東南アジア某国、山奥の刑務所からの脱獄──
それは静かに行われ、静かに終わった。
その翌日。
人目を避けるでもなく、少女は町へと降りていた。
刑務所から徒歩で三時間。
古びたバスターミナルのベンチに、スカートの裾を丁寧に整えながら腰掛ける。
顔には汗一つなく、服も乱れていない。
片手には大型戦斧。
まるで日用品のように、無造作に担がれていた。
真昼の空気はじっとりと重く、どこからか香辛料の匂いと、油で焼けた鳥の匂いが漂ってくる。
少女はそれらすべてを、どうでもいいと言わんばかりの表情で見つめていた。
だが──
「……やることない」
呟きは小さく、風の中にかき消えるような声だった。
独房で何百回も繰り返したような、無機質な響き。
彼女の名前は漣(さざなみ)。
年齢は17。身長150センチ。
その華奢な身体に似合わぬ戦斧を、まるで自分の腕の延長のように扱う。
──人を傷つけることに、罪悪感はない。
──ただ、退屈だけが我慢できない。
駅前の広場では、屋台の店主が騒いでいた。
「誰だお前、武器持ってんじゃねぇ!警察呼ぶぞ!」
そう怒鳴る中年男を、漣はじっと見つめる。
その目に、感情はない。
ただ、瞬きの間に何をすべきかを計算する、冷たい鋭さだけがあった。
──斧は振らない。
──今日は、戦う気分じゃない。
少女は立ち上がると、ベンチの影に斧を隠すように置いた。
そして、ポケットから取り出した何かを見つめる。
金属片。鍵の部品。
──独房を出たときに壊した鍵の、最後の一片。
彼女はそれをしばらく眺めた後、無言で地面に落とした。
そして何も言わず、それを踏み砕く。
目的はない。
でも、止まる理由もなかった。
少女は斧を再び手に取り、肩に担いだ。
大人たちの目が怯えながら逸れていくのを感じながらも、漣は何も言わずに歩き出す。
昼下がりの市場を抜け、雑踏の中を静かに進んでいくその背中は、まるで最初から誰の視界にも映っていなかったかのように淡い。
音も無く、気配も無く、ただ一歩ずつ。
──名を呼ぶ者もいない。
──だが、彼女は確かに存在している。
その証拠に。
市場の一角で、「でっかい斧持った青髪のガキが通ったぞ!」という叫び声が、少し遅れて響いた。
漣は一度だけ、無表情のまま小さくつぶやく。
「……ばれたか」
──次の町へ向かう、午後のバスが動き出す。
その後部座席に、小さな影がひとつ、静かに揺れていた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!