君の寝息が聞こえる。
静かで、あたたかくて、触れれば壊れてしまいそうなほど優しい音。
君はずっと私の隣にいた。
私の名前を呼んでくれた。
だから、
私たちはここから消えなければならなかった。
ゆっくりと、君の頬に手を添える。
その温度はたしかに私を必要としてくれていた。
けれど今、その温度が僕を縛っている。
このままでは、君まで闇に巻き込んでしまう。
ランプの光に照らされた私の影は、
ゆらりと揺れて、まるで逃げたがっているように見えた。
影は正直だ。
私の中に眠る“何か”を知っている。
君の指先が小さく動く。
目を覚ましてしまう前に、私はその手からそっと離れた。
離れた指先がひどく冷たく感じて、胸が強く締めつけられた。
置いていくなんて、本当はしたくなかった。
君の温度だけが、私を人間に戻してくれていたのに。
でも、このままそばにいたら、
君の温度まで消してしまう。
だから、残していく。
温度も、想いも、名前も。
私のすべてを、ここに。
ゆっくりと私たちの家の扉に手をかける。
外の空気は、夜明け前なのにどこか焦げるように冷たい。
私の影が、先に一歩を踏み出した。
まるで、私の決意をせかすように。
もう振り返れない。
振り返ったら、君の温度に触れた瞬間、
きっとここに留まってしまうから。
──君の未来のために、
私は君を置いていく。
影が長く伸び、闇へ溶けていく。
その先に、私の行くべき場所がある。
光の届かない場所が。
扉を閉める音が、やけに大きく響いた。
その瞬間、君たちの寝息がふっと途切れた気がした。
気づいたのかもしれない。
私たちがいなくなったことに。
ごめん。
ありがとう。
さようなら。
言えなかった言葉が、胸の奥で焼けるように疼いている。
そして私たちは、君に残した温度だけを頼りに闇の中へ歩き出した。
募集:11時頃~












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。