赤い傘の男は、いつものように冷たいコンクリートの壁が広がる暗い空間を歩いていた。
彼の目は前方を見つめることなく、ふと足元に目を落とすと、いつも自分の視線が固定される存在に気がついた。それは、這いばい男が着ている黒い着物だった。
この着物、特に袖と裾がぼろぼろになっているのが目立ち、何度も直そうと思いながらも、結局何もできずにそのままだった。特に胸元の部分がちゃんと隠れておらず、無意識にその不完全な部分に視線が行ってしまう自分に、赤い傘の男は少し困惑していた。彼自身、そのことを気にしすぎていることを知っていたが、どうしても目を逸らせなかった。
その時、ふいに空気が変わり、コンクリートの壁の向こうから不気味な影が現れた。それは「ドレスの女」と呼ばれる怪異だった。ドレスの女は、身体全体がウェディングドレスのような白い衣装に包まれており、頭部は無いはずなのに、奇妙にもしっかりとベールだけはかぶっている。その姿はまるで人間の形をした何かがドレスだけをまとっているかのようだ
「...... お前か。」
赤い傘の男はその姿を見て、少し警戒しながらも、冷静に言葉を投げかけた。ドレスの女は何も言わず、ただその奇妙な存在感を漂わせながら近づいてきた。
ドレスの女は、汚れた服を取り替えて、新しい服をくれることがあり、なぜかこの空間で「服」と言うと、何処からか現れて服をくれる
ドレスの女は突然、手に持っていた黒い布を広げ、赤い傘の男に差し出した。それは、なんとも不思議なことに、これまで見ていたものと同じ黒い着物だった。だが、袖や裾はきちんと整えられており、どこか新しさを感じさせる 完全なものに上がっている。
「...これ、這いばいに?」
赤い傘の男は一瞬その意味が分からなかった。ドレスの女が何かを伝えようとしているのだろうか。だが、しばらくしてその意味に気づき、黒い着物を手に取ると、それを持って歩き出した。
やがて、赤い傘の男は這いばいがいる場所へ辿り着く。彼はぼんやりと前を見ていたが、 赤い傘の男が手に持っていた新しい黒い着物を見て、すぐにその意味を察した。
「ねぇ、これ...」
「ドレスの女からもらった。」
赤い傘の男は少し照れたように、手に持っていた着物を這いばいに渡した。今までのボロボロな状態ではなく、ちゃんとした状態のものだ。これを着れば、少なくとも彼の胸元も隠れるだろう
「... もらっていいの?」
這いばいは少し驚いた顔をしながら、赤い傘の男を見上げた。
「いいよ。ドレスの女がくれたし。お前に似合うと思う。」
赤い傘の男は、やや照れくさい表情を浮かべて、あまり大きな声ではないがそう言った。
彼が言葉にするたびに、少し不安そうに見える這いばいの表情が緩み、無言でその黒い着物を手に取った。
「...ありがとう。」
這いばいはそれを着てみようとしたが、その間、赤い傘の男は少し遠慮気味に目をそらしながら、ぼんやりと壁を見つめていた。少しだけ、これまで感じたことのない気持ちが胸に広がっていた。這いばいが新しい服を着て、少しだけ大人っぽく見えたことに、赤い傘の男はどこか不安を感じていた。
それは、彼にとって新しい服を渡すことが、 ただの物理的な行動ではないことに気づき始めている証拠だった。その時、這いばいが着物を着終わった姿を赤い傘の男が見ると、思わず息を呑んだ。服が新しくなったことで、少しだけ彼の雰囲気が変わった気がした。
「どうかな、似合う?」
這いばいが軽く微笑みながら、赤い傘の男を見た。その瞬間、赤い傘の男は思わず言葉が出なかった。
「...うん。よく似合ってる。」
赤い傘の男は、ほんの少しだけ恥ずかしそうに答えた。それに対して、這いばいはほんの少し笑っただけだった。
しかし、彼の心の中には、何か不思議な感情が湧き上がっていた。新しい服を着た這いばいが少しだけ大人びたように感じ、その姿を見ていると胸の中で静かな動揺が広がっていくのを感じていた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!