第4話

「赤ちゃんの日」
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2026/01/16 11:00 更新





その日は自分でもよく分からないくらい、
朝から調子が違った。










体調が悪いわけじゃない。









眠いわけでもない。










ただ――










なんか、ふにゃっとしてる。
















目が覚めて一番最初に思ったのは、









「……やま、いるかな。」 だった。









いつもなら目覚ましを止めて、ぼーっと天井見て、
それから起きる。










でも今日は、無意識に隣を探してた。









「……やま」









小さく呼ぶ。









返事はないけど、
気配はある。









その安心感だけで、
もう一回布団に顔をうずめた。














少しして、やまとが起きる音がした。









「……おはよ」









声、低い。









「……おはよぉ」








自分でも分かる。









声が、変。








やまとが一瞬止まった。









「……今の、なに」









「…おはよ………??」









「………語尾」









「……?」










無自覚だった。















やまとは布団から起き上がって、俺のほうを見る。









その瞬間、
やまとの眉がじわっと下がった。









「……今日、どうしたの」









「ん?なにが」










「ん〜…いや……」








言葉を選んでる顔。









「いつもより、……ちっちゃい」










「…ッちっちゃくない」









「態度が」









俺はよく分からないまま、
布団の端を掴んだ。










「……だって、まだ眠いもん」









「眠いと、そんな声になるっけ」










「なる」









たぶん、なる。















起きる気になれなくてそのまま布団に転がってると、
やまとが近づいてくる。









「……起きないの?」









「……やだ」








即答。









自分でもびっくりした。










やまとは、
完全に固まった。








「……今、やだって言った?」









「……言った」









「珍しすぎだろ」









「……だって」









理由は、特にない。










ただ、布団があったかくて、
やまとが近くて。










それだけで、なぜか動きたくなかった。

















やまとは俺の横に座って、
しばらく黙ってた。










その沈黙が、なんか優しい。










「……今日さ」









やまとが、ぽつっと言う。










「赤ちゃんみたい」










「……は?」










「否定はしないんだな」









「してるじゃん」









「声に力がない」









俺は枕に頬をすりっと擦りつけた。










「……赤ちゃんじゃない」










「うん」










「……少しだけ、甘えたくなっちゃっただけ」









「それを、世間では赤ちゃんって言う」










「……やま、意地悪」










「意地悪じゃないよ」









やまとは、
俺の髪を撫でた。









「困ってる……かわいい」

















朝ごはんの時間になっても、
なぜかいつもよりも全然シャキッとしなかった。









ソファに座って、
マグカップを両手で持つ。









「……ぁち」









「ゆっくりだよ、ゆうた」










「……うん」









一口飲んで、
ふぅって息を吐く。









やまとは正面に座って、
ずっと俺を見てる。










「……なに」









「いや」









「なに」










「……可愛すぎる」










「……それ、言わないで」









「言う」










即答だった。
















パンをかじるのも、いつもより遅い。










ぼろっと落としそうになって、
やまとが慌ててティッシュを差し出す。










「ほら」









「んっ……ありがと」











その受け取り方も、
たぶん、いつもより素直。









やまとが、深くため息をついた。









「……今日俺、一日持つ気しない」










「なにが」









「………理性」









「……?」









俺は意味が分からなくて首を傾げた。









それを見て、
やまとが天井を仰ぐ。










「ほら、そういうとこ、、」
















昼になっても、
調子は戻らなかった。









むしろやまとがいる安心感で、
さらに甘くなる。










ソファで並んで座ってると、
自然と距離が縮む。









「……やま」









「ん?」










「……くっついても、、いい?」










普段なら絶対に聞かない。









勝手に座るか、逆に距離取るか。










でも今日は聞きたかった。










やまとは一瞬、目を見開いてから小さく笑った。










「…どうぞ」
















俺は、やまとの腕に体を預けた。










「……あったかいね」










「そりゃな」









「……落ち着く」









「……」










やまとが、何も言わなくなる。









でも腕に入る力が、少しだけ強くなる。









「………やま」









「ん」









「……なでて」









一瞬、時間が止まった気がした。















「……自覚ある?」










やまとが、
低い声で言う。









「…??なにが」










「今のゆうたの破壊力」










「……ない」









「だろうな」










そう言いながら、
やまとは俺の頭を撫でた。










優しくて、ゆっくり。










「……これが一日続いたら俺、過保護通り越しちゃう」










「……だめ?」










「だめじゃない」









即答。










「…ただ可愛すぎて俺が困っちゃうだけ」















午後。









俺はやまとが動くたびに目で追ってた。










キッチン行くと、ついていきたくなる。









トイレ行くって言うと、
「すぐ戻ってね」って言いそうになるのを
必死で我慢する。









「ねえやまと……俺、変?」









聞くと、やまとは少し考えてから言った。









「……変じゃないよ」









「ほんと?」









「今日は赤ちゃんモードなだけ。」









「……その言い方やだ」









「可愛いね」








「……」














夕方。









俺は、
やまとの服の袖を掴んでた。









無意識。









「……どうした?」









「……いなくなるかと思った」










「キッチン行くだけだよ」









「……でも」









「でも、なに」









「……戻ってくるって分かってても」









言葉にするのが難しかった。










やまとは、俺の手を包む。










「すぐ戻ってくるからね」









「……うん」










「ちゃんと、ここにいる」









その言い方が、すごく優しくて。









胸がじわっとする。
















夜。









ベッドに入っても、
俺はやまとにくっついたまま。









「……今日のさ」









やまとが言う。









「赤ちゃんっぽいゆうたも、すごい好き」









「……ほんとに?」









「ほんと。」










「……やまとちょっと困ってたくせに」









「困ってるけど」









やまとは、
俺の額に軽くキスする。










「それ以上に、可愛くて、」









「守りたくて、」










「離したくなくなる。」

















俺は少しだけ照れて、
やまとに顔を埋めた。










「……もし明日も、こうしたいって思っちゃったら?」










「明日?」









「赤ちゃん。」










やまとは、少し笑ってから答えた。









「そのときは、」









「俺が一日、ゆうたに付き合うよ。」









「……ほんと?」









「ほんと」
















その約束が、
なんだか嬉しくて。









俺は、そのまま眠りに落ちた。










今日は、赤ちゃんみたいだったかもしれない。










でも――









それを、ちゃんと受け止めてくれる人がいるなら。











たまには、こういう日があってもいいなと思った。








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