たり前。昨日までできなかったことの方が問題なんだからね」
冷たく突き放すような言い方に、
あなたの下の名前はうつむいて小さく返事をする。
(なまえ)
あなた
「……はい」
白石はそんな二人を見ながら、
心の中で思う。
白石恵
白石恵
(……あ、昨日の藍沢先生と同じ)
ぶっきらぼうで、
素直に褒めないところはそっくりだ。

あなたの下の名前には悪いと思いつつ、
白石は思わず笑ってしまう。
白石恵
白石恵
「ふふふ」
緋山美帆子
緋山美帆子
「あんた、なに笑ってんのよ」
白石恵
白石恵
「ううん、別に(笑)」

それからーー

緋山はロッカーを乱暴に閉めると、
振り返って言った。
緋山美帆子
緋山美帆子
「ほら、ぐずぐずしてないで。行くわよ」
(なまえ)
あなた
「は、はい!」
あなたの下の名前は慌てて後を追った。

白石は一歩遅れて立ち上がりながら、思う。
白石恵
白石恵
(……ほんと、不器用なんだから)
ロッカールームを出る
三人の足音が重なり、一日が始まる。
救命での数日間は、
嵐のように過ぎていった。

あなたの下の名前は最初のころのように
慌てふためくことは減った。

もちろん判断が追いつかない場面や、
白石や緋山に助けられる場面はまだ多い。

それでも、誰よりも遅くまで残って練習し、
空いた時間には医学書を開いていた。
その姿は、いつの間にか
フェローたちにも自然と知られるようになっていた。
冴島はるか
冴島はるか
「あなたの名字先生って、相当な努力家ですね」
緋山美帆子
緋山美帆子
「……まあね」
認めたくない気持ちを口にしながらも、
緋山がほんの少しだけ表情を和らげる場面もあった。

ただ、まだ――
あなたの下の名前の「本当の力」には誰も気づいていない。

彼女自身もまた、
ただ必死に食らいつくだけの日々を送っていた。
ある日の夕方

医局のデスクで
カルテ整理をしていた黒田が、ふと手を止めた。

横にいた三井が顔を上げる。
黒田脩二
黒田脩二
「……そろそろ、やらせてみるか」
三井環奈
三井環奈
「え?」
黒田脩二
黒田脩二
「フェローだけで一晩、当直」
黒田の言葉に、三井は少し目を細めた。
三井環奈
三井環奈
「……まだ、少し早くないですか?」
黒田脩二
黒田脩二
「あぁ。でも、いつまでも俺たちが手を出してちゃ、育たねぇ。何かあったらフォローはする。それでいいんじゃないか?」

三井は一瞬考えた後、静かに頷いた。
三井環奈
三井環奈
「……そうですね。試してみましょうか」

救命センターに、
新しい夜が訪れようとしていた。
その夜

待機室には、
いつもの緊張感と違うざわめきが漂っていた。

今夜は特別――

フェロー五人と冴島だけでの当直。

黒田も三井も控えてはいるが、
基本は「自分たちでやり切れ」という指示だった。

それぞれが椅子に腰を下ろし、
バラバラに雑談を始める。
白石恵
白石恵
「ふぅ……なんか緊張しちゃうね。私たちだけって」
白石が缶コーヒーを手にしながら、
小さくつぶやく。
緋山美帆子
緋山美帆子
「うん。でも、ちょっと、わくわくする」
緋山が口角を上げる。
藤川一男
藤川一男
「お、言うねぇ。……まあでも、ほんとチャンスだよな。ここでやれたら上に認められる。ヘリの道も近づく」
藤川がいつもの調子で笑うが、
声にはどこか焦りがにじんでいた。

藍沢がその横で、
書類をめくりながら淡々と告げた。
藍沢耕作
藍沢耕作
「あぁ、だから絶対に足を引っ張るな」
藤川一男
藤川一男
「……っ! お前なぁ!」
緋山美帆子
緋山美帆子
「……相変わらず上から目線」
緋山も即座に噛みつく。
藍沢耕作
藍沢耕作
「事実だろ。結果を出した奴が残る。それだけの話だ」
緋山美帆子
緋山美帆子
「ふん……」
緋山の目が鋭さを増す。
藤川一男
藤川一男
「どんな症例……来るかな」
藤川の言葉に、藍沢が視線を上げる。
藍沢耕作
藍沢耕作
「症例は患者次第だ。俺たちが願ってどうにかなるものじゃない」
藤川一男
藤川一男
「……出たよ。藍沢の正論」
緋山は皮肉な笑みを浮かべ、藍沢を睨む。
緋山美帆子
緋山美帆子
「とか何とか言って、ほんとは誰よりも“面白い症例こい”って思ってるんでしょ。顔に出てるわよ」
藍沢耕作
藍沢耕作
「ま、そうかもな」
藍沢はあっさり肯定する。
藤川一男
藤川一男
「……っ!」
白石恵
白石恵
「はいはい、ケンカ腰はやめよ。私たちはチームなんだから。協力しなきゃ」
白石がなだめるが、火花は消えない。
緋山美帆子
緋山美帆子
「はぁ……また得意の綺麗事?悪いけど今日は、患者の取り合いだからね」
白石恵
白石恵
「……もぅ」
白石は苦笑いを浮かべ、あなたの下の名前に視線を向ける。
白石恵
白石恵
「……あんまり気にしなくていいよ。みんな気合入ってるだけだから」
(なまえ)
あなた
「は、はい……」
あなたの下の名前は小さくうなずいたが、
内心は圧倒されていた。
(なまえ)
あなた
(すごい……。この人たちは、常に一歩も二歩も前に出ようとしてる。私なんか、ついていくので精一杯なのに……)

それでもーー
(なまえ)
あなた
(頑張らなきゃ…!)
小さな決意を胸に、あなたの下の名前は背筋を伸ばした。
早速、最初のコールが入る。
CS
「30代女性、交通外傷!出血多量、ショック状態!」
ストレッチャーが運び込まれると、
フェローたちは一斉に動き出した。
藍沢耕作
藍沢耕作
「緋山、気道確保」
緋山美帆子
緋山美帆子
「わかってる!」
藍沢耕作
藍沢耕作
「白石、バイタルのチェック」
白石恵
白石恵
「了解」
藍沢耕作
藍沢耕作
「藤川、輸液の準備しろ」
藤川一男
藤川一男
「お、おう!」
藍沢耕作
藍沢耕作
「あなたの名字、ルートとれ」
(なまえ)
あなた
「は、はい!」
藍沢が的確に指示を飛ばす。

あなたの下の名前は迷わず手袋をはめ、針を進める。
血液が返ってくるのを確認し、スムーズに固定した。
(なまえ)
あなた
「確保できました!」
藍沢耕作
藍沢耕作
「よし。次、採血頼む」
(なまえ)
あなた
「はい!」
彼女の手が自然と動くのを、全員が横目で見ていた。
緋山美帆子
緋山美帆子
「冴島、喉頭鏡ちょうだい」
冴島はるか
冴島はるか
「はい」
緋山と藍沢は並んで処置を進める。
藍沢耕作
藍沢耕作
「藤川、圧迫止血続けろ!」
藤川一男
藤川一男
「おう!」
藤川の手がわずかに震え、ガーゼがずれる。

再び血が滲み、冴島が鋭く声を飛ばした。
冴島はるか
冴島はるか
「藤川先生、しっかり押さえて!」
藤川一男
藤川一男
「わ、わかってる!」
その後も搬送は続いた。
心筋梗塞疑い、頭部外傷、転倒による骨折……。

夜の救命は、途切れることなく患者が押し寄せる。
フェローたちは競うように前へ出た。
緋山美帆子
緋山美帆子
「私がやる」
藍沢耕作
藍沢耕作
「いや、これは俺が」
そんな中、あなたの下の名前は、
ルート確保、採血、モニター装着など、
次々と確実にこなしていった。
(なまえ)
あなた
(……できてる。少しずつだけど、落ち着いて動けてる)
確かな手応えがあった。
深夜二時。
救急車のサイレンが再び鳴る。
CS
「40代男性、転落事故!顔面外傷、気道閉塞の危険あり!」
患者は顔から大量に出血しており、
呼吸はぜいぜいと途切れがち。
白石恵
白石恵
「挿管……でも出血で視野がとれない!」
白石が顔をしかめる。
緋山美帆子
緋山美帆子
「このままじゃ間に合わない。気管切開する?」
緋山が言うが、藍沢は首を振った。
藍沢耕作
藍沢耕作
「ショックで血圧が落ちてる。切開に時間をかけたら死ぬ」
藤川一男
藤川一男
「じゃあどうすんだよ!」
冴島はるか
冴島はるか
「黒田先生に電話……」
冴島がそう言いかけたそのとき、
あなたの下の名前はあることを思い出した。

そしてーー
(なまえ)
あなた
「あ、あの!」

全員の視線が、一斉に集まった。


*****続く*****

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