────心地の良い小春日和、桜舞う4月。
淡い花びらが風に運ばれ、冥香学園B棟の窓辺をやわらかくかすめていく。
新年度特有のそわそわとした空気が、まだ教室に落ち着ききっていない朝だった。
そんなこんなで、冥香学園B棟の校舎は、明らかにいつもより平和——
な、はずもなかった。
その平和は、開始三秒で一人の男子生徒により崩れ去ったのだ。
美術室の白い壁に、柊太の怒号が反響する。 石膏像が少しだけ震えた気がした。
創は照れ笑いを浮かべながら揉み手をし、 机の上に鞄をどさりと置くと、そこからガサゴソと大きめの画用紙を取り出した。
新品特有の紙の匂いが、美術部の大きい作業台に、ほんのりと漂う。
創は窓側へと移動し、 差し込む春の光を背に、わざとらしく咳払いを一つ。
どこからどう見ても、無駄に堂々とした教師ポジションである。
────そのときだった。
教室の隅。 誰も気に留めていなかった石膏像の足元あたり。
彩都が、ぴたりと動きを止めている。
額から汗が一筋、頬を伝う。 息を小さく吸い込む音。
そして────
美術室に、高等部二年犂彩都の素っ頓狂な叫び声が響き渡った。
窓の外の鳩が一斉に飛び立つレベルである。
柊太は小さくため息をつき、 震える彩都の背を軽くさすった。
彩都は涙目のまま、指先で床の隅を示す。
一時の静寂。
春の陽気が一瞬で凍った。
引き戸に手をかけた瞬間。
───ガンッ!!
廊下側から勢いよく扉が叩き開けられた。
明るい声とともに、後ろからの甘い香りのハンドクリームの匂いが流れ込む。
…って。
隙を与えぬ程のマシンガントーク、の後すぐに部室の異変を感じ取った。
床の隅で、黒光りする影が三つ。
⏱ ̖́事情説明中…💬
⏱ ̖́-色々あって、ゴキブリ捕獲
そのりの手の中で、黒い影が大人しくなっている。
創の目は完全に輝いていた。
片手にはゴキブリ、片手は可愛くピース!
羅衣は部室の扉を手にかけ、ガラリと勢いよく部室の扉を開けた。
そして5人は、堂々たる足取りの元タピオカ店に向かって行ったのだった…。
〜タピオカ店にて〜
窓から見える放課後の商店街は、少し夕日の光を受けて淡いオレンジ色に輝いていた。
カウンター席でぐったりとする彩都の隣で、 カラフルなドリンクがずらりと並ぶ。
目を輝かせながら、そのカラフルなドリンク達を次々にフレームに収めてゆく羅衣。
その姿は、楽しむ心でいっぱいである。
シャッター音は軽快に響いていた。
一方隣のテーブル席では、相変わらずのコント劇場。
だが、ふと。
彩都の表情が真面目になる。
空気が、ほんの一瞬だけ止まる。
4人の視線が、一気に彩都の方へ向く。
沈黙。
氷がカラン、とグラスの中で鳴った。
喉から少しかすれた声が出た。
ドミノのように、2人も続ける。
みんなが少し焦りながら、口々に言い訳を述べてゆく中、都合の悪そうな顔で、黙り込む者が一人。
創を取り巻く、静寂は続く。
あまりの静けさに唾を飲み込む音がした。
暫くした後、創は拳を握りしめ、覚悟を決めた様な顔をしたあと、彩都の方を向き。
と、一言。
渾身の一撃! 決まったか…?
、と思いきや…
打って殴った会心の一撃。
さすがに守りは捨てたよう。
柊太から逃げ回る創。
そして、
そんなふたりの会話を裏目に、頬杖をつきながら見守る喧嘩の当本人が
と、ポツリと呟いたのだった。
デジタルアートと暇人共は、今日も平和であった。
昼の喧騒がゆっくりと遠のき、 学園は夜の顔へと切り替わる。
それと同時に、夜の冥香学園も、もちろん平和…
春の夜風は、思いのほか冷たい。
屋上。 街明かりが遠くに滲む中、 校則違反の白い湯気が、夜空へと立ちのぼる。
手は少しかじかんでいるようでもあったが、慣れた手つきで望遠鏡を組み立てる。 指の動きに少しの迷いはない。
────刹那。
階段から、コツ、コツ、と規則的な足音。
動揺した拍子に、熱湯が手元からこぼれる。
夜の静寂を破る声。
ガチャリと、屋上の扉が空いた。
扉の前。そこには腕を組み、やや彼の事を俯瞰するような表情の女生徒が一人、立っていた。
月明かりが、その輪郭をぼんやりと照らしている。
その様子を見て安心した星は、そっと胸を撫で下ろし、その場にへたり込んだ。
緊張が一気に解けて、膝から力が抜ける。
腑抜けた声。
声のトーンが、一気に普段のそれに戻る。
馬鹿な頭で、なんで校則こっそり破れると思ってんだろこの人。
呆れたような、でもどこか心配そうな声色で、縁は一歩前に出る。
一気に言い切って、縁が軽くため息をつく。
その吐息が、冷たい夜風に溶けていった。
星はまだ少し息を整えながら、望遠鏡の横に腰を下ろした。
縁は屋上の手すりに寄りかかり、夜空を見上げる。
満天の星が、静かに瞬いていた。
星の目が、パッと輝く。
子供のような無邪気な笑顔だった。
その瞬間、縁の顔が曇る。
視線が、少しだけ下を向いた。
星は立ち上がり、縁の隣に移動すると、背中を優しくさする。
その手は、不器用ながらも温かかった。
慌てて声を上げるものの、その表情はどこか柔らかい。
大きくため息をついた後、縁は星の隣に、ドスンと力強く座り込んだ。
コンクリートの冷たさが、制服越しに伝わってくる。
そして、ゆっくりと星空を見上げる。
満点の星空と、満月と、そして地平線近くには木々のシルエット。
欠けてるところなんて、何一つない。
ずっと見ていられる、そんな夜空だった。
私は目が悪いから、メインディッシュの星が白い点々のようにしか見えない。
だけども、そんな私でも、この夜空はとても美しくて…。
刹那、星の喉から、彼のものとは思えないような優しい、そっと寄り添ってくれるような、声が出た。
感傷に浸っているというのに、この白瀬星って人は…。
言い方が不器用だし、人のこと考えて無さすぎ。
だけど…そこが長所でもあるんだよね…。
今日起きた辛かったことも、嫌だったことも、この期に及んで全て吐き出してしまおうじゃあないか。
そう思い、縁が口を開こうとした瞬間_____
────ドタバタドタバタ!
階段から、複数の足音が響いてきた。
私の声とは思えないくらいの、高い、変な声が喉から出てきた。
心臓が、ドクンと跳ねる。
ちょっと変な声だったからか、隣からくすりと笑い声。
星は楽しそうに笑いながら、立ち上がった。
そう、爽やかな笑みをひとつニコりと縁に向けたあと、屋上の扉が、ガチャリと勢いよく開いた。
冷たい夜風が、一気に吹き込んでくる。
そして2人の帰宅部の先輩が、この静寂の屋上に躍り出たのだ。
守は両腕を抱えて、ブルブルと震えている。
薄着のシャツ一枚では、さすがに春の夜風は冷たすぎたようだ。
蓮斗は呆れたように肩をすくめた。
すると守は少しドヤ顔をひとつかまして、先生のようなポーズを取った。
人差し指を立てて、わざとらしく咳払い。
蓮斗の顔が、ほんのり赤くなる。
その場の空気もちょっとだけ暖まったあと、その帰宅部の2人組の後ろには、地方のマスコットキャラクターのコスプレをした人と、普通に顔が良い男子が一人…って。
蓮斗が、ジト目で星を見る。
守が、わざとらしくしょんぼりしてみせる。
夏輝が、冷静にツッコミを入れる。
その表情は呆れ顔だった。
縁が、恭也のコスプレ姿をまじまじと見つめる。
確かに、遠目から見たら完全に不審者である。
恭也は、コスプレの着ぐるみの頭部を持ち上げながら、得意げに語り始めた。
夏輝が、疲れ切った表情で答える。
肩が、がっくりと落ちていた。
星は、カップヌードルの箱を取り出し、どさりとみんなの前に置いた。
縁が元気よく手を挙げる。
星は苦笑いしながら、お湯を沸かし始めた。
星がそう言いかけて、ふと顔を上げた瞬間。
目の前の光景に、思わず固まる。
赤々とした暖色の炎、コンクリートの上に、しっかり組まれた薪…。
パチパチと、薪が爆ぜる音。
暖かい光が、屋上を照らしていた。
そう、焚き火をしていたのである!
蓮斗は、串に刺したマシュマロを炎に近づけていた。
表面が、こんがりと焼けている。
守は焚き火の前で、手をかざして温まっている。
星は呆れて、天体観測の方に体を戻した。
望遠鏡を覗き込むと、夜空では星がきらりと瞬いては、地平線の方に、長い尾びれをつけて落ちて行った。
────流星。
その儚い光の軌跡が、夜空に一筋の線を描く。
そろそろ夜空も良い頃か。
星の声が、屋上に響き渡る。
焚き火を囲んでいた一同が、一斉に顔を上げた。
恭也がそう言いながら、コスプレの頭部をようやく脱いだ。
汗で少し髪が湿っている。
縁が小さくツッコミを入れるが、もう誰も聞いていない。
みんな、それぞれの場所に座り込んだり、寝転がったりして、夜空を見上げ始めた。
コンクリートの冷たさが、背中越しに伝わってくる。
でも、焚き火の暖かさと、隣にいる仲間たちの体温が、それを和らげてくれた。
星が懐中電灯を消すと、屋上は一気に暗闇に包まれた。
最初は何も見えない。
だけど、目が慣れてくると。
────満天の星空が、視界いっぱいに広がった。
守の声が、いつになく真剣だった。
縁の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
星が得意げに笑う。
その横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
────刹那。
シュルルルル…
夜空の端、地平線に近いところで、一筋の光が走った。
星がそう言った瞬間。
シュルルル、シュルルル、シュルルルルル…
次から次へと、流れ星が夜空を駆け抜けていく。
一つ、また一つ、また一つ。
まるで、星たちが夜空に絵を描いているかのようだった。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ、夜空を見上げて、流れ星を眺めていた。
パチパチと、焚き火が爆ぜる音。
遠くで聞こえる、街の音。
誰かの、小さな吐息。
世界が、自分たち以外、誰も居ないみたいだった。
春の夜風が、優しく頬を撫でていく。
冷たいけれど、心地よい。
そんな静寂を破ったのは、守だった。
守の声は、いつもの軽いトーンとは違って、少しだけ真面目だった。
星が、満足そうに笑った。
笑いが巻き起こる。
そして、また静寂が戻る。
流れ星は、まだ降り続けていた。
縁は、そっと目を閉じた。
今日一日の疲れが、少しずつ溶けていくような気がした。
文芸部の革命騒ぎも、PC爆発させたことも、もう遠い昔のことみたいに感じる。
隣では、星がまだ夜空を見上げていた。
その横顔は、いつもより穏やかで。
ああ、やっぱりこの人は、夜が似合うんだなって思った。
また、笑いが起きた。
そして、また静寂。
流れ星が、また一つ、夜空を駆け抜けていく。
その光の軌跡は、儚くて、美しくて。
まるで、この瞬間を象徴しているかのようだった。
そして、この夜は、ゆっくりと更けていった。
屋上には、7人の笑い声と、焚き火の暖かさと、流れ星の光が、優しく残っていた。
冥香学園B棟の文化部たちは、今夜も、カオスで、賑やかで、でもどこか温かくて。
そんな日常を、静かに紡いでいた。
春の夜風が、また一つ、優しく吹き抜けていく。
明日も、きっと、こんな日々が続くのだろう。
冥香学園────旧放送室にて
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。