第112話

105話(sideカイリュウ)
1,206
2026/01/02 12:00 更新
『……なんとなく、帰りたくなかったから……嬉しくなっちゃって』


胸の奥が一瞬で熱くなる。
そんな言葉、想像していなかった。


(……なんやねんそれ)


動揺を悟られないように、ぐっと耐えて応える。


「そうやったん?笑」


できるだけ普段通りの声で返すが、
呼吸が少しだけ浅くなるのが分かった。



そもそも。
あなたが送ると言ってくれた時点で、最後は2人きりになることなんて分かっていた。

それが、嬉しかった。

嬉しかったのに……
セイトの家から自分の家まではたった10分弱。


(……それだけじゃ足りひん)


思わず「どっか行かん?」なんて口にしてしまっていた。

欲張りになっている自分に気づいて嫌になったが、「行きたい」と言ってくれて嬉しかった。


『……どこ行く?』


彼女がまだ少し恥ずかしそうな声で言葉を発する。


「んー、この辺でええとこあるんかな。
あんま詳しくないんよな」

『あ、豊洲とか?きれいな景色見える公園あるんだよね!』


さっきまでの空気をかき消すみたいに、提案してくれた。


「へー、行ってみたいわ」

『じゃあ出発!』


「この時間だと20分くらいかな〜」なんて言いながらエンジンを入れる手つきが軽くて、

(なんや、もう気持ちは切り替わっとるんか)

と少し笑ってしまう。


「ようそんなとこ知ってるな」

『夜中、友達とそこでたまにヒーリングするんだよね』

「そうなんや」


目的地入れずにそのまま走り出す。

慣れたようにハンドルを切るのを見ると、
よく行く場所なんだと分かって、胸の奥がじんわりする。


またひとつ、彼女のことを知れたなと、
そんな感覚が心臓の奥であたたかく広がる。

車内には、さっきまでの賑やかさとは違う空気が流れる。
彼女と2人の時の、この空気も好きだった。


『外、寒くないかな?』

「まあ、今なら韓国で寒さ慣れてるんちゃう?」

『慣れるとかある?』

「麻痺ってるんちゃう?」

『ふふ、確かに』


笑い声が狭い車内に温かく響く。

窓の外に流れていく夜の景色よりも、
隣でハンドルを握る彼女の横顔のほうがよっぽど目に止まった。


(……この景色が見たかった)


そんなことが喉の奥に引っかかったまま、
車は静かに走り続けた。

プリ小説オーディオドラマ