モールの奥にある小さなカフェは、昼のピークを少し過ぎていて、席にも余裕があった。
今野が先に注文を済ませ、矢花は窓際の席に腰を下ろす。
「ここ、静かでいいね」
「でしょ。人多いと話しづらいし」
トレーを置いて、今野も向かいに座る。
少し間が空いて、氷がグラスの中で音を立てた。
「さっきのジャケットさ」
今野が切り出す。
「ライブのときにも使えそうじゃない?」
「うん。ああいうの、意外とステージ映えするんだよ」
矢花はストローを回しながら言う。
「派手なのより、形がきれいな方が照明で映る」
「分かる。グループ的にも、最近そっち寄りだよね」
その言葉に、矢花は少しだけ考える顔をした。
「……正直、今はちょっと模索中かな」
「模索?」
「それぞれやりたい方向が見えてきてるっていうか」
今野は頷きながら聞く。
「でも、バラバラって感じじゃないでしょ?」
「そこは大丈夫」
矢花は即答した。
「意見ぶつかることは増えたけど、話す量も増えたし」
「話せてるなら、いい状態だと思う」
矢花は少し笑って、
「今野って、そういうところ冷静だよね」と言った。
「そう?」
「感情で突っ走らない感じ」
「突っ走る役は、もう十分いるからさ」
二人で軽く笑う。
少しして、今野がふと思い出したように言う。
「そういえばさ、この先どうするつもり?」
「どう、って?」
「仕事とか、生活とか」
矢花はカップを持ち上げて、一口飲んでから答えた。
「……同棲の話、また出てて」
「お、現実的」
「“現実的”って言うな」
「いや、悪い意味じゃないよ」
矢花は肩をすくめる。
「一緒に住むなら、スケジュール管理もちゃんとしないとだし。
中途半端な覚悟でやるのは違うかなって」
「ちゃんと考えてるんだ」
「考えざるを得ないだけ」
今野は少し間を置いてから、
「でもさ、そういう話が出るってことは、先を見てるってことだろ?」と言った。
矢花は一瞬だけ目を伏せて、
「……まあね」と短く返す。
窓の外では、人が行き交っている。
それぞれ違う目的地に向かって、違う速度で。
「グループもさ」
今野が続ける。
「この先、形変わるかもしれないけど、終わる感じはしないよ」
「今野が言うと、妙に説得力ある」
「年上の特権」
「自分で言うな」
また小さく笑い合う。
「でもさ」
矢花が少し真面目な声になる。
「変わるの、怖くない?」
今野はすぐには答えなかった。
代わりに、カップを持って一口飲む。
「怖いよ」
「……だよね」
「でも、止まる方がもっと怖い」
その言葉に、矢花はゆっくり頷いた。
「じゃあ、変わりながら続けるしかないか」
「そういうこと」
カフェを出る頃には、外の光が少し柔らかくなっていた。
買い物袋を持った矢花が言う。
「今日、来てよかった」
「買い物?」
「話せたのが」
今野は一瞬だけ驚いた顔をして、
「それなら、誘った甲斐あったな」と返した。
二人はまた人の流れの中に戻っていく。
でも、さっきよりも足取りは揃っていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。