あばばばばばば、皆様ごきげんよう…なんて呑気な挨拶をしている場合ではありません!!
大変なんです!
キリカ様が、キリカ様がああああああああぁぁぁ…!
「なぜお前がないている!!!」
『だぁってええええぇ…………』
ドラゴンバンク本社にお勤めだったキリカ様に、急遽移動命令が出たのはついこの間のこと…、グループ会社の中とはいえ、スーパーマーケットの事業など…、実質的な左遷と言っても過言ではないでしょう…。
キリカ様は…キリカ様はこのような場所に収まるお方ではないというのに…!
『キリカ様…あの…』
「あなた……あなた、なんて顔をしているの?」
『だって…!あの…!』
「必ず本社に戻ってみせるわ。
だから、そんな顔をしないで。」
誰よりも悔しくて、苦しい思いをされているのはキリカ様ご自身のはずなのに…なぜ私が慰められているのでしょうか…逆のはずなのに…どうして…。
何も言えずに俯いていると、キリカ様の高貴でそれはそれは尊いヒールの音が、コツコツと音を立ててこちらに近づいてきました。
いつ聞いても素敵な音です、底のゴムがすり減っているなんて言う概念は、きっとどこか遠くの世界のことですね…。
『へ?』
「こら、主人の前でそんな情けない顔をしないの。」
えっっっと、今何が起きているのかご説明しますね?
私の頭の上に、キリカ様の美しい手が乗せられているのですよ、手が!!!頭に!!!!
『きっ、きききききききキリカ様、あの私は!』
「あなたのその百面相、
いつ見ても面白いわね?」
キリカ様の天使の微笑み!!!
こうか は ばつぐんだ!!!
『え、あの…えっ……とぉ』
「策はあるわ、戻るための。
そのためにもあなたに色々聞きたいことがあるの。」
『は、はい……』
キリカ様はもう一度微笑まれていたのですが、なんでしょう…目が、とても怖いのです…。
「こってり絞られたな、大丈夫か。」
『はい…。』
スーパーをよく利用するから、という理由で2時間を超える取り調べ…じゃなかった市場調査を受けたのですが、キリカ様、目がガチでした…。
今までプライベートのキリカ様をすぐお近くで拝見してきた私ですが、お仕事モードとなると美しさに拍車がかかり、オーラや圧が普段の三割…いえ四割は増してましたね。
さすがは黒龍家の人間…とでもいうべきでしょうか。
私がお話した内容が、キリカ様のお役に立つといいんですけれど…。
翌日、キリカ様は交通マネーPASCAに目を付けて業務提携を持ち掛けるべく、社長のところに向かわれたそうなんですが、その先には先日の焼き鳥イケメンがいて、目的は同じだったそうです。
組むメリットが見当たらない、と提案を突き返されたキリカ様ですが、こんなところで諦めるようなお方ではございませんから!
きっとキリカ様なら…。
自室の椅子に座って、じっと考え込んでいる姿はまるで彫刻のようでファンタスティック!なのですが、やはり普段見ない思いつめたような表情をされている姿を見ると、少々心配にもなりますね。
『キリカ様、お茶でもいかがですか?』
「いいえ、少し出るわ。
いい?ついてきちゃだめよ?」
『も、もちろんでございます!』
くるりと振り返ってにっこりとほほ笑まれてから、外出されました。
とはいえ、来るなと言われると気になるのが人間の性というもの…なのですが、
どうしましょう本当にあてがありません。
仕方ない、今回はあきらめるか。
『は??』
今日は少しだけ早く上がって、家に帰れる日だったのですが、最寄り駅のそばの港をぶらついてると、明らかにこの辺では見ない、でっかいクルーズ船。
なんだこれ~…と思っていたその船の先端には、見覚えのある高貴な赤いドレス。
キリカ様じゃないですか、こんなところで何を?
そう思ったときには体は動き始めていて、いけないことだと頭の中で警鐘はもうリンゴン鳴ってるんですが、主人に何かあってはいけないという大義名分が、動くことを止めてくれません。
衝動って、きっとこういうことを言うんだと思います、よくわかんないけど。
甲板の先にいるキリカ様の隣にいたのは例のベンチャー企業のイケメン交渉人…
え、名前を知らないのかって?
長瀬さんに教わってませんし?
文句を言うならぜひ長瀬さんに?
いっや~、しかしながら絵になりますね、美男美女って隣に並ぶとなんて神々しいんでしょうか。
まあきっと輝き的にはあれですね、キリカ様が7割を占めていらっしゃるんでしょうけれど!
「私、普通の幸せも好きよ?」
よろめいたキリカ様を抱き留めた長身イケメンは、非常に絵になるんですが…絵になっているんですが!
もう、後ろからあのタイ〇ニッ〇のBGM流してしまいたいくらいには、素晴らしい画角なんですけれども!
キリカ様から出たその一言で、なぜか心はぎゅっと締め付けられるようでした。
きっと幼いころから英才教育を受けられ、ドラゴンバンクのトップに立つべく、期待を一身に背負われてきたキリカ様は、一般社会の人間からすると、『普通』という言葉とは程遠い存在であることには間違いないでしょう。
もしキリカ様が、普通の女性で、普通の結婚をされて、子供に恵まれて、一生を添い遂げるような、素敵な旦那様とご一緒になったなら…。
今のように悔しい思いや、苦しい思いをすることはなかったでしょう。
まあ、そんな素敵なお相手がこの世の中にいらっしゃるならば、の話ですけど。
もし、キリカ様のお生まれが、今のようなものではなかったならば…今よりも笑顔の多い人生を歩まれていたのかもしれません。
それでもその道を選び取れなかったのは…あるいは選び取らなかったのはキリカ様ご自身で、きっと歩むと決めたからには、最後まで何があっても歩み続けられる強さのあるお方だと信じています。
気が付けばダバダバ涙が流れてきて、キリカ様のお美しい姿は霞のようになっておりました。
『やっべ、こっち来るじゃん…』
感動したのもつかの間、次の瞬間にやってくるのはドッキドキのかくれんぼタイム!
話が終わったのか、こちらに向かって歩いてきたキリカ様を、物陰に隠れてやり過ごすことはできました。
いや~、まさか先日心地いいと感じたヒールの音が、今度は時限爆弾のカチコチと同じように聞こえてくるなんて…シチュエーションって大事ですねえ。
話聞いてたなんてばれたら、今度こそキリカ様にクビ言い渡されてもおかしくないですからね…。
『ふぅ…帰るか。』
「随分と、大きな
ネズミの侵入を許しちまったようだな。」
『っぎゃぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?』
私の後ろにいたのは、さっきまでキリカ様の隣にいたイケメン交渉人…。
まるで面白いものを見つけたみたいに、私のこと見て笑ってますけど…。
え?私終わった?
今度こそ終わった?
The End?
マ?
「別に取って食ったりしねーからさ、
そんなびくびくすんなよ。
お前、桐姫のとこのメイドだろ?」
『いやっ、あの…勝手に忍び込んだことは悪いと思ってますよ一応…』
「あいつ、
お前のこと随分気に入ってたみたいだけどな、
黙っててやるよ、桐姫には。」
『それは…ありがとうございます。』
というかこの人の顔面綺麗すぎません?
国宝認定じゃない?殿堂入り?
キリカ様には及びませんけど、隣りに立って似合うなぁって思っただけありますね、及びませんけど。
「あいつのこと心配してきたんだろ?」
『キリカ様は、こんなところで立ち止まって
大人しく収まるようなお方ではございません!』
そうです、私のような使用人の一端が、心配などすること自体も失礼にあたるかもしれないのに…。
それでもお部屋で見たあの表情が心配で、何かとんでもないものに惑わされてしまわないかと、どうしても落ち着いていられなかったのです。
イケメンは、私のそんな感情をすべて見透かしたかのように、至極真面目な顔でこうつぶやきました。
「あぁ、そうだよ。
あいつはこんなところで終わるタマじゃねぇ。」
"あいつには本社に戻ってもらわないと
張り合いがない"
奴はニカっとさわやかな笑顔を貼り付けていました。
いけ好かないやつかと思っていましたが、キリカ様のことはきちんとライバルとして認めてくださっていたようですね。
悪いやつじゃないんじゃないですかね?
キリカ様のお隣に並ぶとなると…世界美術とも例えられるような並びが、毎日見られるということですか?
お仕えできるなら至極最高なわけですけれども…
ん?
これが噂のカプ推しってやつですか?
いやいやいやいやいや、私はあくまでもキリカ様至上主義で!
こんがらがっている脳内にさらにショートさせるかのように、追加の一撃。
「まぁ、みてろ。
俺らが組んだら最強のわがままコンビだ。
何が何でも返り咲いてやるよ」
どこに根拠が…と一瞬は思いました。
でも、どうしてでしょうか…その言葉にはなぜか説得力があって、この方ならもしかして…本当にキリカ様と二人で世界を掌握してしまいそうだとすら、思ったのです。
数日後、真っ黒なドレスをお召しになって出て行ったキリカ様は、私鉄連合の前で見事なスピーチを披露し、無事に勝利を勝ち取られました!
テレビ画面に映った、得意げにほほ笑まれるお二人の姿はまさに最強のタッグで、目頭が熱くなりましたね…。
「ただいま。」
『お帰りなさいませ、キリカ様!』
お戻りになったキリカ様はとても楽しそうで、達成感にあふれるお姿でいらっしゃいました。
あのイケメンに感謝しないといけませんね、
この件だけは。
『キリカ様!』
「どうしたの?あなた。」
『貴方様は私にとって最高のご主人様です!!』
「ふふっ、なぁに?それ。当たり前よ。」
この笑顔が、いつまでも咲き続けますように。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。