第33話

触れていい距離
1,309
2026/02/11 14:13 更新
インターホンを押してから
ほんの2、3秒の間に、

深呼吸。

ドアが開いて、
セイトくんが立ってた。
SEITO
…合鍵忘れたん?

……返し忘れてたのを、忘れてた。
あなた
ごめん
SEITO
ええけど。
SEITO
寒いやろ。はよ入り

その一言で、
気が抜けた。

部屋に足を踏み入れた瞬間、
無意識に言葉が出る。
あなた
……ただいま

言ってから、
自分でびっくりする。

セイトくんも、
一瞬、固まった。

でも、何も言わなかった。

それが、逆に優しい。



キッチンの棚から、
あのマグカップを取る。

自分の私物が、
まだここにあることに、
胸の奥がじんわりする。

そのまま玄関に向かうことも、できたのに。

なぜか足は、リビングの方へ向いていて、

気づけば、
いつもの位置に腰を下ろしていた。

ソファに並んで座る。

距離は近いのに、
触れない。

沈黙。

でも、嫌じゃない。

私の方から、先に口を開いた。
あなた
……黙って出ていって、ごめん
SEITO
あなたちゃんは、謝らんでええ

即答だった。
SEITO
……謝るのは、俺の方
少しの間。
SEITO
……あの日さ

セイトくんは、
グラスに入った水を見つめたまま続ける。
SEITO
社長の話、あれ……
SEITO
俺、止められへんかった

その声が、
思ったより優しくて、
少しだけ胸が苦しくなる。
SEITO
守れてるつもりでおったのに

その言葉で、
はじめて気づいた。

この人、
ずっと自分を責めてたんだ。
あなた
セイトくんも、悪くないじゃん
あなた
……私ね

私は、俯いたままの彼を
ただ見ていた。
あなた
アレが…
あなた
この生活から離れるのが
あなた
一番正解だと思ったから
SEITO
…え?

セイトくんが、ゆっくり顔を上げる。

やっと目が合った。
あなた
でも…

合って嬉しかったはずの視線に
言葉が詰まる。

でも、ここまで来たなら。
あなた
ホテルで一人になったらさ
あなた
余計に考えちゃって
あなた
…セイトくんのことばっかり

その瞬間、
セイトくんの喉が、小さく動いた。
SEITO
……俺な

少し間を置いて。
SEITO
あなたちゃんおると、
めっちゃ安心するねんけど
SEITO
……その分
SEITO
一番、気ぃ使うっていうか
SEITO
カッコつけたくて
SEITO
…でも
SEITO
それがダサかったよな?

息を吸う音が聞こえる。


SEITO
………俺

一拍。 
SEITO
あなたちゃんの事……好きやねん

胸が、ぎゅっと掴まれる。
SEITO
……多分


思わず、笑ってしまった。
あなた
え?……“多分”?笑

自分でも分かるくらい、
声が震えてた。

セイトくんは、困ったみたいに眉を下げて、
SEITO
……ちゃうな

一瞬だけ目を逸らして、
それでも、距離はそのままだった。
SEITO
めっちゃ

もう一度、目を見る。
SEITO
好き

その一言が、
胸の奥まで、真っ直ぐ届いた。

言葉が出ない。

ただ、
この人が、
ちゃんと私を見てるってことだけが分かる。

触れない距離。

でも、近い。
SEITO
……キス、してもええ?

聞いてくれるところが、
この人らしい。

セイトくんが、
一歩、踏み出しかけて、
止まる。

SEITO
……今ならまだ、間に合うで
あなた
……うそつき

そう言った声は、
思ったより小さくて。

顔が、熱い。

セイトくんの手が、
そっと私の腰に回る。

逃げないって、
もう分かってる手つき。

一瞬だけ迷ってから、
私の髪を丁寧に、耳にかける。

触れた指先が、
そのまま頬に残って。

視線を外さないまま、
唇が、そっと重なった。

強くもなく、
急でもなく。

ただ、
“確かめる”みたいなキス。

目を閉じる前、
最後に見えたセイトくんの表情は、

迷いが消えきってないのに、
それでも、覚悟だけは決まってる顔だった。

セイトくんがぽつりと言う。
SEITO
…また出来るって思ってもなかった

一瞬だけ視線を落として。
SEITO
しかも……今は
SEITO
ちゃんと、目合ってる
あなた
(……え?)

胸が、きゅっとする。
あなた
(あの日は…)
あなた
(夢じゃ……なかったの?)

そのまま、
溜めてたものが、溢れた。

ぽろっと、
一筋だけ。

あの時と同じ。



でも。

夢じゃない。
少なくとも今、この瞬間は。

それだけで…涙の意味が全然違う。

セイトくんが、少し照れたように言う。
SEITO
……泣かんでよ。つられてまう
あなた
ねぇ……セイトくんは
あなた
私の事を、ずっと見ててくれる?

セイトくんの手が、
また頬に触れる。

でも、今回は
涙をそっと拭ってくれて
SEITO
見てるよ

低くて、甘い声。
SEITO
…今までも

目も、逸らさない。
SEITO
ずっと

その言葉が、
胸の奥に、静かに落ちた。



それだけで、
十分だった。


いつも通り、秒針の音が響く。



…夜は、まだ長い。

そして、
ここからが、
ふたりの『本当』の始まり。

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