前の話
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杉崎卯月、高1。15歳。
アイドル、イケメン興味なし。
好きな人?いませ~ん。
えー、この子は畔藤藍花〔ハンドウアイカ〕。
アイドル、イケメン大好物。中学から一緒にいる。
彼氏あり。ゆうたくんだか、こうじくんだか……
隣にいる人が、いつも違う気がする。
口出しはしないけど。
しんやさん、めちゃめちゃ好感度上げようとしてるだろ。
びーなすって、そんな忙しいの?
うわぁ、それは実力でやんなきゃだめだろ~、
ひどいわぁ……
この間は他のグループに
一生ついてくって言ってなかったか?
もう、藍花の性格は分かってるからいいけどさぁ。
ずっと藍花の話に付き合ってたら
部活に遅れてしまう。
止めないと永遠と話をしてるだろうからなぁ。
ま、それは置いといて。
私は中学校の頃から陸上部に所属している。
ここ、空野東高校〔ソラノヒガシコウコウ〕の陸部は
強いし、先輩も優しいし、やりがいがある!
うん、今日もいい天気!!
梅山有人〔ウメヤマアルト〕先輩。入部当時から
ずっと気に入ってくれてて、会って3ヶ月しか
たってないけど近所のお兄さんみたいな存在!
チャラいのはどうかと思うけど、いい人だと思う。
彼女は陸上部の女子部長、
浜口凰梨〔ハマグチオウリ〕先輩。
美人でスタイルがよくとても素敵な人!
そう言って梅山先輩は男子の元へ戻った。
私たち陸上部は、
女子8人、男子15人計23人の少数部。
私は、中学校の頃から陸上部で
100mHと走り幅跳びを専門にやっている。
中学校の努力の甲斐もあってか、
高校では、1年でただ1人
北関東大会の出場を決めることができたの!
今日は北関東大会に出る人だけ、練習をしてる。
北関東出場を決めたのは全員で8人かな?
3時間みっちり練習。
そう、私は真面目だ。
陸上バカだと自分でも思う。
今日もこの後、居残り練習をするつもりだ。
なんか、困るなぁ……
この時間は1人で集中してやりたいのに……
しかも、一緒に帰るのはあまり気が乗らない。
にこにこ笑顔で言われる。
こういうとこ、めんどくさいしぃ💧
私は、ハードルを3台跳ぶ。
辺りは真っ暗でハードルが見えづらいが、
当たることなくうまく走りきれた。
近くに変な人がいて気が散ってるのによくできた!笑
息を切らしながら先輩の元へ戻る。
(正しくは、ハードルのスタート地点に戻る。)
先輩は腰に手をあてながら私のほうを見ている。
やだなぁ、やっぱ練習しづらいよ…
先輩と目が合った。
二人だけのグラウンドに沈黙が訪れる。
先輩は、いつになく真面目な顔だった。
あー、まさかのガチ告白パターン……
そんなこと思いもしなかった…
気まずくなるのは嫌だけど、
付き合うのはちょっと違う気がする。
断るしかないなぁ。
はい?いや、なにドラマみたいなことしたがってんの?
400mが専門種目の先輩。
52秒とか、余裕で切れるタイムじゃないですか!
断られると言う選択肢はゼロでございますか!
勘弁ですわ!いや、まじで!!断りにくくなるし!
私はストップウォッチを握らされ、
先輩は無言でスタートラインに着く。
もう、自分の世界に入っちゃってるぅ~泣
うん、もうこうなったら、
52秒切れないことを願うしかない!
お願いしますぅーーー!!
タタタタッ
きれいなフォームで梅山先輩が走り出す。
はやい、はやい、めっちゃはやい。
腹立つくらいはやい。
北関東決めてるだけある。
でも、今は速いのはダメなやつ。
お願い何か起きて。
こけて。もはやこけて。
私は胸の前で手をあわせて願う。
神様、お願いします、これから私何でもしますんで!
タタタタッ
私の願いはむなしく、何事もなく
ゴールのラインを踏んだ。
ピッ
ストップウォッチを止める。
おそるおそるタイムを見る。
50秒26
……ですよねぇ泣
梅山先輩が、私の手から
ストップウォッチを奪う。
いや、私にとってはダメなタイムです。
どや顔で私を見つめる先輩。
どうしよう~、最悪だぁ、
やっぱ断りにくくなったじゃんーーーー!!
梅山先輩が私の腕をつかむ。
……嫌だ。。
そして私を引き寄せ……
ドンッ!!
梅山先輩は尻餅をついていた。
え、どうしよう、ちょっと待って、むりむりむり。
校庭中に響き渡るような声で叫び
タタタッ
ええいっ!!退散だ!!!
はいていたスパイクを脱ぎ捨て
無我夢中でひたすら走る。
あーーーー、バックおいてきた!!!もういい!!
後ろから嘆くような声が聞こえる。
はい!!!
切れないように願ってました!!!
ちょっとの間、先輩は呆然と
尻餅を着いたままだったが、我に帰ると
追いかけてきた~~!!
こーーーわっ!!!!
校門を出ていき、歩道をひたすら走る。
400専門の男子に勝てるわけないよぉ!
助けて!助けてっっ!
犯罪だよこれ、
ホラー映画だよぉぉぉっ!!
半泣きでひたすら走るが、後ろからの足音は
どんどん近くなる。
バッ
狭い路地に引き込まれる。
誰かに口を押さえられた。
誰?怖い……
…梅山先輩よりましだから黙ってよう。
先輩はそう言うと去っていった。
あれ?口が解放されてる。
後ろを振り返る。
私は目の前にいる人物を特定できず
首をかしげていると……
え?何?目の前にいる人は暗くて認識できないけど
声でわかった。男の人だ。
何でこんな爆笑してんのこのひと?
足元に視線を落とす。
靴下だ。
また爆笑される。
ほっぺを膨らませる。
めっちゃはずい!!
とても優しい声で尋ねてくる。
いやぁ、もう本当に命の恩人レベル。
あそこで捕まってたら私どうなってたんだろ…
鳥肌がたつ。
思い出して笑ってやがる…
あ~~、もうめちゃくちゃ恥ずかしい。
顔が熱を帯びてるけど、きっと暗くて
相手には見えないだろう。
今だに私も、相手の顔を認識できてないし。
え!?高校生だったの!?
しかも、同じ高校!
私は激しく首を横に振る。
確かに、それを言われてしまうとゾッとする…
もう、梅山先輩に会いたくない…
あれ?そんなことは一瞬も考えてなかった。
確かに、そんな危険性もあるはずなのになぁ。
何でこんなに信用してるんだろ…
3年生の先輩…、梅山先輩や、凰梨先輩と同じだ。
どうしよう甘えちゃってもいいんだろうか。
優しすぎる、いい人過ぎる…
先輩が私の体を持ち上げて、バイクの後ろに乗せられる。
そして、ヘルメットを被された。
先輩の腰に手を回す。大きな背中だ。
ブロロロッ
エンジン音を立て、颯爽とバイクは走り出した。
風が気持ちいい。ドキドキする。
ゴーーーーーっっ
ブロロロロッ
ゴーーーーっ
ブロロロロッ
結局、お互い何も通じ会えないまま、あっという間に
学校についてしまった。
とてもとても、楽しかった。
なんだか、何が起こっているのか理解が追い付かない。
ダッシュで取りに行く。
梅山先輩の荷物はなかった。
もう先に帰ったんだ!よかったぁ~~
投げ捨てられたスパイク。急いで拾って部室へ向かう。
しっかり靴を履き、バッグをつかんで急いで
先輩の元へ戻った。
先輩は暗闇のもとで待っている。
もう…
別にいいけどさ…
何で初対面の私にこんなよくしてくれるの……?
ただのお人好し?
再び私を持ち上げてバイクの後ろに乗せる。
なんでだろ…
梅山先輩に触られたとき、あんなに嫌だったのに
この先輩はなんか、、暖かい。
全然嫌じゃない。むしろ、うん。。
なんか…自然と私、すごいこといった気がする。
自分らしくない。
この人、ずっと笑っててほんと暖かい人だ。
一緒にいて心地いい。おかしいのかなぁ?
先輩の腰に手を回す。
大きな背中。
その背中にほっぺたをくっつけてみる。
自分の鼓動が早くなった気がしたけど、
やっぱり心地いい。
控えめにノってみる。
ブロロロロンッッ
大きな音を立てて元気よく走り出す。
ブオーーーーーーンッ
私の言葉なんて、そりゃもうことごとく無視で
さっきよりも速いスピードで夜道を駆け抜けていく。
全く怖くないと言ったら、まあ、嘘になる。
でも、でも……
何よりも……
こんな爽快感を味わったのは初めてかもしれない。
しかも、なんの根拠もないけど、この先輩は
安心感があるんだ。
この人になら身を任せられる。
ゴーーーーーっ
風の音が激しく響く中
どうにか先輩の声を聞き取る。
ゴーーーーッ
バイクが右へ曲がった。
ゴォーーーッッッ
大声で言葉を交わし合う。
バイクがキキーーーッと危なげな音を立てて
減速する。
軽快に言葉を交わしながら
二人だけの夜を進んでいく。
風に所々、言葉を邪魔されながらも、
先輩とたくさんの話をした。
梅山先輩と何があったのかや、高校の先生のこと
などについてたくさん話した。
梅山先輩と同級生だといっていたから、受験生だ。
勉強については一切触れなかったけど笑
先輩は、話ながら、私の話を聞きながら、
ずっと笑っていた。太陽みたいな人だった。
すごく楽しかった。
幸せで、なんだかふわふわしていて、夢みたいな…
だからこそ、終わりが来るのも早くて
私の家へ向かう最後の角を曲がった。
なんだか寂しくて仕方なくて、
先輩の腰に回す手に力を込めた。
ブロ…ブロ…ロロロ…
エンジン音が闇に消えて行く。
バイクは止まった。
バイクから降りる。
深々と、今までに下げたことないくらい頭を下げる。
普段、自分の思いを伝えるのが苦手な私だけど、
先輩にたいしては、素直になれた。
名前を呼ばれてドキリとした。
なんかくすぐったい。
ガチャッ
背後から、ドアの開く音が聞こえた。
家の玄関からの光が、先輩の元へ届く。
初めて先輩の姿が見えた。
暖かい、温かい…
まるでほんとに太陽のような…
私は、後ろを振り向く。
ブロロロ…
エンジン音が鳴る。
ブオーーーーーーンッ
私が言葉をいい終えたときには、
もう先輩の姿はなかった。
心臓がドクドク言って、鳴り止まない。
腕にはまだ、先輩の温もりが残っている。
太陽のような温もり。
とても、眩しい人だった。
名前を告げずに消えてしまった太陽。
そう言うと、なんだか寂しさと
喪失感が込み上げてきた。
何もない暗闇に、先輩の面影だけが残っていて
ただただ、それを見つめていた。
しばらくそこから動くことができなかった。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!