インターホンを押してから
ほんの2、3秒の間に、
深呼吸。
ドアが開いて、
セイトくんが立ってた。
……返し忘れてたのを、忘れてた。
その一言で、
気が抜けた。
部屋に足を踏み入れた瞬間、
無意識に言葉が出る。
言ってから、
自分でびっくりする。
セイトくんも、
一瞬、固まった。
でも、何も言わなかった。
それが、逆に優しい。
キッチンの棚から、
あのマグカップを取る。
自分の私物が、
まだここにあることに、
胸の奥がじんわりする。
そのまま玄関に向かうことも、できたのに。
なぜか足は、リビングの方へ向いていて、
気づけば、
いつもの位置に腰を下ろしていた。
ソファに並んで座る。
距離は近いのに、
触れない。
沈黙。
でも、嫌じゃない。
私の方から、先に口を開いた。
即答だった。
少しの間。
セイトくんは、
グラスに入った水を見つめたまま続ける。
その声が、
思ったより優しくて、
少しだけ胸が苦しくなる。
その言葉で、
はじめて気づいた。
この人、
ずっと自分を責めてたんだ。
私は、俯いたままの彼を
ただ見ていた。
セイトくんが、ゆっくり顔を上げる。
やっと目が合った。
合って嬉しかったはずの視線に
言葉が詰まる。
でも、ここまで来たなら。
その瞬間、
セイトくんの喉が、小さく動いた。
少し間を置いて。
息を吸う音が聞こえる。
一拍。
胸が、ぎゅっと掴まれる。
思わず、笑ってしまった。
自分でも分かるくらい、
声が震えてた。
セイトくんは、困ったみたいに眉を下げて、
一瞬だけ目を逸らして、
それでも、距離はそのままだった。
もう一度、目を見る。
その一言が、
胸の奥まで、真っ直ぐ届いた。
言葉が出ない。
ただ、
この人が、
ちゃんと私を見てるってことだけが分かる。
触れない距離。
でも、近い。
聞いてくれるところが、
この人らしい。
セイトくんが、
一歩、踏み出しかけて、
止まる。
そう言った声は、
思ったより小さくて。
顔が、熱い。
セイトくんの手が、
そっと私の腰に回る。
逃げないって、
もう分かってる手つき。
一瞬だけ迷ってから、
私の髪を丁寧に、耳にかける。
触れた指先が、
そのまま頬に残って。
視線を外さないまま、
唇が、そっと重なった。
強くもなく、
急でもなく。
ただ、
“確かめる”みたいなキス。
目を閉じる前、
最後に見えたセイトくんの表情は、
迷いが消えきってないのに、
それでも、覚悟だけは決まってる顔だった。
セイトくんがぽつりと言う。
一瞬だけ視線を落として。
胸が、きゅっとする。
そのまま、
溜めてたものが、溢れた。
ぽろっと、
一筋だけ。
あの時と同じ。
でも。
夢じゃない。
少なくとも今、この瞬間は。
それだけで…涙の意味が全然違う。
セイトくんが、少し照れたように言う。
セイトくんの手が、
また頬に触れる。
でも、今回は
涙をそっと拭ってくれて
低くて、甘い声。
目も、逸らさない。
その言葉が、
胸の奥に、静かに落ちた。
それだけで、
十分だった。
いつも通り、秒針の音が響く。
…夜は、まだ長い。
そして、
ここからが、
ふたりの『本当』の始まり。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。