『……なんとなく、帰りたくなかったから……嬉しくなっちゃって』
胸の奥が一瞬で熱くなる。
そんな言葉、想像していなかった。
(……なんやねんそれ)
動揺を悟られないように、ぐっと耐えて応える。
「そうやったん?笑」
できるだけ普段通りの声で返すが、
呼吸が少しだけ浅くなるのが分かった。
そもそも。
あなたが送ると言ってくれた時点で、最後は2人きりになることなんて分かっていた。
それが、嬉しかった。
嬉しかったのに……
セイトの家から自分の家まではたった10分弱。
(……それだけじゃ足りひん)
思わず「どっか行かん?」なんて口にしてしまっていた。
欲張りになっている自分に気づいて嫌になったが、「行きたい」と言ってくれて嬉しかった。
『……どこ行く?』
彼女がまだ少し恥ずかしそうな声で言葉を発する。
「んー、この辺でええとこあるんかな。
あんま詳しくないんよな」
『あ、豊洲とか?きれいな景色見える公園あるんだよね!』
さっきまでの空気をかき消すみたいに、提案してくれた。
「へー、行ってみたいわ」
『じゃあ出発!』
「この時間だと20分くらいかな〜」なんて言いながらエンジンを入れる手つきが軽くて、
(なんや、もう気持ちは切り替わっとるんか)
と少し笑ってしまう。
「ようそんなとこ知ってるな」
『夜中、友達とそこでたまにヒーリングするんだよね』
「そうなんや」
目的地入れずにそのまま走り出す。
慣れたようにハンドルを切るのを見ると、
よく行く場所なんだと分かって、胸の奥がじんわりする。
またひとつ、彼女のことを知れたなと、
そんな感覚が心臓の奥であたたかく広がる。
車内には、さっきまでの賑やかさとは違う空気が流れる。
彼女と2人の時の、この空気も好きだった。
『外、寒くないかな?』
「まあ、今なら韓国で寒さ慣れてるんちゃう?」
『慣れるとかある?』
「麻痺ってるんちゃう?」
『ふふ、確かに』
笑い声が狭い車内に温かく響く。
窓の外に流れていく夜の景色よりも、
隣でハンドルを握る彼女の横顔のほうがよっぽど目に止まった。
(……この景色が見たかった)
そんなことが喉の奥に引っかかったまま、
車は静かに走り続けた。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!