「ごめん……」
借り物競争のあとは何だったけ。少し離れたところから、応援している声が聞こえる。
「なんで、謝るの…?」
優翔からさっきまでの笑顔が消えている。
「お姫様って言葉、見た瞬間に花音のことが頭に浮かんで…そのまま勢いだけで連れてきちゃったけど…」
頼りなく、小さな声だけど、私にはちゃんと聞こえる。
「別に、そんなの気にしないよ?」
私の言葉を聞いても、優翔の表情は暗いまま。
「俺、我慢出来なくなったんだよ…花音のこと、自慢したくなった…」
「そんなの…!私だって思うことあるよ…?」
イケメンで優しくて、頼りがいがあって、安心できる。こんなに素敵な人だから、誰かに自慢したくなることもある。優翔も同じように思ってくれたことが嬉しかった。
だけど、優翔は真面目だから。こんなことをして、私に迷惑になってしまうって、そこまで考えてくれている。自分の気持ちよりも、他人の気持ちを考えてくれる。
「っ!花音…?」
私は優しく優翔を抱きしめた。相変わらず身長差は大きくて、優翔の表情は見えない。優翔からも、私の表情は見えていないだろう。
「あのね、私、優翔のこと好きだよ?」
「………」
「確かに、皆の前でお姫様抱っこされたのは、恥ずかしかったけど…」
「……ごめ、」
「だけど、すごく幸せだった。嬉しかった」
遠くで応援が盛り上がっている。
「嫌じゃなかった。だから、謝らないで…?」
優翔を見上げると、さっきより、表情が明るくなっていた。
「…花音、ありがとう…」
今度は優翔が、私を抱きしめてくれる。
「……優翔、暑い……」
「えっ、あ、ごめん」
優翔が慌てて腕を離す。本当はもうちょっとくっついていたかったけど、照りつける日差しと、恥ずかしさで汗が出てくる。
「私も、謝らなくちゃ」
テントに戻る前に、言わなきゃ。だってテントに戻ったら、『先生』だから。
「ここ、学校なのに、思いっきりタメ口で、優翔って呼んでた」
「あ、気づかなかった…」
「テントに戻ったら、先生だから、今のうちに言っとこうと思って…」
優翔は、お互い様ってことで、と言って歩き始めた。私も、その後に続く。
「あー!花音ー!」
テントに戻ると、丁度休憩時間で、たくさんの人に囲まれる。
「ねぇ!あれ、どういうこと!?」
私はめんどくさくなって、
「先生に!甲斐先生に聞いて!」
と、少し離れた所に立っていた優翔____先生の方を指さした。
「せんせーい!」
皆、一斉に先生の方に走っていく。先生と目が合ったような気がするけど、知らない。
「あれは!ほら、お姫様ってさ、キラキラしてて可愛い感じだろ?あの場所で本当にそういう人連れていくと、変な空気になるだろ?」
先生は私の方をチラチラと見てくる。
「だから、全然そうじゃない人を連れていけば、笑いが起こって、みんな楽しくなるだろ?」
それって………
「花音はお姫様じゃないってこと?」
誰かが聞いたその質問に、先生は大きく頷く。先生は私の目を見て、ニヤリとした。
もう!って思ったけど、楽しいからなんでもいいや!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!