バスは午後の陽炎を溶かしながら、都市部へと滑り込んでいった。
車窓の外には歪なビル群と、喧騒にかき消された太陽が映っている。
漣は最後尾の席で、窓の外を無表情に眺めていた。
斧はタオルでくるまれ、足元に置かれている。
誰も近寄らないのは、彼女の"空気"のせいだった。
──都市の空気は、山のそれよりもさらにうるさい。
バスターミナルに到着したのは、夕暮れ前。
彼女は誰に促されるでもなく、荷物も持たずにバスを降りた。
街の端にある、古びた案内板を眺める。
その中に小さく、英語で書かれた『AIRPORT』の文字を見つけた。
──飛行機。
──もっと遠くへ。退屈じゃない場所まで。
地図は頭に入れた。徒歩で約40分。
彼女は斧を片手に歩き出す。
空港と言っても、そこは民間機と軍用機が混ざり合う、まるで倉庫のような場所だった。
屋根の一部は剥がれ、天井からは配線が見えている。
働いている人々も雑で、金属探知機は常に鳴っていた。
だが、漣は堂々とそこに立っていた。
カウンターの係員が訝しげに顔を上げる。
「……ちょっと、君、それ何持ってるの?」
漣は何も言わない。
斧の布を少しだけめくり、「荷物」と一言だけ返す。
係員は一歩後ずさる。
「あ、はい……持ち込みは無理だから……預けてくれれば」
静かに頷き、斧を預け用のカートに載せる。
その一連の動作が、まるで爆弾処理班のように丁寧で、静かだった。
だが──
空港の一角で、男の怒鳴り声が響いた。
「おい小娘ッ!どこでその斧手に入れた!?」
一人の男が近づいてくる。
軍服に似たジャケット、左腕には奇妙な蛇の刺青。
周囲の係員がざわつき、距離を取る。
どうやら、地元で名の知れた荒事屋らしい。
「それは俺の仲間が持ってた武器だ。盗んだな?」
漣は静かに振り返る。表情は、変わらない。
──つまらない。
──でも、斧を触られるのはもっとイヤだ。
男が手を伸ばしたその瞬間。
ザッ
漣の足が一歩、男の懐に滑り込んだ。
右腕が肩ごと上がる。
布の隙間から、戦斧の刃先がわずかに覗いた瞬間──
「待って!お客様!!」
係員が間に割って入る。
「そ、その方は今フライト予約されてる乗客でして……!あの、ややこしいことは……!!」
男が歯を食いしばる。
「クソ……次に会ったら斬るぞ……!」
彼女は何も言わず、斧を下ろした。
飛行機の中。
小さなプロペラ音が、静かに空気を揺らしていた。
漣は窓際の席に座り、下界を見下ろしていた。
オレンジに染まる大地が、遠くへ遠くへ流れていく。
──どこへ行っても退屈はついてくる。
──でも、今は少しだけ……面白い気がする。
遠く、坂本商店がある街へ。
漣は、静かに近づいていた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。