あなたは沈みゆく夕を見ながら、普段とは違う音を弾ませながら道路を歩いていた。その姿には通行人が振り返り、息を飲んでしまう程美しかった。
あなた「…あっ」
国見「あっ」
曲がり角を差し掛かった時、不意に気怠げそうな顔をした彼の顔が視界に入ってきた。国見も気がついてあなたを見る。
あなた「国見くんも、来てくれたんですね」
国見「…別に。及川さんに先輩命令だって言われただけですから」
あなた「その割には、浴衣―」
国見は藍鉄色の、風通しの良い浴衣を着用していた。
あれだけ誘われた時すら「面倒臭い」と微動だにしなかった国見が、恐らくこの夏祭りの為に手間のかかる浴衣を着てきたというのだろうか。あなたにとってはそれが不思議でならない。
国見「姉に言われたんで…」
あなた「えっ、お姉さんがいるんですか!? …意外…」
国見「それ先輩達にも言われました」
国見の脳内で先輩達に「えー! ずっと一人っ子かと思ってた〜」「なんかめっちゃ意外」「今度合わせてよ」と頭が痛くなる程言われた記憶がリフレインする。
不快そうに眉間に皺を寄せた彼を見て、あなたは内心どうすれば良いか焦る。
国見「先輩も結構気合い入ってるように見えるんですけど」
あなた「!」
あなたの眉がピクリと上がる。
確かに、彼女はこの日の為に仕事帰りでクタクタの母親に強請って浴衣を買い、その買う時さえ綾斗に何度も相談をした。気合いが入っているどころか入りすぎている。
あなた「ひ、引きました…?」
国見「別に、他人の服装とかあんま興味無いし分かんないので」
そう言って彼は、あなたのことをまじまじと見つめた。
国見「…先輩って表情動くんですか」
あなた「へっ…?」
あなたはフリーズして口をぽかんと開ける。
国見「あ、動いた」
国見はすぐさま前を向く。
国見「先輩、もうちょい表情筋鍛えた方が良いと思いますよ。アイツみたくなるし」
あなた「あいつ?」
国見「アイツです」
吐き捨てるように言った国見に、あなたは顔を上げる。
身長的にあなたは国見を見上げる形になるのだ。
国見「俺もそーゆーのあんま得意じゃないんですけど…その…」
しどろもどろになる国見に、圧力をかけるかのようにあなたは無邪気な願望で見つめる。
国見「あ、あの先輩と良い感じにはなれないっすよ…!」
あなた(あの先―)
あなたは思い浮かべた矢先、顔を真っ赤にして拭う。
言いにくそうに手の甲で口元を隠している国見も、彼女を見て落ち着きを取り戻した。
国見「それに、金田一も割と怖がってるんで」
あなた「…すみません…」
あなたはマネージャーという立場であるので当然選手達と話す。その中にはあなたに苦手意識を持っていたり怖がってしまう人も少なくない。金田一もその一人だった。
国見「別に俺に謝られても…とにかく、笑顔とか―てかそもそも、表情無いと面倒臭いでしょう」
あなた「国見君は表情作れますか…?」
国見「やろうと思えば。でも先輩って、どんな時でも喜怒哀楽表情から分かんないじゃないっすか」
うっ、とあなたが声を上げる。
国見「だから、もうちょい練習した方が良いと思います」
あなた「…はい」
国見「…別に叱咤しようとした訳じゃ―…」
国見はそう溜め息混じりに言うと、見慣れた人影を見つけ「げっ」と呻き声のような声を出す。
及川「国見ちゃーん! あなたちゃーん!!」
そこには、大木の前で待ち構える及川の姿があった。藍色の浴衣は、誰に聞いても似合っていると頷くだろう。
他にも浴衣を着こなした三年生が揃っている。
及川「あれ、金田一は?」
国見「遅れるって言ってました」
国見がそう言い返すと、及川はあなたの姿を見た。
及川「あなたちゃん浴衣似合ってんねー! 髪型可愛い!」
あなた「ありがとうございます…」
岩泉「及川、そんな激しく動いたらコケるだろ」
松川「いっそのことコケれば…」
及川「岩ちゃんいつもと違って優しっ! まっつんは辛辣だけど!」
わいわいとする全員。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!