中也との待ち合わせ場所へ向かう足取りは重い
感情を殺し、あふれ出る「事象」を調節し、心に「人間」としての仮面をつける
私は毎日、戦っていた
いつか、中也を壊してしまうのではないか
その恐怖は、片時も私を離れたことはない
薄氷を踏むような毎日、彼への想いを必死に無視し続けた毎日
けれど昨日────
あの時が、すべてを狂わせた
彼のぬくもりを知ってしまった心は、もう抑えてはおけなかった
せき止めてきた中也への想いと、彼を破壊することへの恐怖が
音を立てて決壊しあった
(なくさなければ、 彼へのこの想いを)
けれど、裏路地に佇む中也の背中を認めた瞬間、私の内側から悲鳴を上げた
網膜に焼き付いた彼の輪郭が、私の血を再び沸騰させる
恋心を隠そうとすればするほど、それはナイフとなって胸の奥を突き刺した。
振り返った中也の顔が、ぱっと明るくなる
私が来たことに対する喜びが滲む笑みだった
弾んだ声
寝ている間も、「事象」が取り込まれ続ける私を案ずるような、
それでいてどこか愛おしそうに私を見つめるその目
彼を直視した瞬間、私の仮面は内側からミシミシと悲鳴を上げた
彼を愛おしいと思うほどに、私の中の「事象」はあふれ出し、彼を壊す爆弾へとなる
彼の笑顔は、今の私にとって最も残酷な起爆装置だった
彼から目をそむけるようにして そう答える
乾いた声しか出せなかった
私は彼から逃げるように、数歩分だけ距離を空けて歩き出した
中也が隣に並ぼうと歩幅を合わせるたび、
逃げるように斜め前方へ足を踏み出し、
彼の手が届かない空白を必死に維持した
中也の声から明るさが消える
それでも私は近寄れない。彼との間に空いた数メートルの空間だけが
今の私に残された唯一の、最後の防衛線だった
中也が、強引にその空白を埋めるように踏み込んできた
一歩、二歩。彼が距離を詰めるたびに、私の中の「事象」が熱くなる
────やめて、来ないで
中也が私の手首を掴もうと手を伸ばした
その指先が触れようとした瞬間、私の心は恐怖に染まる
叫びと共に、足元から制御を失った「事象」が噴き出した
ドォォン!!
アスファルトが絶叫を上げて砕け、重い熱風が中也をなぎ払う
咄嗟に腕を交差した中也だが、暴発は彼の袖を焼き、その下の肌を赤く火照らせた
昨日、私を包み込んでくれた彼の腕を、私は今、自らの手で焼いたのだ
(ああ、やっぱり。私が隣にいたら、中也を傷つけるだけなんだ……)
彼を、「人間」として愛することができない
私は一歩、後ろへ下がった
中也が何かを叫ぼうと足を踏み出すその瞬間、
私は地面を蹴り、空中へと逃げ出した
私のエネルギーは、中也というパートナーがいて初めて『指向性』を得る
この力を導けるのは、世界でただ一人、中也だけなのだ
一人では、力をどこへ向ければいいのかさえ分からない
…もう、彼に助けなんて求めらないけれど
私は、何もない虚空を力任せに"踏み抜いた"
────ッ、ガァァン!!
足の裏で『事象』を一点に圧縮し、無理やり空気を踏み固めて爆発させる
カッ、と空間がひび割れ、鋭い亀裂が走る
その凄まじい反動が、私の体を真上へと力任せに突き飛ばした
中也の叫びを、爆音で塗りつぶす。
二歩目、三歩目
空を爆破するたびに、
足元から同心円状の衝撃波が広がり、
周囲の空気を円盤状に弾き飛ばす
あなたの服は、その加速に晒され、悲鳴を上げるように激しくなびく
裾は鋭い刃物となって風を切り裂き、背後で踊る
指向性のない、歪で孤独な空中散歩
彼のようにはいかないけれど、それでも空中を飛ぶことはできる
爆発で体に傷ができていく
頬を叩く夜風は凍るように冷たいのに、
私の体は、中也を傷つけた罪悪感に焼かれて熱く燃えていた
彼を二度と焼かない、遥か高い空の静寂へ












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。